さよならばいばいまたあした

村が壊滅し、ボロボロの身なりでさ迷っていた私を何かに使えるかもといい拾ってくれたのは、極悪非道で有名なツキヨタケ城の城主様だった。
父は忍者だと伝えると私も才があるだろうと忍者隊に入れられ、私も満更でもなく訓練に没頭した。
だけど任務では失敗ばかり、死にかけたことなんかざらにあって、同い年のフリーの忍者には馬鹿にされるし、ついに私は忍者としてではなく、ただの盾として、扱われるようになった。
それでも、たとえ、大失敗大失態としたとしても、城主様は私を首切りにはしなかった。私はそれにとても感謝しているし、一生この方についていくと、決めたのだ。

「…じょ、うしゅ、さ…………ふごっ」
「やっと起きたか」

後頭部に痛みを感じながら、瞼が自然とひらいた。
あれ、私は、確かそう、おしっこをしていたはず…

「っっおおうええええっ!!なんでてめーがここにっ!!?」
「やあ」

ふわふわする意識の中、私のまるでお人形さんのように綺麗で美しくて可憐な大きな目をギョロギョロ動かすと、枕元に、人。しかもそいつは私が憎くて憎くてたまらない、山田利吉の姿がそこにあった。

「忍術学園と一緒に仕事をしていたものでね」
「し、仕事って…」
「ツキヨタケ城だよ。もうあの城は終わった」

もう誰もいないし、城主も死んだ。
なんてことはない。大したことではない。そんな感じで、山田は言った。仮にもツキヨタケに雇われていた忍者だというのに。

「さぞ…」
「ん?」
「さぞかし、無念だったことでしょう、ね」
「…あの城主がか?」
「城主様は、あんたのことをすごく買っていて、ここぞという時には絶対にあんたのことを呼んでいたよ」

利吉がいれば、利吉がいれば、
何度もその言葉を私は聞いた。失敗ばかりする私への当て付けも含まれていただろう。城主様は山田をツキヨタケ城の忍者隊に入れたくて結構な金を積んでいたけど、山田は絶対に受けなかったなあ。それでまた私に八つ当たりされるんだけど。

「死の」

すくっと布団から立ち上がると、山田にやられた後頭部がずくんと痛んだ。こいつ、めちゃくそ思い切り打ってきたな。手刀っていうかもう絶対殴られたぐらいの勢いだわ。

「っ!おい、」

しゅるりと寝間着の帯をほどく。乳が出ようがもうかまうものか。武器は没収されているから、凶器になるようなものはここには置かれていないし。
そして寝間着用の細く厚い帯を首にまいて、両端を持って、そして、

「やめろ!!」

ドン!!
本当にそんな音がなった。肩を思いっきり殴られ私はいとも簡単にふっとぶ。勢いよく襖にぶつかればその襖は外れて、またその勢いで私は縁側から落っこちてしまった。

「っっっいっってぇええなああ!!このチンカスヤローがよおおおお邪魔してんじゃねえええ!!!」
「いいか。ツキヨタケがこちらに攻撃してきた時点で、私はツキヨタケの敵だ。そして忍術学園の脅威になるようなら私はそれを一刻も早く潰す。ツキヨタケを仲間だと思ったことは一度もない」
「じゃあ私も殺せ!」
「夜子は今忍術学園のもの、そうだろ?」
「…っ」

私の目には、いっぱい涙がたまっていた。
瞼からあふれて、どんどん流れていく。嗚咽もせず、静かに、静かに、雨粒のように頬をぬらす。
そうだ。私だって山田のことは何も言えない。私だって生きるためにこうして忍術学園にいる。そうだ私だって城を売ったみたいなものだ。私がいなきゃ、私がすぐに殺されていれば、城は無事だったのか。

「私が、城主様を殺したの…?」
「それは違う。奴は死んで当然だった」

山田は足音を鳴らさず私のたもとまで来て、涙でびちゃびちゃになった顎をぐっと持ち上げる。

「お前だって酷い目にあってきたはずだ」
「…。」
「私は知っている。お前の背中にあるキズも、腿にある痕も、全部知っている」
「いやあれは私が悪…」
「糞のような奴の道楽で死にかけたこともあっただろう!」

ああ。それはあれかな。水中で何秒息止めれるかゲームのことを言っているのかな。
確かに私は任務で失敗した度に結構すごい折檻を受けていた。それを城主様が楽しんでいたことにも気がついている。
でも私の存在意義なんてそんなもんだ。
ていうか忍の存在意義なんてそんなもんだ。
そんなもんだって教えられた。忍は人じゃなくて道具だって教えられた。
なのに、お前は。お前は違うというのか。

「私、あんたのこと、大嫌いだ」

珍しく、山田に隙ができた。咄嗟に私は山田の脇差を取り、すばやく鞘を抜く。そしてそのまま、その刀を、自分の腹目掛けてぶっ刺した。
ああ、くらくらする。
さよなら、さようなら、私は、母と弟の元へゆきたいと思います。いやあ、でももしかしたら会えないかもしれないなあ。私は人を殺したことだってあるんだから。それはとても残念だ。
父上へ
忍なんてこんな仕事は早々にやめて、農業でもやるべきだと思います。それでは。


(さよならばいばいまた明日)
…あした?