わたしがいちばんこわいもの

と、忍術学園で一週間お世話になるのはいいんだけど、死ぬのは確実だろうし何をしたらいいのか正直全然わからん。特に生徒に挨拶をするみたいなこともなく、私のことは各組の担当の先生が話してくれるみたいだ。この学園にはどれくらいの生徒がいるのか。学年ごとに違う制服の色は。生徒の反応は。そんなこと全然わからない。
これを機に逃げたらいいんじゃないかと思って試みたけどなんかすごい門番がいて叶わなかった。あれ私より年下らしいねまじで忍術学園やべえよ。事務員であの実力かよ。
私に与えられた部屋にも常に見張りがいるみたいだしなんだかんだ自由が許されない。まあ信用できないから見張るんだろうけど天井裏でこっそり見るのやめてくれないかな。
採用試験一日目にして早くも諦めてる。大川平次渦正は私のことを虫がいいと言ったけど、一週間で生徒全員が私を認めるなんて虫の良い話、有り得ないと思う。一応、常識的に考えて。


「…ねー、天井裏の人ー。暇だよおしゃべりしよーよー」


返事はない。て当たり前か。ううむますます暇だ。と言って私が外に出るのはなんだか危険な香りがしていやだ。怒り狂った忍たまに殺されそう。…いかん考えただけで震えてきた涙でてくる。


「…私も天井裏行こうかな」


ぼそりと呟いた言葉に、ぎしりと天井が音を立てた。お、反応がある。行ってみよう行ってみよう。机をこっちに持ってきて、あ、届かねえ。よしじゃあこのなんか変な分厚い本を投げて天井外そう。なんせ忍具は全部没収ですからな。
ドゴッと本を投げると思ったよりもすごい音が鳴って、だけど天井板は外れたからすぐに跳び上がってみた。暗くて狭い天井裏、すげー汚いかと思ったけど、やはり忍養成学校、天井裏にはよくいるのか、案外そうでもなかった。
ていうか見張りいないんですけど。辺りをキョロキョロ見回しているといきなり視界が真っ黒になって、やっぱり首にちくりと痛みが走った。あ、やられた。


「殺されたいのか」
「し、死にたくありましぇん」
「よく平然と生きてられるな。こんな敵陣のど真ん中で」
「少なくとも一週間は生きていけるからなあ。ていうかきみ昨日の尋問中にいたでしょ!聞いたことある声だ」
「そんなおしゃべりをしに来たわけじゃないんだぞ?」
「イタタタッ刺さないで刺さないで。でも私きみの顔が見たいな」
「ふざけたことを…うわっ!?」


してやったり。勢いよくその子の腕を引いて後ろに倒れる。でもそこに床…もとい天井はなくて私たちは一気に部屋に落ちていった。ドシン!部屋が揺れる。そして私が下敷きになったために、ゲロも出そうなほどの衝撃が走った。ちょっと男の子って重いよね筋肉とか無駄についてるから。無駄じゃないけど。


「げふっう、うげ」
「貴様…よくも……」
「あっ、やっぱり。ちゃんと寝てる?隈がすごいよ」
「黙れ!」


ドスッと苦無を顔のすぐ横、耳すれすれをかすめた。ひいいいと悲鳴のようなものが自分の口から出てくる。黙れと言われたばっかりなのに。うわあこんなスリルはいらなくてよまじで。でもまあここは落ち着いて話し合いに限る平和的って言葉、私は好き。


「そんなに心配しなくても平気だよ」
「…なに?」
「一週間の我慢じゃない。きみも、私も」
「確かにな、誰もお前のことなんか認めない」
「だよねー」
「…なんでそんな平気そうな顔をする」


やっぱりこんなことを聞いてくる辺り、子どもだなあって思った。私はどう答えていいか分からなくて、へらりと困ったように笑って見せる。


「怖いよ」
「…、」
「私もうすぐ死ぬんだもん。怖いよ」
「そんな顔してねえ」
「ほんと?絶望だよ。仲間に裏切られて…っていうか見捨てられて、殺されるのをただ待つの。でも、誰かがやらなきゃならなかったんだよ」


それが私だっただけなんだ。そう言うと、私なんかよりも目の前にいる男の子の方が悲しそうな顔をしているような気がした。この子も忍者のたまごだ。この子くらいの年になると人だって殺めてるだろうに。い、いや、これは同情かな。私は年下の男の子に同情されてるのかな。ちょっとそれってなんか惨めだな。任務ともなれば犠牲は付き物よ!


「へらへらできるのは慣れっこだからかな」
「はっ、慣れるもんなのか」
「耐性がつくって感じ?」
「昨日は泣きじゃくってたじゃねえか」
「別にきみが怖かったんじゃない」


ばっさりそう断言するとその子はムッと顔をしかめた。ちょっとムカついちゃっただろうか。でもほんと、それは事実だから。ああでもでもなんか苦無を握ってる手が震えてるんですけどこのままぶっ刺されそう。いやまじで怖いんですけどこの子!やっぱ怖いよきみ!


「…じゃあ何が怖い」
「そんなの、死ぬことに決まってんじゃん」
「なるほどな。じゃあ今の状況は恐ろしいんじゃないのか?」


殺そうと思えばすぐに殺せるぞ。冷たい声だった。思わずぶるりと身震いをして、唾を飲み込む。暴れたところで逆効果。例え武器があったとしても私はこの子に瞬殺されてしまうんだろう。


「でもきみはしない」
「何で言い切れる」
「言い切ったら見逃してくれるような気がした雰囲気的にイダダダッ!!」
「お前と話してたらバカが移りそうだ」


ため息をつきながら、その男の子は立ち上がった。あらら、案外簡単に見逃してくれるのね。冗談のつもりだったんだけど。
あれ?殺さなくていいの?そう男の子に問えば溜息で返事が返ってきた。早々に立ち去ると思った男の子はまだそこにいる。それが少し不思議で、私が首を傾げればふい、と顔をそらされた。え、本当になんなんだろう。


「殺されるとは限らない」
「へ?」
「だが、まだお前のことは認められない」
「…うん。ありがとう」


まだということは、もしかしたら、認めてくれる日がくるかもしれないということで。あ、なんだ、顔に似合わず意外とあったかいところがあるんだな、なんて。ふふふと笑うと気持ち悪いと言われてしまった。


「また遊ぼう」
「俺はそんなに暇じゃない」


パタンと障子を閉めたあと、遠くなっていく足音とともに部屋は一気に静寂に包まれた。
不思議だなあ。なんだか、とっても。
少しだけ、頑張ってみようかしらと、そんな気分になった。落ちた天井を足りない身長を無理矢理伸ばして(きっと私は爪先の先くらいで立っている)どうにか直してから、そのまま後ろへ倒れこむ。ごちんと頭を打ち付けてむちゃくちゃ痛かったけど。


「殺されるとは限らないか。ふふ、そういうわけにもいかないよ」


いくら私が捨て駒だったとしても、私が城の情報を持ってるのは事実。もし私が殺されずに生きていると城に知られてしまえば私は終わりだ。どちらにせよ私は死ぬんだよ。近い将来、ね。


「強くてもまだまだ子どもね」


天井が、またぎしりと軋んだ。



私が一番怖いもの
完全なるこの世からの消滅