ふと、目が覚めた。辺りの様子を伺うにまだ真夜中のようだ。もう一度寝ようと布団に潜ってたが、どうしたことかちっとも眠くならない。むしろ頭が冴え渡っている。しょうがない。気分転換でもしようと思い、ぐっすり寝ている滝夜叉丸が起きないようそっと部屋の外へ出た。外は月の光が降り注いでいて思っていたよりもずっと明るかった。今夜は満月だったのか。
中庭をぶらぶらとあてもなくさ迷っていると人影らしきものが誰かいるのだろうか。こんな時間に何をやっているのだろう。不審に思って近付いてみた。
そこには立花先輩がいた。寝巻きの姿で縁側に座って月を見上げている。立花先輩であることは間違いないのだけど、いつもと違う雰囲気がする。たぶん髪を下ろしているせいだ。月の光を反射させた、背中いっぱいに溢れるほど広がる艶やかな黒髪。僕はその髪に視線が釘付けになってしまっていた。誰かに似ている気がする。何だっけ…。
頭の中で様々な記憶を巡らせる。美しい黒髪の人物……。
そうだ。何年か前、国語の授業で習った御伽噺に出てきた姫。誰もがその美貌に夢中になったと言われている、月の姫。確か名前は、
「なよ竹の、かぐや姫」
僕はぽつりと呟いた。
すると先輩は僕の存在に気づいたようだった。目を丸くした先輩と視線が交わる。心臓が大きく波打った。
「喜八郎?こんな時間にどうかしたのか」
「いや、目が覚めちゃったんです」
「そうか、じゃあ眠くなるまでここで一緒に月を見ていかないか」
「いいですよ」
月を見るというよりは、先輩のことを見ていたいと思った。だけど僕は先輩と少し離れた場所に腰掛けると、空に浮かぶ真ん丸なお月様をまじまじと見つめた。雲がひとつもないため月の形がくっきりしている。そこだけ穴が空いてあるみたいだ。しばらくそうしてぼんやりと眺めてたが、やっぱり先輩のことが気になってちらっと横を見ると先輩はどこか淋しげな瞳をしていた。
「立花先輩」
「なんだ?」
「先輩は、竹から生まれたんですか」
先輩の瞳を見たらいてもたってもいられなくなって話しかけたが、自分でもよく分からないことをたずねてしまったなと思った。先輩がかぐや姫じゃないことは分かっている。あれはただの作り話なのだから。でも、先輩があまりにも美しいのと、悲しげに月を眺めるのが、かぐや姫のように思えてしょうがないのだ。
「は?竹?」
「……なよ竹のかぐや姫。この前習いました」
「ああ、竹取物語のことか。って、どうして私が竹から生まれたと思ったんだ?」
「それは…」
僕は口をもごもごさせた。先輩は不思議そうにこちらを見てきたが、何だか目を合わせたくなくて咄嗟に下を向いた。
「ただの冗談です。特に意味はありません」
少々強引に誤魔化した。本当のことを口に出すことは僕には出来なかった。だってあまりにも馬鹿馬鹿しい考えだ。滝夜叉丸とかに話したらきっと「何を言っているんだ」と嗤われてしまう。
「そうか。変なことを言うから驚いたじゃないか」
横目で見た柔らかく微笑んだ貴方は月の光に照らされていて、本当に美しくて。
……月に帰ったりなんかしないで下さいね。
そんなこと絶対あるわけがないのに不安になって、貴方に聞こえないように小さな声で呟いた。