瞬く間すら惜しい



「…今日は、それを読むの?」

ランサーと朝食を終え、コーヒーを飲みながら読もうと思っていた本を手に取る。ランサーは私が手にしている本を嬉しそうな、でもちょっと嫌そうな顔をして私に聞いてきた。

「ええ。一応、使えないにしてもマスターだもの。貴方のことを知らないとは言えないし…。」
「一応は要らないよ、れっきとしたマスターだからね」

使えないという部分はスルーされたので、れっきとしたマスターというのは果たして褒められてるのか逆に嫌味で言っているのか。
本を見つめる…というよりかは睨んでいるランサーへ、ギルガメッシュ叙事詩というタイトルを見せびらかすようにすれば、ランサーは一気に不機嫌な顔になる。考え込むような素振りを見せて、うーん、とか、そっか、とか、どうにかして彼なりに腑に落とそうとしているらしい。そんなに何とも言えない感じになるようなものなのかはよくわからないけど。
考えが読めないところはあるにしても、彼はよく顔に出るようになった気がする。

「…なんだか自分の昔を本にされてるって、変な感じだね」
「それほど有名って事でしょう」
「ギルガメッシュは有名だけど、僕はあまり有名じゃないから」
「中身をちゃんと読んでない人からしたら、そうかもしれないわね。」

本を読もうと表紙をめくろうとした瞬間、ランサーに本を取り上げられる。
もし紙に触れていて、本が破れたらどうしてくれるの。そんな小さな文句を私が言う前に、間髪入れずランサーは言う。

「君は、僕を知っていたね。」

小さいころにギルガメッシュ叙事詩は読んだことがある。名前は把握しているが、内容を全て覚えているわけではない。
昨日の夜にそんなことを思って、彼を知るためには生前を知るべきだと思ったのだ。

「昔に読んだことがあったってだけよ。魔術師なら、英雄の名前は憶えておけって…小さいころに、母がよく言っていたから」

母は私を聖杯戦争に参加させたかったのだろうか。まあ、もう居ないからそんなことはどうでもいいのだけれど。まさか今、役に立つなんて。
その部分は感謝しなければいけないな、と思ってランサーを見ると、ランサーはぱらぱらと本をめくっていた。

「ふうん。でも、これは没収。今日はいい天気だし、出掛けようよ」
「諦めてなかったのね」
「『諦めたら試合終了だ』って、この本のギルガメッシュは言ってるから」
「…へえ、ギルガメッシュってそんな性格なのね」
「ごめん。それは冗談だけど」

いや、でも言うかもしれない、なんてうんうん唸ってるランサーを見ていたら、なんだか微笑ましい。友を想うとき、彼はこんな顔をするのか。
なんだかそんなランサーが可愛くて、気が変わった。

「わかったわ、ランサー。今日は出掛けましょう。どこか行きたい場所でもあった?」

そう言うとランサーは仔犬みたいに目を輝かせた。そんなに行きたかったのか、なんだか悪いことをしてしまった気分になる。
そうだな、何が良いかな、と少し悩んだ後に意外なことが出てきた。

「ちょっと前、マスターが勧めてくれた本に出てきたものが食べたい」

食に興味を持つのは良い事だ。なんて言ったら不機嫌になりそうなのが目に見えてるので、何も言わないけれど。出会ったころは食べるものに無頓着だったので、少し嬉しい。
少しずつ記憶を辿っていく。私が勧めた本。

「ここにある本って自由に読んでもいい?」
「ええ、私に一声かけてくれれば。ぜひ自由に読んでちょうだい」
「ありがとう」

これだけ沢山あると、悩んでしまうね。そう言ったランサーに私が勧めたのは、確か青春の恋愛小説だ。最近読んだばかりで、感動して泣いてしまった。そう、小説に出てきた食べ物は…

「クレープが食べたいの?」
「そうだ、クレープだ。それが食べたい」
「じゃあ、食べに行きましょうか。」



暖かな春の日差しが、私達を照らしている。ランサーも白いパーカーにジーンズという、とてもラフな格好で隣を歩いている。
顔は良いんだから、もっとお洒落すればいいのにと言っても、彼はこの格好が一番楽でいいらしい。
確かにあの白い服も楽そうではあるけれど。それでいいのか。

「いい天気だね、マスター」
「ええ、外で本を読むのも気持ちいいかも」
「マスターは本のことばっかり」
「あら、いいじゃない」
「僕と、もっとお話ししようよ。仕事の日だって、してくれる話はあの本を出せだの、この本をここに置けだの…サーヴァントはアルバイトじゃないんだよ?」
「私と契約したのが運の尽きね」
「マスターは僕に興味が無いの?」
「そういうわけじゃないわ。話すことが無いだけよ」
「それを興味無いって言うんじゃないの?」
「貴方に興味が無ければ、ギルガメッシュ叙事詩なんて読まないわ。外にだって、本当は出たくないのよ。聖杯戦争中なら、むやみやたらに外出するものじゃないでしょう?」
「…マスターはキャスターかアサシン向きだね」
「ええ?私はランサーでいいわ」
「…嬉しいけどさ」

複雑だよ、なんてランサーはらしくもなくため息をついた。少し照れているのも、私は気付いている。

「大丈夫。こんな真昼間に戦闘を仕掛けてくるようなマスターはまず居ないし…いたとしても、僕の敵じゃないから」
「案外好戦的なのね?」
「まさか。必要なら戦うってだけだよ」

うーん。よくわからない。このエルキドゥというサーヴァントは掴みどころがない。
だからこそ、接し方がわからないっていうのもあるんだけど…。ランサーを見ると、ランサーも私を見て微笑んでいた。

「どうしたの、ランサー?」
「いや…、なんか変だなって。」
「変?どこか悪いの?痛い?」
「ううん…大丈夫。」
「何かおかしかったら、すぐに言うのよ?」
「うん…ふふ、なんだかお母さんみたいだ」
「お、お母さん?それは聖娼のほう?」
「ふふふ…どうだろうね。よし、店まで競争しよう、マスター!」

笑ったかと思ったら、突然走り出すランサー。なんだか楽しそうで、私もその背中を追いかける。

「もう、ちょっと!ランサーったら!」

やっぱり、彼のことはよくわからない。



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