瞳に宿る宝石

春霞




 アシリパ奪還が成功に終わり、我々は大泊で待機するようにと電報にて知らせがあった。それまでは豊原で各々好きに過ごすこととし、今日は何故かシネマトグラフとやらで撮影したアイヌの昔話を全員で鑑賞していた。撮影するにあたって着飾ったナマエを見られないことは残念だったが、私の着物姿が似合うことがよく分かったので良いだろう。

 芝居小屋を借りて鑑賞していたは良いが、シネマトグラフに使用されている材質が火との相性が悪く、燃えてしまったがためにぞろぞろと皆でそろって屋外に躍り出た。軽い騒ぎになってしまった芝居小屋をぼんやりと、何を考えているのかわからないような瞳で眺めるナマエの横顔を盗み見る。私には、彼女に言わなければならない事があった。



「____鯉登少尉殿」

 数時間前。撮影が一段落ついたところで時間が中空きし、各々が手持ち無沙汰になっていた時。月島は私を諭すように声を掛けた。

「ナマエは連れて行くべきではありません」
「わかっている。私も概ね同意だ」

 私が渋るとでも思っていたのだろう。月島は瞳を大きく見開いた。失礼なやつだ。しかし同意したとて、私がそばにいてやれない時間の過ごさせ方が重要なのだ。この世界のいろはを知らないナマエが一人で暮らしていくには、ここはあまりにも厳しい。ナマエには家族も金も生活知識も、文字通り何も無いのだ。豊原で宿暮らしさせてやってもいいが、女一人で住まわせるとなると白い目で見られることは必須だろう。
 アシリパと楽しそうに言葉を交わすナマエを見つめてみた。悲しい顔で俯くナマエを想像すると、胸の奥がきゅっと締め付けられたように痛む。ああ、ナマエ、可哀想に。そんな思いなどさせないからな。

「……。エノノカとヘンケに、預けてはいかがですか」

 そんな私を見て思うところがあったのか、月島は樺太アイヌの集落でエノノカ、ヘンケと共に暮らさせることを提案した。これは妙案である。



 昼間の月島との会話を思い返しながら、並行して今朝のことを考える。目が覚めた時には、ナマエがここにいられる時間は残りわずかなのだと漠然とわかってしまっていた。神だの仏だのを信じるような質ではないが、似たような類の何かが私に教えてくれたのだと思う。
 私が成果を挙げることで、父も鶴見中尉殿も喜んでくださるだろう。早くその顔が見たい。そう思う気持ちは本心であるのに、ナマエを失ってしまうという目先の恐怖が頭の中をただひたすらに蹂躙する。軍人が聞いて呆れる。なんともまあ、情けないことだろうか。

「……どうしたの、いきなり」

 大切な話をしよう、とナマエを芝居小屋から離れた場所まで連れてきたものの、改めて向かい合ってしまうと一度決心したことが揺らぎそうになる。風で揺れる髪が透けるように綺麗で、どうしようもなくて。叶うならば、この手で彼女の安寧を守りたい。ずっと手が届く場所にいてほしい。しかし、時として男は、武人は、意志とは掛け離れた行動を取らざるを得ないことがある。私の私情ひとつで我儘を貫くには、もう既に事が大きくなりすぎていた。

「……私は、ナマエを大泊には連れて行けない」

 絞り出すように言葉を零した私の声に、ナマエからのわかりやすい反応は無かった。二度、三度、ゆっくりと瞬きを繰り返すことで、その昔に母が熱心に眺めていた宝石のような煌めきを連想させるナマエの瞳が、月明かりを反射してゆらゆらと揺れた。

 ふ、とナマエの目尻が下がる。困ったように微笑んで、まるで最初から用意されていたかのように言葉を紡いだ。言葉は柔らかいのにどこか機械的で、うまく真意が掴めない。

「大丈夫だよ、わかってる」


 その瞳が寂しげだと感じたのは、私の期待だろうか。

 彼女の慈愛に溺れ、思い上がった浅ましい男の驕りでしかないのだろうか。
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