03
お隣さん、オダマキさんの家を出る。 優しい人たちばかりで本当によかった。
私も家へ帰ろうと思い、家の方向へ一歩踏み出せば別の場所で小さな子供の悲鳴が聞こえた。その方向へと少しだけ足を剥ければ、小さな男の子が森の中を見ておろおろとしている。おそらくここはミシロタウンの端の方。
何か困りごとだろうか。周りには誰もいない。見て見ぬふりをするのもどうかと思われたので、私は方向転換をしてその子の元へと走る。
「ねえ、どうしたの?」
子供相手には何の気兼ねもなく話しかけることができる。本当にダメ人間だな私は。
取り敢えず、ミシロタウンの子ならばこれから先顔を合わす事もあるということなので、出来る限りの助っ人はしよう。
「む、向こうで人がポケモンに襲われてるの…!どうしよう…っ」
「えっ」
出鼻を挫かれた。
何だそのハードルの高い難問は。助けろってか。いや無理だろうどう考えても。だって私は今丸腰だ。ポケモンも持っていないし武器になりそうなものもない。家にとりに帰っても都合よくそんなものが置いてあるとも限らないし、そもそもそんな時間はない。
ここまでの時間、訳0.2秒。
私はぐっと下唇を噛み、腹を括った。
「君、誰か大人の人を呼んできて」
「で、でも…!」
「大丈夫。私が助けに行くから」
「え…!?でも、お姉さん…ポケモンは……」
すべてを言い切る前に、男の子の背中を押す。早く行きなさい。
私は両頬をパンと叩いてミシロタウンから一歩外に出た。少しだけ進んだ先に少し開けている場所がある。そこから男の人の声が聞こえてきて、私は焦って走り出した。
「あ、だ、大丈夫ですか!?」
「た、助けてくれー!」
視界に人が入ったと同時に黒いもふっとしたものも入った。あれは確かわんこ、じゃなくてポチエナではなかったか。第一印象が犬でしかないそのポケモンは、小さいながらも牙を剥いて今にも男性に飛びかかろうとしている。
出しゃばって出てきたのは良いものの、これから何をすればいいのか。
間に入って止めるなんて論外だし、ポケモンは持ってない。…大声を出してポチエナの気を逸らすか?でも男性のあれだけ大きな声にも怯まないということは、大きな声で逃げて行ってくれる可能性も薄い。
…詰んだ。
「き、君!」
「うえ!? あ、はい!」
急に男性に呼ばれ、思考を一気に引き上げる。
「そこの鞄の中に!ポケモンが入ってるから!それを使って!!」
「ええ!?ぽ、ポケモンっつったって……」
ひぃぃぃ、と逃げ回っている男性を後目に私は無造作に捨てられてある茶色いバックを拾い上げた。
中を見ると、確かにボールが三つ入っている。…待てよ、これゲームでいう所のチュートリアル的な何かじゃないか?
ダイパで言う、シンジ湖のあのイベント的な……。
──言ってる場合か!!
とにかくボールを投げないことには始まらない。
私は一番近くにあったボールに手を伸ばし、アニメで見たモーションを忠実に再現しながら空中にボールを投げた。
すると、軽快な音と共に中からポケモンが現れる。
「ゴロゴロ!」
「み、ミズゴロウだ…!」
可愛らしい鳴き声の、青いポケモン。それは水タイプであるミズゴロウだった。
元々御三家では水タイプが大好きな私はミズゴロウを見た瞬間に心を鷲掴みにされた。DPt以降では入手が若干困難なこの子。友人に土下座して譲ってもらったのは良い思い出だ。そしてメタモンと共に育て屋に預け、大量生産したのはあまり良くない思い出だ。
「(ってやってる場合か!)み、ミズゴロウ…君?
あの、ポケモンバトル…できますか…?」
はわわ…!と可愛らしさに悶えていたが、男性が襲われていることを思い出して私はミズゴロウの前でしゃがみ、真剣な表情で訴える。
ミズゴロウはじーっと真顔で私の顔を見つめていた。そ、そんなに見られると心が痛くなる…。あまり面と向かって顔を視られることに慣れていない。
「ゴロロ!」
「! あ、ありがとう…!」
ややあって、ミズゴロウはにっこりと笑って返事をしてくれた。
一旦は、私に支持を任せてくれるらしい。ありがたいことだ。
「ミズゴロウ君、ポチエナにみずでっぽう!」
「ゴロ!!」
言った直後にあれ、みずでっぽう最初から覚えてるっけ?と冷っとしたが、どうやら覚えてくれていたようで、ミズゴロウは口から水を飛ばした。それは見事ポチエナに命中し、一瞬ポチエナは怯んだようでふるふると顔を振るって水を飛ばしている。
「やったね、ミズゴロウ君!」
「ゴロ!」
ミズゴロウの頭を撫でると、ミズゴロウはもっとと言うように私の手に頭を擦り付けてくる。か、可愛い…!
そんなことに気を取られていて、ふと聞こえた威嚇の声に我に返った。
ポチエナは狙いを男性からこちらに変えており、地面を蹴って体当たりをしてくる。咄嗟にミズゴロウを抱き上げようとすれば、ミズゴロウはサッと私の前に立ち、ポチエナにタックルをかました。
「!?み、ミズゴロウ君…!?」
結構痛そうな音がしたが、大丈夫なのだろうか。慌ててミズゴロウの方を見ると、全然平気なようでニコニコと笑いながら私に近寄ってきた。
その間にポチエナは完全に戦意を喪失したようで、草むらの奥へと逃げていく。
ポカーンとその場にへたり込むと、ミズゴロウが膝に乗ってきた。私の胸元に手をひっかけて、甘えるようなしぐさをする。何だこの子本当可愛いんだが。
「いやあ、本当にありがとう!助かったよ」
ふと、男性の声が聞こえた。そう言えば、バトルの始まりから姿が見えなかったが、どうやら少し離れた場所で腰を抜かしていたらしい。
「調査をしていたら、うっかりポチエナの尻尾を踏んづけてしまってね」
「尻尾を…!?」
それはあのポチエナに悪いことをしてしまったかもしれない。だが、この男性もわざとではないので、やはり助けてよかったんだろう。
「僕はオダマキ。ポケモン博士をしているんだ。 君は?」
「あ、…ナナシです」
オダマキ、ということは、この人がハルカちゃんとユウキ君のお父さんか。人の良さそうな笑みを浮かべている。
「おお!君が今日引っ越してくるナナシちゃん?いや〜大きくなったね〜!
覚えてる?君のお父さんとは大学時代に親友だったんだよ」
「お、お父さんと…?」
「うん。 あ、ここじゃあなんだから、僕の研究所においで。ミズゴロウと一緒に」
そうオダマキ博士が言えば、私の腕の中に居たミズゴロウは元気よく鳴いた。
本当可愛いなこの子は。
私はミズゴロウを抱きかかえたまま立ち上がり、オダマキ博士の少しだけ後ろに続いた。
途中、大人を呼びに行ってくれた子と出会い、お礼を言われたのはまた別のお話で。というか、大人を呼んでと言ったのにゴーリキーを連れてきた辺りこの子の将来が少し心配になった。
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