04
ミシロの外れにある場所に来ると、そこは確かに研究所と言うに相応しい大きな建物が建っていた。
おわあー…と口を開けて見上げていると、オダマキ博士がおかしそうに笑いながら手招きをする。既に中に続く扉も開けられており、私待ちだと言うことに気が付けば恥ずかしさで一気に顔に熱が集中した。
「いやあ、改めて本当にありがとう!」
「いえ、私じゃなくて…頑張ったのは、ミズゴロウ君ですし…」
とある一室の机に向かい合って座り、オダマキ博士がにこやかに言った。
その言葉をやんわりと否定し、未だ腕の中で私の来ている服にじゃれついてくるミズゴロウの頭を撫でる。
「はは、随分懐かれちゃったなあ、ナナシちゃん」
「そ、そうですかね…」
懐かれたのなら、それはそれでとても嬉しい。何だって、この世界の生き物はこんなに愛嬌があるんだろう。30cmの芋虫も今なら愛せる気がする。……多分。
「よし!その子は君にプレゼントするよ」
「あ、はい…。
………───は」
「ゴロロ!」
思わず反射的に返事をしてしまったが、今博士はとんでもない事を言った気がする。
このミズゴロウを、私に?
「ちょ、え、ちょっ…」
「ゴロ!ゴロゴロ!」
「そうかそうか、嬉しいかミズゴロウ!」
一人慌てている私を放って一人と一匹は和やかな雰囲気を醸し出している。
「あ、あの…!」
「ん?」
「えっと…あの、そんな簡単に……いいんですか…?」
貧弱なボキャブラリーの中、必死にそんな「今日の夕飯ハンバーグにしよう!」みたいなノリで決めてもいいのかを訴える。
ミズゴロウと一緒にいれる、それは本当に嬉しいし喜ばしい事なのだが…実際問題、フーズ代や必要品諸々の事を考えると、ペットを飼うときの様にはいかないだろう。バトルだってやらなければいけないかもしれない。
「ああ、実はこの子は初心者用のポケモンなんだ。街から旅に出る子に送る最初の一匹ってやつかな。
それで、全部で三匹いるんだけど…他二匹は引き取り手が居たけど、この子一人だけ貰い手が居なくてね」
「は、はぁ…」
「元々人にあげる用のポケモンだったから、全然構わないよ!それに、ミズゴロウは随分と君の事好きみたいだし」
「ゴロ!」
すりすり甘えてくるミズゴロウに胸のときめきを隠すことが出来ない。確かに、ゲームの始まりはいつも一匹のポケモンを博士から頂く所から始まるが…。
「そうだ!もしバトルが不安なら、ハルカとユウキに見てもらったらどうかな?丁度今フィールドワークで野生ポケモンと出会ってる筈だし」
「えっ」
私の渋りをバトルへの不安と捉えたのか、オダマキ博士はそうにこやかに言った。善意から言ってくれたんだろうが、それは私の人生のゴールになってしまいかねない。
つい先ほど「今度一緒にポケモン捕まえようね」みたいなことをハルカちゃんから言われたばかりなのに…!か、勝手にポケモン貰ってバトル教えてください〜てへ!みたいなことすればどうなるのかは予想できている。
ああああ、ハルカちゃんとユウキ君に合わす顔がない…!
「103番道路にいるから、今から会いに行ってみるといいよ」
「あの、でも、邪魔になるんじゃ…」
「大丈夫大丈夫!フィールドワークと言っても殆ど野生ポケモンとのふれあいみたいなものだし」
ふれあい(物理)ですねわかります。
オダマキ博士からの好意を無下にするのも憚られたので、私は力のない精一杯の笑みをへらりと返して研究所を後にした。笑顔で見送ってくれたオダマキ博士に何度かお辞儀をして、私はミズゴロウを抱えたままもう一度ミシロタウンの端、101番道路に続く道へと進んだ。
「……ハァ…行かなきゃだめだよなぁ…」
「ゴロ?」
ため息を吐いた私にミズゴロウは不思議そうに首を傾げた。その仕草さえも可愛く見えて、私は思わず頭を撫でる。
「君は本当に可愛いなぁ…。実家のウーパールーパーを思い出すよ」
「ゴロロ」
「そうだ。名前決めないと」
大体のポケモンに(ほぼ下らない逸話由来の)ニックネームをつけていた私。例に漏れずゲームの中のミズゴロウにもちゃんと名前を付けていた。この世界でも五文字…いや、今は六文字か。六文字以内でないとダメなのだろうか。そんなに長い名前を付ける気はないが。
つぶらな瞳で見つめてくるミズゴロウの頭を撫で続けながら、うーんと私は考え込む。
ペットの名前はすぐ決まるのだが、こう、ポケモンの名前となるとなぁ…。個性豊かな友人たちは「タロウ」「ジロウ」等の名前もあれば「ホムラ」「シュンギク」等そのポケモンに因んだネーム、中には「サトウ」「タナカ」のような名前付ける気があるのかないのか分からないのもいた。
私はゲームミズゴロウには「ウーパー」と言う名前を付けていた。…ウーパールーパーから取ったのは言うまでもない。
うーん…安直にミズとかでもいいけど、どっかの水タイプ専門の四天王を思い出してしまう。それに、ミズゴロウはラグラージと一文字もマッチしてないのが難点だ。殆どのポケモンに通ずることだが。
確かポケモンスペシャルのルビーはZUZUという名前だったかな。スペのネーミングセンスは見ていて面白いから好きだ。
「……よし。決めた」
「ゴロ!」
名前は一生ものな訳で、ちゃんとつけてあげなければ。
…や、そりゃファイアローさんに「やきとり」って名前付けたのは悪いとは思ってるよ。あの時はゲームだから、それに、うん。
「ロロ。キミの名前」
「ゴロ?」
「もっと捻った方がいいかなって思ったんだけど…でも、分かりやすいし呼びやすいし…単純な方が愛着もわくかなーって」
どう?と恐る恐る首を傾げながら尋ねれば、ミズゴロウは暫し真顔でいた後、嬉しそうに鳴いて笑った。
この子の真顔の癖、どうにかならないんだろうか。ちょっとやられてる方は怖い。
「気に入ってくれた?」
「ゴロゴロ!」
「よかった。 ロロ、よろしくね」
「ゴロロ!」
私の腕から抜け出し、器用に私の肩へと登って頬擦りをしてくるロロ。そんな彼(♂らしい)の頬を撫でながら私は潔く103番道路へと歩みを進めて行った。
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