In the dark
※あるところの聖杯戦争でビリーを呼んだ魔術師のお話
ざあざあと降りそそぐ豪雨の中、カーテンを抜けて入り込んでくる街灯の灯が彼の輪郭を浮き彫りにする。輝く金糸の髪もどこまでも深い海の瞳も覆う夜に隠されて見えはしない。
ふたりが腰掛ける寝具が軋む音が部屋に響いた。
「髪に少し煙草のにおいがついてる」
「ごめんなさい」
「なにが?嫌じゃないよ」
暗い中でも空気が揺れて、彼が笑ったのがわかった。ぐっと近く触れ合っていた顔が少し離れて、温かい吐息が顔にかかり彼が小さく声音をあげたかと思うとまたすぐに近づいて私の唇ごと唾液を奪う。
外では沢山の雨が降って、うるさいくらいに大きく雨音がしているのに私には彼との口付けでたつ水音の方が遥かに大きく聞こえていた。
この口付けは、愛おしいものに施す口付けではない。
優秀な魔術師であった祖母は、自分の子基私の父に魔術回路が無い事を負い目に感じて、孫の私の細く弱い血管のように頼りない回路をこじ開けて私を魔術師にした。素質はあるが才能はなかった私がガンナーのビリーザキッドを召喚し聖杯戦争に参加することになったのは他でもない祖母のお陰であり私自身の力ではない。マスターになれるほどの魔術師であれば難なく行える魔力供給さえも難しく、こうして体液を与えることで彼に必要なだけ魔力を与えているのだ。
「この時間は僕の事だけ考えるって約束だろ?」
単なる魔力供給であるのに、彼はこの行為の最中は自分だけに意識を向けろと言う。顔の熱が、睫毛の動く気配が、頬を撫ぜる黒革が、私に「もっと」と言う。一方的に奪われる呼吸に、はくはくと口を開いて酸素を求めてもそれすらも離さないというように阻まれる。
「唇、涎でとろとろしてる。溶けたマシュマロみたい」
「ガンナー、」
彼の口づけには依存性があるのだと思う。苦しくて仕方がないのに、止めたくない、止めないでほしいと思わせる、啄むようなキスも、強引に唇を割り入ってくる舌も何もかもが甘く私を毒していくのだ。この感覚はきっと魔力のせいなのだろう。魔力供給には快感が伴うなんて、祖母は教えてくれなかった。自分がどうしようもなく淫らで堕落した存在に思えて胸が痛むのは、出来損ないの私への罰なのだろうか。
彼の唇が、私の唇から喉元へ移動したとき私は我に返ってもがき、左手で彼の体を押して少し離れたところに右手を滑り込ませて掌で押し返した。彼は眉根を寄せて不満そうな顔を見せていたがまたすぐにいつもの笑顔になって私の肩を引き寄せ、柔らかい唇を、耳にわずかに触れる距離まで近づけて吐息を吹き込む。
「まだ足りない」
軽い金属の響く音とともに白熱灯が燃え夜闇は隅へ追いやられあらゆるものの影を濃く焼き付けた。私の目の前には、海の底の純然たる青の瞳に電球を燃やして細め、赤い舌で唇を濡らす唾液をなめとる使い魔の姿がある。
彼は子供の顔をしているくせに、100年以上前の世界を生きて私よりも多くを知っている。私に、お前はまだほんの子供であるというかの様にやさしくて甘い声で話しかけてくるくせに、幼子のように口づけをせがむ。お前に才が無いからこんな形で魔力供給するしか無いのだと責められている気がしてしまう。
「ごめんね、ガンナー」
「…なにが?嫌じゃないよ」
魔力供給のたびに泣く主人を、使い魔はいつも慰める。面倒くさいと思われているかもしれない。これも聖杯のためだと自分に言い聞かせているのかもしれない。
おばあちゃん、でもね。本当は、本当は、聖杯戦争なんてやりたく無いの。舌に宿った令呪も切り取ってしまいたいの。ビリーザキッドを座に返して、こんな戦いからおりたいの。