Bibliotheca02
「おまえは複数存在している」
利用者が居らず静まりかえるカルデアの図書室。カウンターで本の修繕をしていた私に、ふとデイビットが言い放った。
何故図書室に彼が居るのかと言うと、こいつは私の居る所に必ず居る。彼を探したいのなら私を探せばいいし私を探したいのなら彼を探せばいいと言うのは不本意ながらカルデア内では常識なのだ。クソ常識。
そんな彼の言葉の意味を理解できず、修繕の手を止めて彼の顔に視線をやれば、彼もまた私を見ている。
この世に私はひとりしか存在し得ない。同じ名前や同じ似たような性格の人物がいたとして、全く同じDNAを持つ「名字名前」という個体は私以外には居ないのだ。何の意図で、またどういった意味の言葉なのか続きを聞く為に相槌を打つと、彼は話を続けた。
「並行する世界の或るおまえは数学教師をしていて、或るおまえはホームレスかもしれない。それはオレには分からないが、おまえが複数存在していることは確実なんだ」
「ああ、マルチバース。多元宇宙論ね」
彼が話したい内容の核を掴む事が出来、先程の言葉に合点がいったところで、テーブルに広げた本を閉じて端に寄せ本格的に話を聞く姿勢に入る。
多元宇宙論とは、私達が認識している宇宙という空間が複数存在している事を仮定した理論物理学の論説である。
簡単に説明するならば、折り畳んだナプキンをひとつの宇宙に見立て、その真ん中に穴を開ける。これが私だ。ナプキンを広げると折り目に区切られた四角が幾つか出来て、その四角の数だけ丸(私)が存在している。これが多元宇宙論だ。それぞれの宇宙が違う発展を遂げていて、同じ宇宙はひとつもない。並行しているが故に決して交わらない世界をそう呼ぶ。もっともこれは現在の科学では証明することができない為、単なる仮説や空想に過ぎない話である。
「でも複数ある宇宙の全てに私がいるっていうのは平行宇宙、パラレルワールドの話でしょ」
「平行宇宙は多元宇宙の一部だ。多元宇宙が存在しているのなら原則として平行宇宙も存在している事になる」
「あ、そっか。で?平行宇宙の私がホームレスだったとして、何だって?」
「平行世界でもオレはおまえに出会う事が出来ている筈だ」
「あ〜…そういう話。無事逃げ切れている事を祈るわ」
真面目な話かと思って付き合っていたのが馬鹿らしく思えて、テーブルに置いたハサミとテープを手に取り修繕に戻る。
彼はそんな私に構いもせず、また私見を述べ始めた。
「おまえが数学教師であってもホームレスであってもオレはおまえの恋人だ」
「何処からくるの、その自信。というか恋人ならホームレスにしないでください」
「一理あるな」
「50億里あるわ」
「そんな言葉は無い」
「というかいつまで居るの?礼装を着てるって事はこれからレイシフトなんでしょ?」
「集合時間まであと30分ある。おまえも来るか?」
「何故」
「管制室にはオフェリアも来る」
此奴は日に日に私を御すのが上手くなっている。オフェリアが管制室に来てデイビットが単騎任務という事は、此奴に邪魔される事なくオフェリアとお話ができるという事だ。そう考えたら行かない理由はないだろう。
口車に乗せられ、10分で残りの修繕を終わらせ図書室をクローズしてからデイビットと共に管制室へと向かった。
管制室のドアを潜ると職員の皆さんの業務的な声や端末を触る音が漣のように心地よく私を出迎えた。物珍しさに辺りを見回していると、此方に気付いたダヴィンチ女史が近寄って来て私に声を掛ける。
「あれぇ、名前ちゃん。管制室に来るなんて珍しいね」
「彼にまんまと乗せられて、見送りに」
「ふうん。でも驚いた。君は彼の事が苦手なんだと思っていたんだけどそうでも無いのかな?」
「苦手というかちょっと嫌いですけど。今回は利害の一致ですね」
「あっはは。意外と打算的なんだね」
擬似環境モデル カルデアスに目を向けながら微笑んだダヴィンチ女史は、彼の作品である「モナ・リザ」の体現であるかの如く美しい。そうこうしている内にオフェリアが来たり、準備が整ったようでデイビットがコフィンに入り最終調整をしたりして、あっという間にレイシフト開始のカウントダウンが始まった。
『システム レイシフト最終段階に移行します
座標 Universe5 西暦20××年 4月 ××日 イギリス ロンドン』
『ラプラスによる転移保証 成立
特異点への因子追加枠 確保』
『アンサモンプログラム セット』
『レイシフト定員1名 該当マスター Daybit Sem Void』
『アンサモンプログラム スタート
霊子変換を開始 します』
初めて見るレイシフトの光景に瞳を奪われる。蒼白い光が一面に広がり、キラキラとした粒子の混ざった靄がデイビットが入ったコフィンの辺りを漂い始める。
『3』
私はモニターが集中している区画からコフィンのある一番下の段差へ向かう階段に立ってオフェリアの隣でその様子を眺めていた。
オフェリアは壁側、私は通路側。手は宙ぶらりんにぼうっとしていたのがいけなかったのかもしれない。
『2』
「うわっと!」
後方で慌てた男性の声と本が落ちるような重い音がしたかと思うと、振り返るよりも先に何かがぶつかったような強い衝撃が走り突っ立っていた足は傾いた身体を支えきれず、一歩また一歩と辿々しく前へ進んで行く。そして傾斜で勢いの付いた身体は一直線に、デイビットの隣の空いたコフィンの中へと吸い込まれていった。
『1』
「レイシフト中止!!」
「マスターの霊子変換完了してます!中止できません!」
『レイシフト定員 変更 2名
霊子変換 完了
カウントダウン 1
全工程 完了
オーダー 実証を 開始 します』
金属が擦れる様な音と共に船酔いの様な感覚が襲い、浮遊感が酷く不快でキツく瞼を閉じた私はそのまま意識を失ってしまった。
真っ暗な中、身体がゆらゆらと揺れている。否、揺さぶられている。
気持ち悪いのに一体誰がこんな事を…と、不快感に眉を潜めて瞼を開くと、空いっぱいの雨雲を背景に私を覗き込むデイビットの顔のドアップがあり、驚いて勢い良く上体を起こした為に彼の顔に思い切り頭突きをしてしまった。
「いった…!ごめん大丈夫!?」
慌てて彼を見れば唇を切ってしまったのか口の端から血を流し、親指でそれを拭う彼の姿があった。
「おまえこそ無事か。短時間ではあったが気を失っていた」
「まだ少し気持ち悪い…」
デイビットは、胸のあたりを撫でながら息を飲む私の背をゆるく撫でながら先ほど打った額にも手を置いている。どうやら腫れが無いかを確認しているらしかった。
「レイシフト適性があったのか」
「元々候補生で入所したからね。…いや違う!重要なのは其処じゃ無い。私レイシフトしたの!?なんでレイシフトが成立してるのよ!」
「落ち着け。…ダヴィンチ」
デイビットの呼び掛けにカルデアの技術開発部顧問は私の焦りと混乱など他所に明るく返事をして通信に出た。
「あ、名前ちゃん起きた?現状を簡単説明するね。…本来こんな事は有り得ないんだけど、例外的に量子加速器が誤作動して事故でコフィンに入った名前ちゃんを量子変換して其方に送り込んじゃったみたい。名前ちゃんのレイシフト適性が高かったからこそ起こった事故だとも言える。でも安心して欲しい。名前ちゃんの存在証明は此方で問題無く出来てるし、幸い微小特異点だからデイビット君なら非戦闘員の彼女を守りながらでも解決できるでしょ?」
「問題ない。有事の際は連絡する」
「はいはーい。名前ちゃんごめんね。名前ちゃんを突き落としたプラント君にはキツくお灸を据えておくから」
プラント君には後で私からも一言言わせてもらいたい。ぷつりと途絶えた通信の後デイビットは首を回して軽い音を鳴らして立ち上がり、未だ座り込む私に手を差し伸べた。
「心配する事はない。此処でのミッションは微調整程度の物だ。戦闘の可能性は極めて低い。万が一戦闘になった場合は、先程ダヴィンチが言った通りオレが守る」
「貴方がそう言うなら…」
「ほう」
「あ、そこ。“オレを頼りにしているんだな”って顔しない。違うから。正規マスターが心配の必要は無いって言うならって意味だから。貴方だから安心って意味じゃないからね」
ニヒルに笑うデイビットに人差し指を向けて言う。というか冷静に考えたら「自身がレイシフトした」という大きな出来事に気を取られすぎていたけど、ミッションを終えるまで彼は2人っきりという事ではないか。恐ろしい。
「それで、今回のミッションは?行き先はロンドンって聞いてたけど」
「この世界のロンドンに発現した聖杯を手に入れて帰る」
「大規模なお使いって訳。何処にあるの?」
「反応は、チェルシーで確認されている」
「へえ。何処か知らないけど早く行って回収しよう」
英国 ロンドンのチェルシー地区。
モダンな戸建てやマンションが立ち並ぶ高級住宅街に面した小道の植え込みに身を隠した私達は、とあるマンションに張り込んでいた。
「なんかデジャヴ」
「聖杯は或る人物が所有している。管制室では凡その地点は観測可能だが詳細な場所までは把握出来ない。この辺りで所有者に近い人物を見つけ、保管場所を特定するんだ」
物陰に隠れ、デイビット(カルデア戦闘服礼装は目立ちすぎると言う理由で私が買いに行かせられた服を着ている)が声を潜めて言う。カルデアの植木と違って此処の植え込みは横幅10m程度あるので人1人分間を開けても十分だとは思うのだが、何故か肩が触れ合う距離でその人物を待っている。時折手に触れたり髪に指を絡ませたりするのが非常に鬱陶しいがこの際それはどうでも良い。私は彼のある台詞に引っかかっていた。
「…ん?“所有者に近い人物を見つける”って事は…所有者が誰か分かってるって事?」
「…」
「なんで黙るの」
今まで私の横顔を見ていた癖に、私が問うた瞬間に顔を逸らして口を紡ぐ。これは何か隠し事をしている人間がする行動だ。
問い詰めようと口を開くと、彼の人差し指が唇に触れ言葉を飲み込まざる終えなかった。
「静かにしろ。来たぞ」
舐めてやろうかと思ったけれど、彼が反対の手でマンションの方向を指さしたのでそちらを向けば、そこにいた人物は紛れもなく“私”だったのだ。
意味がわからないと思うが、私にも分からない。私、此処にいる。私、あそこにも居る。え?????
「微小特異点って言ったじゃん!起きてる現象が全然微小じゃ無い!私が居るじゃん!」
「声を抑えろ。見つかると面倒だ」
「他の職員に見せるクールさを此処で見せるな!」
「図書室での話を覚えているか?」
「は?なんの…え?まさか平行宇宙の…?」
目を見開き口をぽかんとだらしなく開ける私は、側から見たらかなり滑稽だと思う。けれどもそんな事を言っていられる程私には余裕はなかった。
「此処はその平行宇宙のイギリスだ。正確には我々の宇宙の中にある地球上ではイギリスと呼ばれている場所だな。見たところ地名も同じらしいが」
「は?待って。平行宇宙の私がなんでイギリスにいんの?てか平行宇宙の特異点ってなに?この宇宙の人理に影響なく無い?」
「所長のお達しだ。自分の事は自分で始末をつけろとの仰せだった。」
「…自分の事?」
「静かにしろ」
彼の視線の先を辿れば、“私”は足取り軽やかに歩道を歩み、その表情は晴れやかである。紺色のワンピースを纏い、足には白のスニーカーという私が好きそうな服装をしていたが、“私”には何処か違和感がある。
「ねえ…私のお腹大きく無い!?腹だけあんなに太る事ある!?」
「あの膨らみ方は肥満では無い。妊娠しているんだろう」
「誰の子だよ!」
「オレの子だ。」
「ほんとにやめて」
「見ろ」
半ば興奮しつつ彼が指差した先に視線をやれば、其処には先ほど見ていたマンションから出てくるデイビットが居た。“彼”は歩き続ける“私”に追いつくと、“私”の肩を抱き微笑んでいる。“私”も“私”でそんな“彼”に頬を染めてうっとりしている。
「うっそ、うそうそうそ嘘だと言って!もっといい男居るって!」
「オレ以上の男は居ないと思うが」
「黙れェ〜〜ッッッ!」
満足そうに言うデイビットの襟首を掴み上げ身体を揺さぶると金髪がゆらゆらと揺れる。真顔で顔が揺れるのはかなり怖い。
「何かの間違いだ…。そうだ、洗脳されてるんだ。隣に住んでたデイビットに洗脳されて監禁されてて洗脳解けたと思ってやっと逃げたのにまだ洗脳解けてなくてデイビットと幸せな家庭を築けてるって勘違いして妊娠までさせられたんだ…」
「何だその具体的な設定の妄想は。まるで見て来たかの様に」
「私の事は私が1番良く知ってんだよ!!名前ーっ!騙されるな!そいつはサイコパスだーっ!」
「静かにしろ。それにオレは精神病質者では無い」
“私達”が立ち去った後で徐にデイビットが立ち上がり、あまりのショックで頭を抱えて俯く私の手を引いて“デイビット”が出てきたマンションのガラス戸を押し開けていた。(後で聞いた話だと、イギリスではこういったビルのようなマンションは最近作られ始めたのだそうだ)エントランスの手前、郵便受けが並ぶブースで“Daybit Sem Void”の名を探すも、セキュリティやらプライバシーやらの理由なのかどのポストにも名前は掲示されていなかった。
「どうするの?これじゃあどの部屋に聖杯があるのか分からないじゃない」
「…非常に非合理的で非論理的思考の結果、不本意ではあるが最上階の突き当たりにある部屋が“オレ”の住まいだろう」
「何故」
「オレならそうするからだ」
彼の勘を頼りにエレベーターへ乗り込み、最上階の20階 2009室の前まで来た。当然ながら施錠されていたがデイビットが壊したので簡単に張り込む事が出来た。これで聖杯も回収できてカルデアに帰れる。そう思っていたのだが、部屋中探しまわっても肝心の聖杯が見つからない。
聖杯を探している途中で見つけた写真立ての中に幸せそうに笑って身を寄せ合う“私”と“デイビット”の写真が収まっていて、私はそっとそれを伏せた。
寝室はクイーンサイズのベッドがどーんと構えているのにそれでもまだ十分なスペースがある。
「なんで無いの?本当に此処?」
「すぐに見つかるような場所に聖杯を隠すわけが無いだろう。魔術障壁を張って隠しているんだ」
「自分の事なんだから分かるでしょ。貴方なら何処に隠すの?」
汚れのない真白なベッドに大の字で寝そべりながらボヤけば、彼はピッと天井裏を指差した。
「天井裏?
「就寝という無防備な状態でも監視ができ、同棲している君にも悟られない場所といえば其処しか無いだろう」
「私は同棲してないけどね。どうやって登るの?脚立とか無かったけ」
私が言うよりも早く、頭上で爆発の様な破裂音がしたかと思うと白い破片がパラパラと降り注ぐ。茫然と髪の毛についた屑を払い力なく声を上げた。
「え、指から弾丸出した?
「ガンドだ」
「伊達に天才って言われてないのね…。フィンの一撃レベルのガンドを易々と撃てるなんて」
別に褒めたつもりは無かったのに何処と無く嬉しそうな顔をしているデイビットの右手には人の頭くらいの大きさの燻んだ木箱が乗っていた。
話の流れから、この木箱に聖杯が封じ込められているのだからもっと嬉しそうな顔をすれば良いものを、デイビットは渋い顔をしている。
「我ながら厄介な男だな。呪いが幾重にも施されている」
「自覚無かったの?貴方は厄介な男よ」
「恐らく最後の呪いを解いたと同時に“オレ”が感知する」
「じゃあこの箱ごと持って帰ろうよ」
「呪いが掛かった状態ではカルデアに持ち帰る事は出来ない。此処で聖杯を取り出さなくては」
「出来る?」
「当然だ」
私は一応魔術師であるから、掛けた本人以外が呪いを解くのがどれほど難しい事なのかは分かる。それを彼は、取り掛かってからものの2分で解いたのだ。しかし、感嘆の声を上げる暇もなくデイビットは私の手を引き、逃げる様に一室から退散した。以前話したと思うが、彼の足の長さと私の足の長さは大分違うので走る速度についていくのが非常に困難である。私は体力も筋力もないのでマンションを出てひとつ目の曲がり角を曲がる頃には足が縺れて息も上がって走れなくなっていた。
「後で追いかけるから…先行って…!」
手を振り解いて声を上げると、彼はノーモーションで私の膝と背に手を回して抱き上げた。いわゆる「お姫様抱っこ」と言うやつだ。効率が良いとは言えこれは恥ずかしい。私が走れなくなった事が原因であるから降ろせとも言えず、持たされた木箱を腹に乗せて両手で顔を押さえながら耐えた。肩に触れる彼の胸板だとか体温だとかはこの際気にならなかった。
そして一番最初に降り立った王立公園の木陰に着くと、デイビットは回線を開き管制室へと呼びかけた。
「ダヴィンチ。聖杯は回収した」
「デイビット君流石!仕事が早い!準備は出来てるよ。座標も…バッチリだね。それじゃいっくよ〜。カウントダウン 3」
「待って!もう降ろしても」
「戻れば其々コフィンの中だ。一時くらい良いだろう」
ダヴィンチ女史の高らかなカウントダウンが始まっても尚離れることの無い彼に耐えきれず苦言を呈したが、如何あっても離す気はない様だ。
「2 1!レイシフト開始〜!」
来た時と同じ様に、金属が擦れる様な音と共に不快な浮遊感が私を襲う。瞼をきつく閉じて耐え忍び、もう一度瞼を上げるとそこには不安そうな顔をしたオフェリアと腰を90°に曲げてつむじを私に見せ続ける謎の男が居た。恐らくプラント君だろう。
「ほんっとうに申し訳ありませんでした!お怪我は!?酔ったりしてませんか!?具合悪かったりしませんか!?」
「あー…なんともありませんから。ダヴィンチ女史にも注意を受けたんですよね?それならもう良いですよ」
そう声を掛けてやるとプラント君は勢い良く顔を上げ、コフィンの前に立っている私の手を握り泣きながら感謝していた。必死に謝罪する姿が少しかわいそうになって、握られていない手を彼の手に重ねてうんうんと頷いてやれば、彼はまた泣いた。そして傍から出てきたデイビットに睨みつけられて、プラント君は勢い良く手を離してダッシュで管制室を出て行った。かわいそうだ。
「名前!大変だったわね」
「オフェリア…私、デイビットの子供出来た…」
プラント君と同じ様に私の手を取って言うオフェリアに、先程見てきたありのままを伝えると、一仕事を終えた職員の歓談や報告などで騒めいていた管制室は水を打った様に静まりかえり、彼らの視線はデイビットに注がれた。
「レイシフト先に存在していたオレ達の話だ。そんな顔で見るな」
「別宇宙の話とはいえ無理矢理そういった行為に及ぶのは卑劣だと思うわ」
「無理矢理ではない。オレ達は愛し合っている」
「私達は愛し合ってないよ。誤解を招く様な発言は謹んで」
「それで!?男の子なの!?女の子なの!?」
「まだ産まれていない。オレは生まれるまで性別は伏せておきたい派閥だ」
「やめろー!」
私は叫びながら居心地が悪すぎてデイビットの手を引っ掴んで管制室を飛び出した。なんで孕んでもいないのにこんな話を聞かせられなくてはいけないのか。レイシフト先での疲労のせいで廊下は5m程度しか走れず、呼吸を整えながらはたと思いついた疑問をデイビットにぶつけた。
「なんで聖杯持ってたのよ」
「良からぬ事でも企んでいたんじゃないか?」
「説得力ある」
妙に納得した私は、それ以上は何も言えなかった。
それにしても何故向こうの“私”は“この男”と所帯を持とうと思ったのか。私には全く理解が出来ない。もしかしたら向こうの“彼”はこういった厄介な性格ではないのかも。交換してくれば良かった。
半目でデイビットを見上げてみればバッチリと目があった。お前ずっとこっち見てたのかよ。
今回のレイシフトで平行宇宙の特異点へ出向き聖杯を回収しなくてはならなかったのは、世界線は何処であれデイビット・ゼム・ヴォイドが聖杯を手にしているという事実が問題であるからなのだそうだ。図書室に来たオルガマリー所長に聞いた。
「あの男には気を付けなさいよ。」という警告を添えて。
アニムスフィアの当主には奴の本性が見えているのだろう。星の動きとかで分かるんだろうか、と呑気に考えていた私だけれど、彼女が神妙な顔で言うものだから、背もたれに寄りかかっていた背中の中心がすうっと冷えた。