SpookyNight



秋の終わりはあっという間に日暮れが訪れる。 昼食を済ませてから魔術の文献を読み始め、一息つこうと伸びをしてあたりを見回せば、窓の外の街並みは沈みかけた夕陽によって赤黒く変色していた。
無意識に読書灯をつけて本を読んでいたから時間の流れをすっかりと忘れてしまっていたようで、長らく放っておいた彼女のサーヴァントであるビリーザキッドは、視線を狼狽狼狽させるマスターに向かってベッドの上からじっとりと責めるような視線を投げた。

「マスター、もてなしの支度はできてるの?」
「持成し?お客が来る用事はないけど…」

本を片付けながら主電気を付けて惚ける彼女に、信じられないと言うように目を丸くして、ビリーはわざとらしく高い声で言った。

「正気かい?今日は年に一度のハロウィーンだぜ。子供も大人も生者も死者も、こぞって他人のドアを叩く篝火の日だ。何も用意してないなんて随分な冗談だ」
「日本のハロウィンなんて浮かれた大学生や大人になりきれない頭のおかしな人しかやらないよ。ドアを叩いてお菓子をもらいに来る人なんてきっといない。強盗だと思われるよ」
「ふーん。日本人は変な所で遠慮するんだね」
「そもそもハロウィンは日本の文化じゃないしね。アメリカだって端午の節句とか桃の節句はやらないでしょ?」
「でも日本人はクリスマスが好きだろ?聖夜だなんだと挙って歌い、騒ぎご馳走を食べるじゃないか」

ベッドの上で脚を組み直しせせら嗤うビリーに、名前は何も言い返せなかった。たしかにその通りであり、セントバレンタインもクリスマスもイースターも日本人には全く関係がないのにやりたがる。名前はそういった騒ぎたいだけの行事にはまるで興味がなかったし、友人が少なく縁遠いものであったのであまり深く考えた事はなかったのだ。何もかにも、乗っかって騒ぐなんてみっともなく馬鹿馬鹿しいと溜息と共に吐き捨てて、早く夕食の支度でもしてしまおうとドアをあけた瞬間、屋敷中に来訪者を知らせる玄関ベルが“リンゴーン”と鳴り響き、名前の身体がびくりと跳ねてノブから手が離れた。再度ノブを手に取りドアを押し開け玄関へ向かうと、玄関ホールは薄暗く、自宅であるのに妙におどろおどろしくて、ごくりと唾を飲み下す。

「どなた?」
「Trick or Treat!!」

重厚なドア越しに、小さな子供の声が何人か分重なって聞こえ、名前が覗き穴を覗いて様子を確かめると、そこには魔女、妖精、猫の格好をした三人の少女が藤で編んだバスケットを抱えてこちらを見上げていた。
慌ててドアを開け、「お菓子はないの。ごめんなさいね。」と心苦しくも事実を伝えると「それなら生卵をお家の壁に投げつける悪戯をするけど。」なんて、恐ろしい悪戯を用意しているらしく、ほとほと困り果ててしまった。

「ほらほら、リトルレディ。これあげるから、そんな悪戯は許してよ」

言葉を失い、彼女たちの小さな手にとられた生卵を畏怖を込めて見ていた彼女の背後から伸びた腕が半開きにしていたドアを押して、ビリーが彼女たちの前に姿を現した。そしてどこから持ってきたのか、ジャックオーランタンを模した大きなキャンディを卵を持っていない方の手に持たせてり完璧なウィンクを見せて微笑んだ。

「わぁ…!」
「ありがとう!」
「ありがとうカウボーイ!!」
「We witch you a happyhalloween!」

大きな瞳を煌煌と輝かせて満足気に帰っていく三人のモンスター達にひらひらと手を振り見送るビリーは、その姿が見えなくなった途端に名前に向けて、今度はにやりと意地の悪い笑みを見せた。

「そら、来たじゃないか」
「ほんとに来ると思わないじゃない」
「僕のおかげで助かっちゃったねぇ」

笑うビリーに、今度は名前がじっとりとした視線を向ける番だった。彼は名前が買い与えた現代に馴染む薄手の黒いニットと同じく黒の細身のパンツ姿ではなく、いつものカウボーイスタイルで実体化している。それを指摘したところで「ハロウィンナイトは仮装が原則だよ。」なんて愉快な返答しか来なかったので彼女も強くは咎めなかった。

「まあ、でも本当に、貴方がお菓子を持っていて助かった。この街でもハロウィンなんてやるのね」

溜息を一つ。ドアに鍵をかけてやっと夕食の支度に取り掛かろうと脚を進めた瞬間に、すぐ後ろのドアが数回ノックされ、また彼女の身体が跳ねる。驚いて顔を強張らせる名前に、ビリーはまた笑って告げる。

「ほら、夜が来るよ。スプーキーナイトが沢山の紛い物と少しの本物を連れてこの街を埋め尽くす。化け物や幽霊達はこぞって生者のドアをノックするんだ」
「夜の来訪は本当に驚くからやめてほしいなぁ。ガンナー、お菓子まだある?」
「誰が来たのか確かめた?ノックがあったらのぞき窓を見ないと」

言われるがままに覗き穴に瞳を埋めるとそこには彼女の知り合いの姿があり、名前は「なあんだ」と呟いて鍵を開けようと手を伸ばす。しかしその手はビリーの黒革に包まれた手によって遮られ、彼女が怪訝に振り返ると、彼は吹き消されたように先ほどまでの笑みを引っ込め、青い瞳に影を落として囁いた。

「本当に君の知っている人?知っていると思い込んでいるだけじゃないか?」
「何を言っているの?だってあれは」
「その人はホッケーマスクをつけているのに、どうして君はそれが誰なのか理解できたの?」
「やめて…。だって、」
「その人は本当にこの世のものかな。…もう一度見てごらんよ。その小さな穴から真実の深淵を覗くと良い」

もう一度名前が覗き穴に目を当てようとしたその瞬間、よく知っている爆発音と共に耳元で風を切る高い音がして咄嗟にドアから離れたが、慌てて足が縺れ板場に勢いよく倒れこむ。同じように鈍い音がしてそちらを見やると、脳天から血を流して倒れこむビリーの姿があった。
しかし、叫んで駆け寄るよりも早く重厚な玄関の扉が蹴破られ、ビリーの命を奪った人物が屋敷の中に乗り込んでくる。彼女にはその人物に見覚えがあった。見覚えるどころか、彼女はたった今まで彼と共に居たし、会話すら交わしていた。

「大丈夫?」

それは、銃口から煙を吹き鈍く光る銀のリボルバーを手にした、フローリングで死んでいるはずのビリーだった。

「えっ、ガンナー…?」
「ダメじゃない。ちゃんと結界を張っておかないとこういう奴に付け入られるよ」

仕舞ったサンダラーの実体化をホルスターごと解き、買い与えた洋服を着てアンダーリムのメガネをキラリと光らせるビリーは、倒れている名前に手を差し伸べながら塵になった偽物を見やり吐き捨てる。

「僕の形でマスターを騙そうなんて、小狡くて反吐がでるね。変な幻覚まで見せちゃって。ハロウィンは死者が集う日なんだ。そんな夜は魔力を辿って、君みたいに無防備な魔術師を狙った魔物が、飢えた犬みたいに涎を垂らして徘徊してるんだから気をつけなきゃ。」

「…ガンナー、今までどこにいたの?」

「図書館だよ。マスターが本を読むって言うから、邪魔しちゃ悪いと思ったんだけど…ちょっと迂闊だったかな。ごめんね」

「ううん…。来てくれなきゃ死んでたかもね。ありがとう」

俯きがちに言う彼女に、ビリーはその絹の髪を、慰めるように優しく柔らかにさらりと撫ぜる。そして、前髪をめくりあげて、現れた白い額に一度口づけをしてから、床にうち捨てられたドアを無理やりはめ込み彼女の手を取った。

「さ、障壁を張ればあの類は入ってこられないから扉の修理は明日やるとして、夜ご飯にしようよ。僕、スペアリブが食べたいなぁ」

こちらを伺うように言う様がおかしくて笑いが漏れ出した名前を、先に進んでいたビリーは振り返り、少年の顔によく似合う悪戯な笑みを見せ、魔法の言葉を投げかけた。

「そうだ、マスター。Trick or Treat!!」

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