False Holly

 窓の外は吹雪で真っ白。寒波が来ているらしい。吹き付ける風と雪が窓を打つ音だけが鳴る室内で、僕とマスターは隣合って各々読書に耽っていた。マスターは魔術の資料を開いて、その一字一句を黙々と目で追っている。僕はと云えば「読書に耽る」なんて言ったけど、部屋にあった適当な雑誌を繰るだけでこれっぽっちも集中していなかった。背もたれのついた天鵞絨張の長椅子に脚を揃えてちょこんと座る彼女とは対照的に、僕はもうこの時間にはうんざりだと言わんばかりに膝を立てて肘をついている。
 かといって読書をやめて何かしたい事があるわけでもないのだから、彼女の視線を奪ったり、本を取り上げたりはしなかった。


 僕のマスターは、絹糸みたいな綺麗な髪の毛とコーヒー色の瞳を持つ、生前の僕には縁の無かった東洋人の女の子だ。
 僕が喚び出されて1番初めに見たのは、インカローズの模様があしらわれた絨毯にへたり込み、白い肌を一層青褪めさせて死にそうな顔をこちらに向けた、主人と言うにはあまりに頼りない彼女だった。

「ふうん?…君が僕のマスターかい?」

 僕の問いに、彼女は声を出す代わりに何度も何度も、そりゃもう首が落っこちちゃうんじゃないかってくらいに縦に振って僕の問いに肯定していた。
 室内は埃っぽくて、肌寒い。心なしか、薄着の彼女は震えているように見える。
 いつまでも主人を見下ろしているのも気まずいから、目を見開いて唇を固く閉じる彼女に手袋をはめた手を差し出すと白樺の枝みたいな細くて白い指でおずおずと僕の手に触れてゆっくりと力を込め始めた。それから暫くして漸く立ち上がり、暗色の瞳に僕を写す。

「僕の名前はビリーザキッド。新しめのサーヴァントだけど、役に立つと思うよ。今回はエクストラクラスのガンナーで喚ばれたみたいだ。よろしくね。」

「ビリーザキッド…知ってます。聖遺物を用意して、貴方を喚んだので。」

「僕をご指名の魔術師なんて珍しいね!それで、聖遺物は…っと。…わ!これ、僕のサンダラーじゃないか!ボロッボロの鉄屑同然だけど、たしかにこれは僕の銃だ。こんなもの用意されてちゃ他の高名な英雄たちも出てこれないワケだ。」

 彼女の後ろに設られたラウンドテーブルには、錆びて汚れ銃としては機能しないであろう嘗ての愛銃 コルトM1877がクロスの上に文鎮みたいに置かれていた。僕は懐かしさと、後世に自分の持ち物が残っているという不思議な感覚で少しだけ気分が高揚し、体温が上がった様な錯覚をしていた。

「もしかして君は…僕のファン?」

「私が、というよりは祖母が。前回の聖杯戦争で使う為に用意していた貴方の銃は…祖母が聖杯戦争に参加出来なかったから使われる事なく…この部屋に保管してありました。だから…今回参加する私が使う事にしたんです。」

 話の最中に入る妙な間に気づかない程僕は鈍感じゃない。きっとこの子は召喚で大量の魔力を消費して疲れているんだろう。
 英霊の召喚に使う程度の魔力なら、聖杯戦争に参加する程の魔術師ならば消費したところで身体に大きく影響を及ぼす事はない。
 この子は魔力量が少ない、謂わば半人前の魔術師って事だ。
 勝てる見込みのない戦ほど面倒でつまらないものはない。だって勝てないんだもの。
 ハズレだったな、なんて考えていたら、薄いながらも丸みを帯びたハリのある彼女の唇が僅かに動いた。

「貴方の、望みは。聖杯に掛ける、願いは何?」

「聖杯…。うーん、正直あまり興味はないよ。僕は僕の人生を思うままに生きられた。だから願望器を使ってまで叶えたい願いはないかな。」

「それじゃ、何で召喚に応じたの。」

「自分の死後、世界はどんなふうに変わるんだろう。っていう小さい疑問が僕の中にはあってさ。それを見たいってささやかな願いが僕を此処に呼び寄せたんじゃないかな、って思うんだけど本当の所は分からないや。ごめんね。…僕も聞いていい?聖杯に、君が何を願うのか。」

「私の願いは、この家を、名字の家を魔術師の名家として大成させる事。それが祖母の願い。そして、私の願い。」

 つまらない、と思った。魔術師はいつもそうだ。家柄なんて酒の足しにもなりゃしないのに、必死になって名声を欲しがる。しかし、その魔術師として半人前のお嬢さんが本気で言っているのがどうしてか面白くて興味深くて、僕はこの、ぬるま湯に浸かった女の子が戦争を目の前にしてどう変わっていくのか見てみたくなった。

「死ぬかもしれないのに?」

「死にたくない。生きたい。」

「あっははは!!我儘だ!!いいね。僕は女の子の我儘が大好きだ。…だからその我儘を聞いてあげる。此度の聖杯戦争は、僕が君の命を守ろう。僕の腰に下げた誇りに誓って必ず君に勝利と生を約束しよう。」


 それから二人での生活が始まったんだけど、彼女と僕は魔力供給パスの繋がりが薄くて、定期的に粘膜経由で魔力補給をする必要があった。初めの頃は恥ずかしがって、一度魔力供給しただけで柊の実みたいに真っ赤になっていてそれはもう可愛らしかったんだけど、最近じゃ慣れたのかちょっと深く口付けても照れた様子を見せなくなってしまって、僕としては面白くない。
 昔の事を思い出したついでに、隣にいるマスターの柔く閉じた唇を見て僕は、読書をやめさせる理由になる「良いこと」を思いついてしまった。

「マスター。」

 僕が呼べば、彼女はゆっくりと、名残惜しそうに文字から僕へと視線を移動させてこちらに顔を向けた。
 少しだけ乾燥した唇に僕のを重ねてやると口を小さく開くから、舌を入れて上顎を舌先で軽く擦る。
 マスターの口内から「はふ」とも「あう」ともとれない音が鳴って気分を良くした僕は、もう一度深く口付けてから顔を離した。
 彼女はというと、瞳が蕩けて少し頬を赤くして「ごめん。魔力足りてなかった?」なんて言っていたけれどこんな反応くらいじゃ僕は満足できないし、僕が思いついた「良いこと」はこれからが本番だ。

「ん?違うよマスター。今のは魔力供給じゃない。ただのキスだよ。」

 僕の言葉を確りと聞き届け数秒静止した後で、ほんのり色付いていた頬が柊の実になったのを見て僕の気分は心底良くなったと思う。僕のキスで照れるマスターはとっても可愛い。
 この様子じゃあ、もう読書どころではなさそうだから別の暇つぶしを考えなくちゃいけないな。と僕は、頬を押さえながら涙目で此方を睨むマスターをみて考えていた。