自堕落の代償
1996年春の話
ピピピッピピピッピピピッ
けたたましい目覚ましの電子音が鳴り響く
今日こそ行動を起こさねば、いよいよ切羽詰まりのどん詰まり
朝早く目覚ましを掛けたものの
小川幸徳の目覚は最悪だった
勤めていた大手探偵社を勢いで辞めた迄は良かったが…
これからの生活の宛も無く…
日頃からの不摂生な私生活を送っていた為貯金も殆ど無く
精々数日暮らせる程度の小銭しか手元には無い
こんなトホホな状況に陥るのは、この前新連載が始まった某ギャンブル漫画の主人公か俺くらいなモノだろう…
漫画ならここで起死回生を賭けたギャンブルイベントが借金取りと共に、ざわざわと舞い降りてくる設定なのだが……
現実の俺はと言うと、借金取りにまだ追われる状況では無いのと、運舞天賦に身を任せる程おめでたい思考の持ち合わせも無く
現実を見つめる限り当てもなくギャンブルしても野垂れ死にを早めるだけだろう
かと言って…
今更履歴書を書いて仕事を見付ける気にも全く成れず…
ただウダウダと無駄な数日を過ごし、手持ち乏しい僅かな金をダラダラ溶かすだけの日々を送っていた。
手持ちの金がいよいよ乏しくなってきた頃、家賃の支払い日が近付き、電話料金を始めとする各種公共料金の支払いもある事に気がつく
「さて…いよいよ無職が出来るのもここ迄か…」
とりあえず今ある金目の物は…
無理して買った高額良番の末尾0110番号の電話回線
大枚叩いて買い揃えた自慢のマニュアル操作の一眼レフのカメラ&400mm望遠レンズ
完全調査プロ仕様で夜間でも無フラッシュ望遠撮影を前提にカスタマイズしてある
カメラとレンズだけで100万円以上は軽くかかってはいるのだが…
フルノーマルのHONDA CBR400F
昭和の古いバイクだがそれなりに乗りやすく未だにそこそこ人気のある 400ccのオートバイ
それにやっとローンが払い終った我が愛車はポンコツだがキビキビ走る
HONDA バラードCR-X1600si通称黒ゴキ
サイバーになる前の昭和の車だが極端にホイールベースが短く加速と小回りなら最新型のRX-7にも負けていない
特徴が目立つ車なので尾行には向いていないが、かなり細い路地も入れて都内ならどんな追跡でも振り切る自信があるとても癖の強い愛車なのだ
この中から手っ取り早く現金化出来そうな物は、カメラとバイク位だろう
虎の子があるだけ某漫画の主人公よりはマシだと言う事か…
車は一般向けじゃない改造を多数施してあるので即現金化するには難がある
それにイザとなった時の移動手段としても残しておきたい
そうそうに現金化するには、買い取り屋に持ち込むのが一般的な手段だが…
過去にカメラを質屋で買い叩かれて二束三文にしか成らなかったと言う友人の言葉を思い出した
と…なると、その価値の解る同業者に譲ってなんとか少しでも糊代を多く取りたいものだ
アドレス帳から金の有りそうな名前をピックアップする
浅沼
元居た大手探偵社の同僚だ
チャランポランな俺とは全くソリも合わず真面目で面白味に欠けるヤツだが、無駄使いせず貯金が趣味と呼べる様な堅実派だったので、即金で払える位小金は溜め込んでいそうだ
あとはマトモに纏まった現金を持ち合わせた様な知り合いが居ないと言う己の人望の無さに失望しつつも、今は頼るべき選択肢の人物は浅沼しか居ないのだ
03-0000-XXXX
こちらは東京テレメッセージです
メッセージ番号を入力して最後に#を押して下さい
03****0110#
お呼びだし致しますのでしばらくお待ちください
ありがとうございました
あとは電話がかかってくるのを待つだけだが、浅沼には俺の自宅の番号は教えていなかったのを思い出した
浅沼
ピッピーピピ ピッピーピピ ピッピーピピ
ポケットベルを確認してディスプレイ表示を見たが知らない番号が表示されている
誰だろう?杉並局番の末尾が0110番
杉並警察関係か?全く身に覚えが無いが警察関係の電話を無視すると後々面倒な事になる
胸のポケットから最新型のデジタルムーバを取り出し、ポケットベルに表示されている番号に恐る恐る掛けて見た
小川宅の電話が鳴ると同時に即取りした
ピロッピ ガチャ
浅沼
「もしもしポケットベルが呼び出されたのですがどちら様ですか?」
小川
「こちら杉並警察生活安全課治安担当の斎藤と申しますが、浅沼健二君で間違い無いでしょうか?」
「ハイ浅沼健二に間違いありませんが、どの様なご用件でしょうか?」
「ギャハハハ!浅沼ちゃん元気?俺小川だよ」
「ナンだよビックリさせるなよ小川君かよ公衆電話から掛けなおすから切るよ」
※当時の携帯電話は待ち受け時間も通話時間も短く通話料は6秒10円なので重要な要件以外の無駄話しは殆どしないのが普通だった
再度電話のベルが鳴るが瞬時に取る
ピロ ガチャ
「ごめんね浅沼ちゃん 携帯電話買ったんだ羽振り良さそうじゃない」
「小川君こそナンで杉並警察署から電話掛けて来ているんだ?なんかやらかして差し入れの要求かい?」
「ビックリしたでしょう、これは俺の取って置きの電話番号ナンだよ」
「マジかよ、末尾0110の個人番号なんて普通手に入らないだろう」
「普通は手に入らない物を入手するのが探偵スキルでしょ」
「今度ナニかの内調機会にウチから掛けさせて番号使わせてやるから」
やはり探偵にとっては末尾0110番号の電話番号は超が付く程のお宝なのだ
特に普通に連絡をシカトする様な連中や、後ろめたい件のある連中相手に抜群の効果を発揮する事が出来る最強の末尾番号0110番大事に使おう
その後は軽く雑談を交え取り繕う様に明るく軽く、こちらの思惑をなるべく悟られないよう平静を装う
探偵社を辞めて以来久しぶりの浅沼は相変わらず坦々とした口調だ
だらだら長々と世間話を続けても仕方がないので本題を切り出す
小川
「でね要件って言うのは実は入り用で…カメラとバイクを買って欲しいんだよね…」
浅沼
「………?」
「そんなのは中古の買い取り屋に持ち込めば即現金化できるだろ」
小川
「買い取り屋じゃ二束三文で買い叩かれるのがオチなんだ」
「ほら!俺って人望無いだろ…浅沼ちゃんしか頼るヤツが居ないんだよ」
情けない話だが人望が無いのは事実だ
探偵等に成ろうってヤツはドラマに被れたバカ野郎か、なり行きで流れ着いた世捨人…後者に当てはまるのは当然俺だ
どっちにしろまともな輩は長続きしないのが探偵稼業
刑事物、探偵物のドラマに被れたバカ野郎に当てはまるのは浅沼だが…
これが意外に地味で辛抱強い
それにドラマに出てくる様な人情話には弱かったもするので、調査に熱くなったり、依頼人に感情移入する等と実は最も探偵には向いてはいなかったりするのだが…
その様な感じで切羽詰まって泣きついた感じを演出しつつヤツの情を刺激し、宥め透かし煽て挙げた交渉の結果
バイクとカメラとレンズのセットと、ヤツが以前から欲しいと言っていたシュアファイアの6P(米国公務執行部等で使用されているマニアックなフラッシュライト)をオマケに付けて金50万円也
内心たった50万かよとも思ったが、買い取り屋に持ち込んでも30万円に届くかどうか微妙な所なのでお互いの落し処として妥当な金額だ
ヤツの気が変わらないウチにバイクと譲渡書類とカメラを持ってその日の夕方には現金と交換する事が出来た
俺の4年間の精算金がたったの50万円か…
そう考えるいかに不摂生に暮らしてきたのかが染々と身に染み入る
悪銭身に着かずとは良く言うが、必死に稼いだ金も殆ど身に付いていないんじゃどちらも大した変わりが無いって事だろう
まっ…
これで少しは見通しに光が差してくるだろう
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