「やだぁあ!絶対やだ!!はーなーせー!!」

「…え、なんだこれ」

降谷家に行くと、そこにはリビングで叫び声を上げる雫と、それを笑顔で押さえつけるようにして抱きしめる透の姿があった。

「雫大丈夫か!?今兄ちゃんが助けてやるからな!」
「零はお呼びじゃないのでどうぞお帰りください」
「ここが俺の家だ!」
「え、そうでしたっけ?僕と雫の愛の巣だとばかり…」
「透…!お前いい加減にしろよ!」
「零にーさぁん…」
「大丈夫だ、兄ちゃんがすぐ助けてやるからな」

来て早々いつもの兄弟喧嘩が始まるとか今すぐ帰りたいんだが…
ばっちりと涙目の雫と目が合いそれもできなくなる。
頼むからそんな目で見ないでくれ。
まるで捨てられた子犬みたいにすがるような目をされては逃げ帰るなんて出来るわけがなかった。

「とりあえず落ち着けって。雫が困ってるだろ?」
「ひーくん…!」
「ほら、雫も何がそんなに嫌だったんだ?」

できるだけ優しく問い掛ければ、雫は透兄さんが…と今にも泣きそうな声で話し始めた。

「ホラー観ようって言い出して、やだって言ったのに無理矢理…」
「透…」
「いいじゃないですか一緒に観るくらい」

お前昔からそういうところは変わらないな。
いや、昔よりは随分丸くもなったし分かりやすい位雫に優しくも甘くもなったが、こうしてちょっかいかけるとこは全く変わっていないらしい。
ホラーが苦手な雫にとって、それは何が何でも避けて通りたい物なのに、無理矢理観せようとするからそうなるんだよ。
どう考えても透に比がある。

「何のヤツ借りて来たんだ?」
「日本の定番ホラーで実録衝撃映像集」
「よし、観るか」
「なんで!?」

味方だった筈の零が裏切ったのは間違いなく下心があるからだろう。
透も零もホラー特集の番組やる度に雫にしがみつかれてたから、味をしめたんだろうな。
こいつらの愛はたまに歪んでいる。

「妹大好きな兄ちゃんを持ったのが悪かったな」
「なんで!?」

そりゃあお前がいじめたくなるくらいかわいいと思われてるからだろ。とは言わずにおいた。

「じゃあ兄弟喧嘩も収まったようだし、俺は帰るよ」
「観ていかないのか?」
「ああ、あんまり雫のこといじめてやるなよ?」
「なんで!?ひーくん行かないで!やだやだ!私もひーくんと帰る!ひーくん家行く!なんなら泊まる!ひーくんと寝る!!」
「はいはい、雫のお家は此処だから寝る時もお兄ちゃんと寝ようか」
「雫は俺と寝るだろ?」
「ゆいくーん!!!」

悪いな雫、馬に蹴られちゃたまらんから俺は帰らせてもらうよ。
大丈夫、幽霊なんかよりお前の兄ちゃん達の方が何倍も怖いぞ。


ーーーーーー

がっちりと透兄さんに後ろから抱え込むようにして抱き締められながら逃げ道を塞がれた。

「ほら雫」
「あーんは?」
「…絶対に許さない」

ひーくんも、兄さん達も絶対に。
そう心に決めながら零兄さんに差し出されたチョコに口を開けた。
くそう、美味しい。
結局零兄さんまでノリノリでホラーを観ることになったけど、なんでよりにもよって心霊系なんだ。
透兄さんのチョイスはどう考えても私を追い詰めている。
こういうところは昔から変わっていない。
零兄さんはその度に透兄さんを怒ってくれたのに、今では仲良く妹いじめに加担している。こんなのってない。
せめてフィクションのホラー映画だったらよかったのに。
特に洋画はパニック物やゾンビ系といった物理による攻撃が効くものが多いから平気なのに、なんで実録心霊系?完全に日本のホラーじゃん。怖いやつじゃん。ガチじゃん。

おわかりいただけただろうか。
不気味なナレーションの後に画面にアップで映るのは、うっすらと浮かび上がる女の顔だった。

「…っ!?やだやだもうやだ!なんでアップにするの…っ」

うわぁああ!と勝手に飛び出る悲鳴はもうどうにもならない。
なんでわざわざアップにしてリプレイかますんだ。やめてくれ。
初めはテレビに向いていた体も、今では透兄さんに抱きつくよくにぴったりとくっついている。
もうだめ、もう無理。
観たくないと言いながら首元に顔を埋めれば、ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる腕。

「うう…絶対その腕離さないでね、絶対だよ、フリじゃないからね」
「勿論、嫌って言われても離さないよ」
「雫、透はやめて俺にしろ、そいつは幽霊より危険だぞ」
「零は大人しくテレビ観てたらどうです?僕は雫を見るので忙しいので」

ほら、次のやつ始まるよ?と促す透兄さんは鬼だ。


ーーーーーーーー

もうやだぁ…と映像が流れる度に泣きそうな声でしがみつく雫は予想通りの反応だった。
隙間なく抱きつく姿はコアラの子供のようで、腕に力を込めれば絶対に離さないでね。なんて可愛いことをいうのだから借りてきた甲斐があった。
零からの視線は当然無視をした。

「ねぇ、まだ?絶対バーンってなるよね?絶対もうバーンって出るよね?だっていつもそのパターンだもん…」

ぴったりと頬をくっ付けて怯える雫は恐怖とパニックからかいつもよりも幼い口調になる。
にぃさぁん。と甘える声がたまらない。
好きな子ほどいじめたくなるという言葉があるが、これ程納得する言葉はないだろう。
昔から妹にちょっかいをかけるのは、こんな可愛い顔が見たいからかもしれない。
子供の頃は素直になれなかったのに加えてやり過ぎて本気で泣かれた事もあったが、あの時は本気で堪えたのを今でも覚えている。
泣きながら透兄さんはどうしてそんなに私の事が嫌いなの?と言われたのは一番のショックだった。しかも続けざまに嫌いと言われ、あの時は幼心に自分がいかに酷いことをしていたかを思い知らされた。
それからというもの雫には素直に気持ちを伝えるようにしたけれど、やっぱりたまにいじめたくなるのはこういう姿がみたいからだ。

ふと視界に入った白いうなじと耳に悪戯心が疼いた。

「っひぁあ!?」

テレビに集中している間に息を吹きかければ、可愛らしい悲鳴をあげた。

「び、びっくり、したぁ…なんでそんなことするのぉ…」
「ごめんよ、つい」
「とーるにぃさんばかぁ…っ」

ぎゅう、とシャツの胸元を握り締めながら、大きな瞳に涙を浮かべながら抗議する顔はやっぱりかわいかった。
もう一度ごめんね。と謝って額にキスをすれば、一連の流れを見ていた零から怒声が上がった。

「からかうにも程があるだろうが!」
「あまりにも可愛かったからつい」
「ついじゃないだろ!雫、こっちにおいで。そのままだとまた透に意地悪されるぞ?」

仕方ない、ここで零にバトンタッチか。

「れぇにぃさぁ…っ」
「ほら、おいで」
「うう…っ」

今度は零に抱きしめられながら振り返った雫が口を開いた。

「とーるにぃさんなんてきらいだぁ」
「僕は好きだよ」
「とーるにーさんのばか」

そう言って拗ねたように零の胸元に顔を埋めてしまった妹。
昔言われた嫌いの言葉はもう二度と聞きたくは無いけれど、このかわいい嫌いは幾らでも聞ける。
まぁ呆れた顔でこっちを見てる零には無理だろうけど。


ーーーーーーーーーー

「ねぇ!いる!?ちゃんといる!?」
「ああ、ちゃんと居るよ」
「そんなに心配なら一緒に入ってあげるのに」
「馬鹿か。誰が許すかそんなこと」

ホラーを観た後の妹は必ずこうなる。
怖がる雫に一緒に風呂に入ると提案する透は何一つ懲りていないらしい。
嫌いと言われることすら楽しんでる姿は俺からすればとてもじゃないが信じられない。
冗談でもそんな言葉は聞きたくない。
昔よりは大分マシにはなったが、好きな子ほどいじめてしまうを体現するこの弟はやはり何も変わっちゃいない。

「兄さん、どっか行ったりしないでね、絶対にいてね!」
「大丈夫だから、ゆっくり入るんだぞ」
「雫、お兄ちゃんもはいってあげようか?」
「入るなら零兄さんとがいい」

ほら見ろ。お前の普段の言動が悪いんだからな。
即答されて笑顔のまま固まる透を鼻で笑ってやった。

「そのドヤ顔やめてくれません?」
「お前だってよくしてるだろ」
「腹立たしい」
「こっちの台詞だ」

映像を観ている間は殆ど透が相手をしていたのだから、ここから先は俺の番だ。
いい加減引っ込んでろと言って頷くような弟ではない。

「おい、何してるんだ」
「見て分からないんですか?タオル広げてるんですけど」
「何をする気かと聞いているんだ!」
「雫を拭く以外に何があるって言うんです?」
「お前本当にいい加減にしろよ」

何出迎える気でいるんだこいつ。
風呂から上がりそうになったら脱衣所からも出るに決まってるだろ。

「うぁあああっ!?」
「どうした雫!?」

突如上がった悲鳴と風呂場から飛び出して来た妹。

「なんかがたんて、がたんって聞こえたぁ…っ」

濡れたままの体で抱き着いて、風呂場を指差す妹を安心させるように抱きしめながら中を覗き込めば、何かあったようには見えなかった。
ただシャンプーボトルが倒れていたのが見えて、何かの拍子に当たって倒した音に驚いたのだろう。

「大丈夫、多分あのシャンプーボトルが倒れた音だよ」
「もうやだぁ…」
「湯船はちゃんと浸かったのか?」
「…ん…出る時びっくりしただけだから、お風呂はもういい…」
「っていうかいつまでそうしてるつもりですか?」

ぎゅうぎゅうとしがみつくようにして抱きつく雫と、というよりはそれを抱きしめている俺に掛けられた声は冷めていた。

「…雫、とりあえず離れて体を拭こうか」

しまったと思ったところでもう遅い。
裸のまましがみつく体を優しく離そうとするが、嫌々と更に力が込められる。

「雫、お兄ちゃんが拭いてあげるからそのむっつりから離れてこっちにおいで」
「ふざけるな誰が行かすか」

タオルを広げる透から守るように抱きしめれば、じゃあどうするんだ。と不満げな声が上がる。

「…今日はにいさんたちとねる」
「わかった、分かったから、だから一旦離れようか?透、そのタオル寄越せ」
「零に渡すより雫に掛けた方が早いよ」

そう言って広げたタオルで雫を包みこんで俺から離した弟は、あろうことかそのまま抱き締め始めた。
おい、何してんだお前。

「ほら、ちゃんと拭かなきゃ風邪引くよ」
「っちょ、透兄さんどこ触って…っ!?」
「さっきまで零に抱きついてたんだから、拭かれる位平気だろう?」
「それとこれとは…っ、ひっ、やめ…っ」
「いい加減にしろこの変態が!雫、後で髪乾かしてやるからすぐ着替えるんだぞ!」

弟を引き剥がして妹に言いつけながら脱衣所を出た。
だからこいつと雫を二人にするのは怖いんだ。

「馬に蹴られて死ね」
「誰が死ぬか」
「後少しだったのになぁ」
「何する気だこの変態」
「なんだっていいでしょう?零には関係ないんだから」
「ふざけるなよ誰の妹だと思ってんだお前」
「僕の妹ですけど?」
「なら尚更手を出そうとするな!」

暫く言い争いが続いたのは言うまでもない。


ーーーーーーーーーー

「で、結局おやすみからおはようまでお兄ちゃん達の兄弟喧嘩が続きそうだからウチに来た、と」

夜にどうしたのかと思えば、拗ねた顔した降谷家のお姫様がそこに立っていた。
つーかあいつら本当懲りないな。

「悪い事言わないから今日は家に居た方がいいぞ?」
「やだ」
「やだって言われてもなぁ…」

事ある毎に喧嘩をする双子も悪いが、今日ばかりは泊めるわけにもいかない。
絶対に俺が殺される。

「今帰らないと明日またホラー特集観る羽目になるぞ?」
「やだ」
「じゃあ大人しく帰るんだな。送って行ってやるからさ」
「やだ」
「…おいおい、勘弁してくれよ」

がっしりと抱きついてきたこの可愛い妹分にどうすりゃいいんだよ、と思わず天を仰いだ。

「俺まだ死にたくないんだけど」
「じゃあ唯くんのことは私が守ってあげるから、唯くんは私をおばけから守って」
「お前のにいちゃん達のが何倍も怖いんだけどなぁ」

物理でも精神でもダメージ与えてくるからあいつらはエグいぞ。特にお前のことに関しては。
為すすべもなく、宙を彷徨う腕を大人しくその背中に回した。
おばけよりも恐ろしい双子が襲来するまであと少し。







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