降谷家の末っ子は兄達に溺愛されている。
どれ位溺愛されているかというと、兄が妹の後を平然とつけてくる位溺愛している。
…なんであいつら自分の妹尾行してんの?

「ひーくん?」
「あぁ、悪い。なんでもないよ」

不思議そうに俺を見上げる降谷家のお姫様の手を握ってそう返せば、へらりと笑う妹とは対称的に俺の背中に殺気を向ける兄が2人。
…どうしたもんかなぁ。
愛しくてたまらない妹が誰かと出掛けるという事実にいてもたっても居られず尾行したはいいが、相手が俺で安心と不安の狭間に揺れているのだろう。
まぁ俺もあいつらの立場だったら尾行まではしなくとも可愛い妹分の心配くらいはするだろう。
だからといってこのまま奴らに尾行されたままにはいかない。
なんたって今日はこのお姫様の極秘のお買い物だ。
あいつらにバレる訳にはいかない。
..ついでにちょっとからかってやろうか。
いくら可愛い妹とはいえ、尾行はいただけないしな。

「おっと、大丈夫か?」

人にぶつかりそうになった雫の腕を引き寄せて抱き止めれば、ありがとう唯くん!と満面の笑み。
今日も可愛くて何より。
背中に突き刺さる視線は一層鋭さを増した。

「そういやぁあいつらには何て言って出てきたんだ?」

一人でお出かけ。なんて聞いたら相手は誰かと根掘り葉掘り聞くだろうし、なんなら着いて行くと言いかねないブラコンツインズだ。

「ひーくんとデートだから着いてきたら分かるよね?って言ってきた」
「えっぐいなぁ」

それは確実に双子の心を抉ったろうな。
まぁでもお出かけイコールデートって言うのは友達同士とでも女子はよく使ってるし、もっと言えばあの双子が妹と出かけることをやたらデートって言うせいで、雫の中では親しい人とのお出かけはデートになって居るんだろう。
あいつらって頭いいくせに偶にアホだよな。
特に妹絡むと稀にポンコツになるとことか。

「じゃあ言葉通りデートしながら選ぶとするか。お手をどうぞ、お姫様?」
「えー、なにそれ。ひーくんそんなキャラじゃないじゃん」
「たまにはノってくれたっていいだろう?」
「じゃあお願いします、おーじさま。なんちゃって」

そうはにかんで俺の手を取った雫は成る程、あの双子が骨抜きになるのが分かるくらい愛らしかった。
そりゃあ余計な虫がつくんじゃないかと不安になるのも分かる。
…まぁこんな無防備な姿を見せるのは双子や俺とか親しい人間だけだけど。
それがまた可愛いところだよなぁ。


ーーーーーー

「おい、なんであいつ手を繋いでるんだ」
「僕が知るわけないでしょう?っていうか聞きましたかさっきの」
「雫がお姫様なのは分かる」
「…零のポンコツっぷりがガチ過ぎて怖いんですけど」

双子の兄は真顔で故障する。
普段は僕よりも常識人気取って居るくせに、こういう時決まってポンコツになるのは零の方だ。
本人は至って真面目なところが笑えない。

「景光が王子様とかどこで教育を間違えたんだ…」

確かに妹は女の子が好きそうな王子様が出て来るような話は好んで読まなかったし、今では完全に特撮にハマっているような子だけど、いくらなんでもあれはない。

「景光が王子様なら俺達は何になるんだ?」
「お姫様の兄じゃないんですか」

っていうか論点はそこじゃないだろ。
どうやら故障は未だ治っていないらしい。

「お姫様の兄なら俺達も王子様だよな?」
「はいはい零が雫の王子様になりたいのはよく分かりましたから、さっさと行きますよ」

このまま零の訳の分からないこだわりに付き合っていたら二人を見失ってしまう。
景光とデートだから着いて来るなと言われたが、妹思いのお兄ちゃんがハイそうですかと頷くわけがない。
特に横にいる零が。
別に二人が付き合ってるとは思ってないし、お互いに恋愛感情がないのも分かっている僕と違って、零は雫の言葉に直ぐ揺れる。
本気で嫌いって言ってるわけじゃないのに真に受けて本気で落ち込んだり。
あんなのかわいい妹のちょっとした反抗なのに、いつになったらこのポンコツな片割れは受け止められるのだろうか。

「…もしかして反抗期が近いのか…?」
「その絶望顔をやめろ」

というか雫だって大なり小なり反抗期は来るはずだろ。
雫に反抗期なんてそんな…と頭を抱えそうになる片割れを引きずりながら二人の後を追った。


ーーーーーー

なにやってんだ、あいつら。
一応変装しているつもりなんだろうが、元が良すぎるせいか女性陣の視線は双子に向けられる。
ちらりと様子を伺えば、何故かゼロが引きずられるように腕を引かれていた。
…あぁ、ゼロが故障したか。
一見透よりも真面目で常識人に見えるゼロだが、妹に関しては透の方が冷静だし視野も広い。
双子だってのにこの差はなんだろうな。
多分雫に好きな人ができてもゼロは受け入れるのに時間がかかるタイプだろうな。
透は妹が好きになった相手ならって理由で相手のこと徹底的に調べ上げた上で問題なけりゃ受け入れるタイプかな。

「ひーくん?何かあったの?」
「いや、お前は気にしなくていい事だよ。それよりあの店はどうだ?」

こいつの為にもあいつらの為にも、気付かないようにフォローしてやるか。
お前らのことは絶対撒くけどな。
上の階へ行けば若い女性向けのフロアだし、女を連れてないイケメン二人が行けば群がる女子の一人や二人居るだろう。
その内に雫を連れて店を出ればいい。

「ひーくん今日はありがとう」

双子を撒いて店を出た雫の手には綺麗にラッピングされたプレゼントが二つ。

「雫とデートできたし俺としては役得だから気にすんな」

途中までは保護者同伴だったけど。

「それにしても記念日でもないのにプレゼントだなんて偉いな」
「これが本当のサプライズ!」
「お前そういうの面倒臭がりそうなのにどういう風の吹きまわしだ?」
「じゃあひーくんとデートしたかったから!」
「じゃあは余計だよ。可愛いと思えばとんだ小悪魔になりやがって」

ぐしゃぐしゃと髪を乱すように撫でれば嬉しそうに声を上げる姿。
その姿は無邪気な子供同然で、きっと幾つになっても俺にとって雫はかわいい妹分なんだろう。

「じゃあ最後に一つ、美味しい手作りケーキのプレゼント作ってやろうか」
「うん、頑張る…!」

俺も妹欲しかったかも。
乱した髪を直しながらそう思った。


ーーーーーーーー

ひーくんと一緒に選んで買ったプレゼントと、手伝ってもらいながら作ったケーキを抱えて帰宅すると、疲れ果てたようにソファーに座る透兄さんと、涙目の零兄さんが居た。

「…え、なにこの惨状」
「おかえり雫」
「ただいま…?」

やっぱり透兄さんの笑顔はどこか疲れて居るようだった。

「雫っ!」
「わ…っ、零兄さん?どうしたの…?」

とりあえずプレゼントとケーキをテーブルに置けば、涙目のまま抱きついてきた零兄さん。
そのまま肩に顔を埋められ、何事かと透兄さんに視線を向ければ、肩をすくめられるだけだった。
…透兄さん相当疲れてるけどほんとなにがあったんだ…?
とりあえず同じように抱きしめ返した。

「雫の王子様は兄ちゃん達だよな…?」
「…透兄さん、流石に話が見えな過ぎて困るんだけど助けて」
「景光が王子様で自分が王子様じゃないのは嫌なんだって」
「ごめん余計意味がわからない」

っていうか王子様ってどこからきた。
いつからひーくんと兄さん達は王族になったの?どこの貴族様?

「王子様じゃないけど、大好きな兄さん達にはプレゼントがあるよ」
「「プレゼント?」」
「うん。でも零兄さんは王子様ならプレゼントはあげられないね」
「なに言ってるんだ俺はお前の兄ちゃんだろ?」
「雫、今日の零はポンコツだから気にしないでいいよ」

だから透兄さん疲れてたのか。
ああ見えて透兄さんは面倒見がいい。

「実は今日ひーくんに付き合ってもらって兄さん達にプレゼント買ってきたんだ。いつもありがとう、兄さん」

綺麗にラッピングしてもらったプレゼントを二人に渡せば、零兄さんはまた涙目になっていた。

「ありがとう雫…!」
「ありがとう。でもどうして今日なんだい?」
「サプライズだから。いつもそばに居てくれてありがとう!」

纏めて抱きつけば、それぞれの手が私の頬を撫でる。

「ほんと、僕らには勿体無いくらいかわいい妹だ」
「ああ、だから手離したくなくなるんだろうな」
「「妹で居てくれてありがとう、雫」」
「私の兄さん達で居てくれてありがとう!!」

沢山貰ったぶん、私もちゃんと返せていたらいいな。

「兄さん達みたいに上手にはできなかったけど、ひーくんに手伝ってもらってケーキも作ったんだ。後でひーくんも呼んでみんなで食べよう?」

手伝ってくれたお礼に実はひーくんにもプレゼントを買ってあるから、その時一緒に渡そう。
ひーくんも私にとって大好きな兄貴分の一人だから。


ーーーーーーーー

「俺たちへのプレゼントなんてもうとっくにもらってるのにな」
「ええ、人生で一番のプレゼントがまさか自分だなんて思ってないでしょうけど」

俺たちにとって一番のプレゼントは他のなんでもない、雫自身だってこと、あいつは気づいてすらいないのだろう。

「…俺たちがつけてたことは絶対言うなよ」
「言いませんよ。まぁ景光が言ったらバレますけど」
「あいつ撒くの上手くないか?」
「零がポンコツだから撒かれたんです」
「王子様だぞ?いくら相手が景光でも許せるかお前」
「雫が選んだ相手なら僕は景光でも景光じゃなくてもいいですけどね。あ、でも零だけは絶対に嫌かな」
「こっちの台詞だ」

王子様、なんて一生現れなくていいと思うのは、勝手なエゴだろうか。
それでもまだ今だけは、俺たちの可愛い妹のままで居てくれたらと、少しだけ歪な形のケーキを見ながら思った。






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