「ゼロくん透くん」
「急にどうしたんだい?」
「…なんで俺だけゼロなんだ」
ねぇねぇと、特に用は無いけれど二人を呼べば、正反対の表情を浮かべてこちらを見た兄達。
「兄妹でもくん付けやちゃん付けとかで呼んでる人とか居るから真似してみたけど、なんか変だね」
普段から兄さん呼びをしているせいか、いざ名前で呼びかけるとちょっと照れくさい。
けれど透兄さんは嬉しそうに笑いながらこちらに手を伸ばした。おいで、と手招くその手に従って、すっぽりと腕の中におさまると透兄さんはそのまま頬ずりをしてくる。
…あつい。
「近い」
「僕と雫ちゃんの距離はこれが普通なので部外者は黙ってて貰えませんか。ゼロくん」
「喧嘩売ってるのか?」
「ねぇ、人のことはさんで喧嘩するのやめて」
なんでいつもこうなるんだろうね。
透兄さんに抱き締められてるからひーくんのところへは行けないし、せめて喧嘩になる前に収めなくては。
「透くんはゼロくん煽るのやめようね」
「つっかかってくるゼロくんが悪いんだよ雫ちゃん」
「透、お前絶対わざとやっているだろ!」
「じゃあお義兄さんで」
「いい加減にしろよお前…!」
いい加減にするのは二人ですけど。
バチバチと火花を散らすように人の頭上で今にも喧嘩を始めそうな兄二人。
「もうくん付けで呼ぶのやめる」
「どうして?」
「喧嘩するから」
「じゃあ俺も零くんがいい」
「おっと、おかしいな、零兄さんが壊れ始めたぞ…?」
ここで丸く収めてくれるのは零兄さんのはずなのに、当の本人は拗ねた顔を浮かべていた。
…くそう、なんでそんなに似合うんだ。ベビーフェイス怖い。無自覚にあざといぞ。
「多分さ、透兄さんに足りないのは無自覚さかもしれないね」
「自覚なしの方がどうかと思うけど」
「…破壊力の差が違うもんね」
透兄さんははいはいまたいつものやつね。って感じだけど、零兄さんがこうなるとはっきり嫌と言うのは気がひける。
「…零くん」
ここで呼ばないなんて私にはできなかった。
「雫」
「零くん」
「はいストップ。これ以上は駄目。もう満足したでしょう?」
気付けば互いに名前を呼びあうだけの謎展開に、透兄さんのストップがかかる。
「雫も、もう名前呼びはお終いなんだろう?」
「だって零兄さんが呼んでほしいって言うから」
「じゃあもう呼んだんだからお終いでいいよね」
「邪魔するなよお義兄さん」
「言っときますけどそれ僕だから言えるやつですから」
「そうだったな、透くん」
「…やめてもらえます?今鳥肌凄いことになってるんで」
「義理の弟の場合は名前呼びが普通だろ。受け入れるんだな」
「いや、義理も何も実の兄弟だから」
血の繋がった双子ですよね?鏡見た?持ってこようか?
というかどこからそんな話題になってたの?
助けて唯くん。と思っても彼は此処には居ない。くそう、こんな事なら隙を見て避難しておけばよかった。
タイミングを逃したら最後、兄さん達の兄弟喧嘩に巻き込まれるのがオチだ。
「ねぇ、そろそろお昼の時間だよ」
「そうだな、準備しようか」
「雫は何が食べたい?」
「オムライス!」
「じゃあ買い物行こうか。いつものお菓子も買うだろう?」
「あんまり甘やかすなよ」
「いいじゃないですか。お菓子は一つまでの約束は守ってるんですから」
「今日はライダーチップスにする」
「…お前今歳いくつだ?」
子供心を忘れないことは大切なことだよ。
「じゃあ名前呼びで買い物行ったらもう一つ買ってあげようかな」
「え、ほんと!?」
「だから甘やかすな!」
「零だけ兄さん呼びされてればいいじゃないですか。ね、雫ちゃん」
「もう一つは戦隊モノのウエハースにする!」
「雫、俺の事は零くんだからな」
「零くんも買ってくれるの?」
「もうワンセットずつ買ってあげるよ」
「…零が一番甘いじゃないか」
なんかよく分からないけど、たまには違う呼び方をするのもいいかもしれない。
結局ライダーチップス二袋と戦隊モノのウエハースを二つも買ってもらった。
ーーーー
「…お前らのことがたまに怖くなる」
「え、なんで?」
今日も今日とて双子の喧嘩から逃れてきた妹は、呑気に先日あった出来事について話してくれたが、なんというかまぁ、末恐ろしいな。
可愛らしく小首を傾げてみせる姿はこれっぽっちも分かっちゃいないのだろう。
「妹にべた甘なにいちゃん達と、それを手玉にとる小悪魔な妹だからかな」
「ねぇその妹って私のこと?」
「お前以外に誰が居るんだよ」
「異議あり!」
「却下」
なんで!と抗議する頭を撫でて宥めれば、また異議あり!と言われてしまう。
終いには拗ねたようにふくれっ面をするもんだから、ついその頬を突いてまた怒られた。
だってお前、零には分かっててふっかけてるだろ。
こういうずる賢さは透の影響だろうな…まぁ雫は純粋に問いかけただけだろうけど、自覚ないのもどうなんだろうな。
「ひーくんさぁ、いっつもそうやって丸め込もうとするよね」
「お前のにいちゃん達には負けるよ」
「…まぁ、うん。そうだね」
思い当たる節はあるのか、なんとも言い難い顔で黙り込んでしまった。
なんだかんだで妹を丸め込むのは上手いし、二人で手を組んだ時は雫も気付かない内に言いくるめられていることが殆どだ。
「まぁどっちもお前のことが好きで仕方ないって事だろうな」
「私も好きだよ」
真っ直ぐな好意を口にするこの妹だからこそ、二人揃って骨抜きにされてるんだろう。
「「雫っ!!」」
「ほら、過保護なにいちゃん達のお迎えだぞ、お姫様」
うちのドアが壊される前に行ってやってくれ。
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