※薄暗い
※ハッピーエンドではない
※強いていうのならメリーバッドエンド
※ほんのり病み気味

ーーーーーー

きっと嫌われた。
約束破った上にあんな風に意地はって、素直に謝らなかったから、だから零兄さんはあんなにも怒ったんだ。
どうしようもない妹だと、呆れられたに決まっている。
いや、違う。
見捨てられてしまったかもしれない。
気を失う直前に見えた零兄さんの顔は、酷く辛そうなものだった。
絶対に、嫌われた。
零兄さんはもう頭を撫でることも抱きしめることも、優しく名前を呼んでくれる事もないのかもしれない。
そう思うと怖くて仕方なかった。

「…雫…雫っ!」

名前を呼ぶ声に意識が浮上する。
ゆっくりと目を開けた先に居たのは、零兄さん…?
ぽろぽろと涙が溢れてくるせいで、視界がぼやけてよく見えなかった。

「今水を持ってくるから」

喉かわいただろう?と優しい声で語りかけてから離れる体に腕を伸ばした。

「雫?」
「や、だぁ…っ、ごめ、なさっ、ごめんなさいっ、れーにいさ…っ」

いかないで、きらわないで、もうしないから、あやまるから、だからおねがい、みすてないで。
泣きながらその体にしがみついて、必死にうったえた。
ごめんなさい、ごめんなさい。

「おねがいだから…っ、いいこにするから、だからっ、きらわないで…っ」

大好きな兄に嫌われるのは怖い。
見捨てられるのは怖い。
だから、おねがいだから、おいていかないで。そばにいて。ちゃんということきくから。
子供みたいに泣きじゃくって縋る私を、兄さんは呆れるだろうか。
それでも嫌われたくなくて、必死にしがみついて何度もごめんなさいを繰り返した。


ーーーーーーー

ごめんなさい。いかないで。きらわないで。いいこにするから。みすてないで。おいていかないで。おねがいだから。

ぼろぼろと涙を流しながら必死にしがみつく妹の姿に、こんな風にした片割れを今直ぐにでも殺してやりたいと思った。
うなされていた雫の頭を占めていたのは零のことで、あんなにも酷いことをされておきながら尚も嫌われたくないのだと泣きながら縋る姿を、あの馬鹿が見たらどう思うのだろう。
痛々しい程に悲痛な声をあげて、僕を零と勘違いしたままごめんなさいと泣きじゃくる妹は、きっとあの馬鹿に嫌われたのだと思っている。
嫌われて当然なのはあの馬鹿の方なのに。

「…雫」

極力優しい声で名前を呼んで、そっとそのほほを包むように手を当てれば、涙でいっぱいな瞳が僕を見上げる。

「僕が誰かわかるかい?」

指先で涙をぬぐいながら問えば、漸く目線が交わった。
何処か虚ろげだった瞳がしっかりと僕を見つめてから、とおるにいさん。と柔らかい声が名を呼んだ。

「うん、正解」

僕だと分かって安心したのか、くったりと力が抜ける体を抱きしめてやる。
腕の中におさまる小さな体。
大切な、妹。
どんなに好きでも、たとえ伝えられない想いでも、それでも大切なことにはかわりなくて、大切だからこそ見守るのだと決めたのに、あの馬鹿は身勝手な想いを押し付けたのだ。
この小さくか弱い体に、何年も溜め込んだ重い気持ちを。
背負わせるには重すぎるそれを身勝手に押しつけて、このザマだ。
あんなやつ、嫌われて当然なのに、兄失格なのに、それでも妹は自分が嫌われることを恐れている。
それがどうしようもないくらい悔しくて、腹立たしくて、そして悲しかった。
あんなやつなのに、どうして尚も縋ろうとするのだろう。
…僕だけでいいじゃないか。
けれどこれを言って仕舞えば自分もあの馬鹿同様身勝手な想いを押し付ける同類になってしまうのだろう。
言えるわけ、ないじゃないか。

「…にいさんたちとの、やくそく、やぶってごめんなさい…っ」

泣きすぎて過呼吸気味だった呼吸が落ち着き、弱々しい声が呟いた。

「うそついて、合コンいったから、零にいさんにおこられて、きらわれた…」
「零がした事は忘れていいよ。あの馬鹿がした事は間違っている」

ベッドの上で気を失うようにして眠る妹の顔には涙のあとが残っていた。泣き腫らしたような目元にあの瞬間、怖い思いをさせられたのだろうと悟った。
あんな悪夢は忘れてしまえばいい。
忘れて欲しい。
醜い男の嫉妬なんて、あの馬鹿の想いなんて、体に触れた事実ごと全て忘れて欲しかった。

「でもわたし、あやまらなきゃ、れいにいさん、辛そうなかおしてたから、ごめんなさいって、いわなきゃ…っ」

辛いのは、身勝手な想いを吐き出された雫の方なのに、なんでそんな風にあの馬鹿の事を思うのだろう。
誰かがその体に触れるたびに、きっと妹は零を思い出す。
身勝手に触れる、嫉妬に狂った男の手を思い出す。泣き腫らすほどの恐怖と共に、思い出すのだ。
そんなの、僕が嫌だった。

「あんなやつ、わすれてよ…」

どうしようもない位、泣きたい気分だ。

「零の事なんて忘れてよ。兄が恋しいのなら僕だけを求めればいい。僕は零のようなことは絶対にしないから。怖い思いは絶対にさせない。痛い思いもさせない。僕だけを見てとは言わない。でも、あの馬鹿を求めるくらいなら、僕を求めて」

零は狡い。
酷い事をしておいて尚、雫の中にその存在を焼き付けたのだから。
こんな風に求めて、縋って、手を伸ばされるのだから狡い。
傷つけたのに、酷い事をしたのに、嫌われるどころか求められている。
…ああ、きっと僕もあの馬鹿と同類だ。
それでも零を求める雫の姿に、嫉妬している。
僕にもその手を伸ばして欲しい。
縋るほどの想いを向けて欲しい。

「…好きなんだ。本当は、誰にもあげたくないくらい、出来ることならずっとこのままで居たかった。誰よりも好きなんだ」

好きだ。
どうしようもないくらい、好きなんだ。
好きだから、見守るのだと決めたのに、いざ誰かが手を出したかと思うとこんなにも嫉妬してしまう。
こんな醜い僕を雫は嫌うだろうか。

「…ごめん。ごめん、雫。でもどうしようもないくらい好きなんだ。好きだから、そんな雫に酷い事をした零の事は殺したいくらい憎い」

殴るだけじゃ足りなかった。
罵るだけじゃ足りなかった。
それでも我慢できるのは、この妹がそれを望まないと知って居たから。

「僕の全ては雫でできているんだ。雫が、僕の全てだ」

雫が笑って過ごせることが何よりも大切で、他なんて全部後回しでよかった。
なのに今、僕は零と同じで身勝手な想いを押し付けた。

「わたしも、兄さんたちがすきだよ」

違うんだ。
違うんだよ、雫。

「雫の好きと僕らの好きは違うよ」

兄として好意を寄せる妹に、僕ら双子はそれを裏切るような想いを抱いている。
兄と妹じゃない。
男と女としての好意だ。
だからあの馬鹿は、兄としての立場を利用して男としての醜い嫉妬でその体に欲を吐き出したんだ。

「僕も零と同じだ。兄じゃない、ただの男として雫が好きなんだ」

言ってはいけない言葉だと知っていたのに、気付けば言葉が溢れていた。
だってそんなことを言えば、この妹は受け入れてしまうから。
それはきっと、縛り付けるのと同じだ。
だというのに、何処かでそれでいいのだと囁く自分が居た。

「…いい、それで、いい、からっ、好きだから、好きでいてくれるなら、きらわれないのなら、どんな好きでもいいよ」

縋るような声が、涙で濡れた頬が、一緒に居たいのだと訴える声が、理性を崩していくようだった。
受け入れようと伸ばされたその手をとってしまえば、きっと自分もあの馬鹿と同じになってしまうのだろう。
分かっていて、その手を掴んだ。
欲しかったものに、漸く触れたような気すらしたのに、泣きそうなくらい苦しいのは何故かなんか分かっている。
これはきっと罪だ。
純粋な好意を向ける妹を堕とす事への罪悪感と、共に堕ちていく事への安心感。

「絶対に離さない」

共に堕ちたのなら、縛り付けたのなら、絶対に離しはしない。ずっと僕らの手の届く範囲で、共に生きていくのだろう。
安心したように身を委ねる妹に、片割れが触れたのと同じように手を伸ばした。









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