「兄さんなんて海パングラサン真夏のチャラいパーリーピーポーのくせに!!!」

降谷家の扉を開けた瞬間聞こえてきたのは、そんな意味不明な叫び声だった。

「…どうなってるんだ?」
「ちょっと拗ねてるだけだろ。放っとけ」
「放っとけって、あれをか?」

にーさんのばかぁあぁ!と唸るようにソファに転がってクッションをこれでもかと締め付けるように抱きしめる雫は、どう考えたって珍しかった。
基本的に聞き分けがいいはずの妹がここまで兄に駄々を捏ねる姿はなかなか無い。

「どうしたんだ?お前がこんなに兄ちゃんの悪口言うなんて珍しいじゃないか」

仰向けになった雫の頭を撫でながら問えば、ゼロの言った通り拗ねた顔が俺を見上げた。

「にーさんが私の写真集捨てた」
「写真集?」
「特撮俳優のファースト写真集」
「…ゼロ、これはお前が悪いぞ」

そう言ってクッションで顔を隠してしまった雫は相当ショックだったのだろう。兄さんなんてきらいだ。と普段じゃ絶対言わないことを口にしていた。
ゼロもゼロで大人気なさすぎだろ。

「雫、捨てられちゃったもんは仕方ないし、新しいの兄ちゃんに買ってもらえよ。捨てた罰として2冊とかどうだ?」
「…だってあれサイン入りだから売ってないもん…応募して当たったやつだもん」

ゼロ、やっぱお前が悪いってこれ。

「毎日見てたのに…好きなの知ってたくせに捨てやがって兄さんのばーか!チャラ男!イケメン!パーリーピーポー!!」

イケメンは褒め言葉だぞ雫。

「イケメンならお前が言う通りここに居るんだから毎日あんなの見なくてもいいだろ」
「うーわ、ねぇ聞いた?ひーくん聞いた?兄さんね、ナルシストなんだよ?信じられる?ほんとの事だからってあんなのってないよね。唯くんもそう思うよね?」

うーわ、俺巻き込んできたな。
そもそもの原因はゼロなんだからさっさと謝って仲直りすればいいのに、この手の問題になると変に意地をはるからこうなるんだよ…
別に写真集の一つや二ついいだろ。
雫だって年頃の女の子なんだし、そりゃあイケメンに憧れたっておかしくはない。というかむしろ今まで「兄さんが一番かっこいい!」とか断言してたのがおかしいんだって。

「兄さんはチャラいから駄目」
「チャラくない」
「チャラいよ!海パングラサン真夏のパーリーピーポーだもん」
「いつ俺がそんな格好したんだよ」
「イメージ」
「そういうのを偏見って言うんだ」
「でも実際モッテモテじゃん!女の人に囲まれてても違和感ないじゃん!真夏のアバンチュールとか一夜限りの以下略とかすっごい似合うと思うよ!」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ!?」
「チャラいパーリーピーポー」

ああ、これ駄目だ、絶対お互いに引く気ないやつだ。
おまけに煽るようなことばっか言うせいでゼロのヤツもムキになってるし、なんでこの兄妹は普段あんな仲良いくせに珍しく喧嘩となるとこうも拗れていくのか…

「私は兄さんがエロ本見ようがグラビア見ようがAV見ようがどうだっていいのになんであんなことするのばか!!」

あ、まずい。
ぴしり、と空気が凍りつくのを感じるも、尚も御構い無しに兄さんのばか!と罵り続ける雫の口を塞いだ。
気持ちはわかる、分かるが、今はちょっと黙ってような。お前の兄ちゃんはお前が思ってる以上にお前の事が好きだから。
おまけに最近はやや拗らせ気味だから、下手なこと言えば何があいつの神経逆撫でするか分かったもんじゃない。
どんなに頭のいいキレ者でも、思春期真っ盛りの男子高校生には変わりない。
好きな相手にどうでもいいなんて言われれば、そりゃあ空気も凍るよな。頼むから耐えてくれ。
兄の想いなど気づきもしない妹は、尚も言い足りないのか俺の手の中でモゴモゴと文句を言おうとするが、お願いだからやめくれ。悪化するだけだから。こっちの身がもたないから。

「雫」

やけに低い声で名前を呼ばれ漸く何かが琴線に触れたと気付いた所でもう遅い。
助けて。と目線で求められても俺には無理だあきらめろ。
小さく首を横に振って答えておいた。
それが気に食わなかったのか、次の瞬間思いもよらない行動を取り始めるもんだからこっちは堪ったもんじゃない。

「っ、ばか、おまっ、今それしたら逆効果だって…!」

ならば道連れだと言わんばかりに抱きついてきた体に思わず腕を回してしまったが、もうどうにもならない。
背後からひしひしと感じる圧力にこっちが泣きたい。
つーかお前が大人気なく捨てるのが悪いんだろ!とは言えるわけがなかった。
俺だって命が惜しい。

「やだ、絶対離さない。なんなら一生離さない…!」
「やめて、それマジで洒落にならないやつ!お前の兄ちゃんガチだから!俺が殺されるやつだからこれ!」
「私とひーくんはニコイチだから!二人で一つだから!一蓮托生だから!」
「お願いだからほんとやめてくれ…」

ついに胸元に顔を埋められてしまい、成す術もなく死を覚悟するしかない状況に追い込まれていく。

「もうこの際雫が謝れ。大丈夫、その後の態度次第では許してもらえるから」
「なんで!?私悪くないもん!絶対やだ!!」
「世の中っていうのは理不尽に出来てるものなんだよ」
「そんなのっておかしい!」
「よかったな、社会に出る前に知れて」
「ひーくんのばか!裏切り者!!」

馬鹿でも裏切り者でもいいから兎に角離してくれ、頼むから、一生のお願いだから。
お前の兄ちゃんがすげぇ顔でこっち見てるんだって。頼むから気づいてくれ。

「私は!ひーくんから!離れない!何故なら唯くんが好きだから!唯くんは私の味方だもんね!!」
「お前わざとやってるだろ…」
「見捨てようとした唯くんが悪い」
「待て待て待て、分かった、分かったから!それはまずい、首にしがみつくのは駄目だって…!」

より密着するように俺の首に腕を回して乗り上げてくる雫。わざと見せつけるように頬をくっ付けてきた辺りでもう俺の死は決まったようなものだった。
…ほらな、お前の兄ちゃん怖いくらいの無表情でこっち見てるから。あれマジなやつだから。

「景光、覚悟はできできるよな」
「待て、俺無関係だろ…!?」
「この現状で通るとでも?」

結局こういうオチかよ!知ってたけど!!
もう絶対こいつらの兄妹喧嘩には首を突っ込まないと決めた日。






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