※もしも妹がモブに恋したら
※しかも失恋してます

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人を恋愛感情として好きになる。というのは今世においてもよく分からないし、そもそも自分とは無縁な感情だと思っていた。
だから好きは好きでいいし、無理にどんな好きなのかなんてカテゴリー分けする必要はないし、深く考える必要もないと思っていた。

「思ってたんだけどなぁ…」

まさか恋愛、そして失恋という殆どの乙女たちが通るような道をこの私が通るとは。
いや、本当にそういう意味で好きだったかは未だに分からない。
分からないけれど、先程別れの言葉を告げて去って行った彼に感じたのは、紛れもなくショックだったのだろう。
彼と私の間にあったズレは、やっぱり私には到底理解できなくて、頭では分かっていても受け入れることはできなかったんだ。

カップルなんてものになったのだって、ほぼ成り行きだ。
最初は違うクラスのたいして接点もないような、ただ、クラスの女の子達がかっこいいと騒ぎ立てていた事は覚えている。その程度の認識だった。
委員会が同じになり、話すようになり、彼も特撮が好きだという事で話も合った。この歳になって特撮を語れるような子は中々居なかったし、彼と話す時間は楽しくて、いい友人ができた。ただそれくらいの認識だった。
それがかわったのは、いつからだろう。
入学する度に兄と付き合っていると噂されるのは何時ものことで、直接聞かれた時だけハッキリと答えるのもいつものことだった。
だから彼がやけに真面目な顔で聞いて来た時も同じように答えたのだ。
そしたら安心したように笑って、降谷の事が好きなんだ。と言われた時、流石の私でもそういう意味だと察してしまった。
人生二周目で初の告白に、正直戸惑ったし焦った。喪女のまま人生終えて二周目スタートしてるんだからそりゃあ反応に困る。
こんな時、兄さんだったら何と答えるのだろう。そう思ってもあまりの驚きに頭が真っ白な私は、焦りのあまり彼が何と言葉を続けたかも分からず頷いていた。
気付けば彼は嬉しそうに笑って、これからよろしく!と私の手を握ったのだ。
これが私と彼が付き合った経緯。
彼のことは嫌いではないし、話も合って楽しいし、別にいいか。と流してしまったのも悪かったのかもしれない。
恋人、というよりは友人の感覚のままで彼と付き合うようになって暫くすると、不意に手を握られたり、キスをしようと顔が近づけられる時があった。
きっと普通の恋人同士なら受け入れる筈のそれを、私は受け入れる事ができなかった。
…ああいうのを必要か否かで判断するあたり拗らせていたのかもしれない。
話していて楽しいしそれでいいじゃん。という私に彼は初めは笑いながら同意していたのに、いつしか苦い顔を見せるようになっていった。
この時点で私と彼にはズレがあると認識できたし、ここまで互いの認識にズレがあるのならわざわざ恋人という関係でいる必要もないんじゃ…?と思い始め、それを伝えようと決めた今日、私は目出度くフラれたわけである。
しかも伝える前に、だ。
理由は簡単、セックスがしたいという彼をバッサリ切り捨てたからである。
え、嫌だけど。と仮にも彼女であるのならもう少し言い方があっただろうし、思春期真っ盛りの男の子にあの返しはない。と今では思っている。
いるが、でもやっぱり嫌なものは嫌なんだから仕方ない。
そしてゴミでも見るような顔をした彼に言われた言葉がこれだ。
お前とヤる為にどれだけ俺が他の女との関係切って地道に付き合ってきたと思ってんだよ!興味もねぇ特撮の知識入れて近づいたってのに、手を繋ぐのすら駄目とかガード固すぎだろ。
そんなんじゃ一生処女だぞ?だったら今俺に抱かれておいた方がいいだろ!
顔がいいからってお高くとまってんじゃねぇよ。
ヤれないんならもう付き合ってらんねーわ。じゃあな。
である。なんとも酷い言い分だ。
そしてそれを見抜けもせずに話の合う友人なんて思っていた自分の間抜けさに泣きそうだ。
…嘘。ほんとは少し、好きだったのかもしれない。
今は分からなくても、多分これが徐々に好きになっていくってことなんだろう。そうなれたらいいな。って、どこかで思っていたし、そう思うことこそ好きだったって証拠なんだろう。
失恋ってこういうものか。
呆気ないようでいて、虚しい。
そして少しだけ、恥ずかしくて、惨めだ。

「雫?」

こんな時に限って、兄さんは私を見つける。
今にも泣きそうで、消えてしまいたくて、それでも我慢しようって思ってる時に、こんな風に名前を呼ばれたら、縋りたくなってしまうじゃないか。泣いて、しまいそうだ。

「…帰ろうか」

優しく肩を抱いてそう言った兄さんに、この情けない顔を見られるのがいやで、泣くのを堪えるように歯を食いしばったまま頷いた。
まだ、泣くわけにはいかない。
外で泣いてたまるものか。
泣き顔なんて晒してたまるか。
自分の影に隠すようにして歩く兄に、余計に泣きたくなった。
なんて惨めで情けないのだろう。

私は本当にどうしようもない。

玄関に入った途端に頭ごと抱え込むように抱き締められて、とうとうその胸に顔を押し付けて泣いた。
泣いてしまった。
流石に大声あげて泣くような真似はしなかったけれど、声を押し殺すようにして泣くのも中々疲れる。
息がつまるような感覚の中、優しく背を撫でる手に救われた。

「大丈夫、大丈夫だから」

昔から過呼吸気味になると、いつも兄はそう言って私を抱きしめる。

「大丈夫、兄ちゃんがいるからな」
「ん…っ、うん…っ」

強く握りしめたシャツはきっとシワになってしまっただろう。
乱れた呼吸が落ち着く頃にはすっかり泣き疲れてしまって、眠りを誘うように頭を撫でる手にそのまま意識を手放した。
意識が途切れる寸前、雫。と名前を呼ばれた気がした。
唇に何かが当たった気がしたけれど、目を開ける気にはなれなくて、そのまま意識は途切れた。

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予想通り、妹は付き合いの浅い恋人との別れを経験した。
初めからこうなるだろうとは思っていたし、相手の男の下心も分かっていた。
その上で何もしなかったのは、何もないまま別れることが分かっていたからだ。
流れで付き合うようになった相手と直ぐに体の関係を持つような性格ではないし、そもそもその発想もないような妹だ。
初めからその目的で近づくような男ならいずれ痺れを切らして向こうから別れを告げる事くらい分かっていた。
だからと言って相手の男を許すとは思っていないが。
ただ一つ、思い違いがあったとするなら、泣くほど好きになるとは思っていなかったことくらいだろう。
ただの成り行きで付き合って、手を繋ぐことすらしなかったのに泣くということは、それだけ気を許しかけていたということだ。
それでも、この体にはまだ誰も触れてはいないし、この唇にも誰も触れてはいない。

「雫」

けれど、泣き疲れて眠る妹の名を呼んで、その間にキスをする臆病者よりはマシだったのかもしれない。
…本当に欲しいのは、こんなものじゃない。
あの男は心ではなく体だけを欲していたが、それだけで満たせる程、俺の思いは軽くない。

「…好きだよ、雫」

決して伝えることのできない思いを口にしたところで、欲しいものは得られない。
身も心もその全てが欲しい、なんてきっと強欲なのだろう。
兄でいればずっと得られる自分だけに向けられる信頼。
それだけで十分だった筈なのに、今の俺はそれだけじゃ物足りない。

「…狡くてごめんな」

寝てる時にしか言えないこんな俺を知ったのなら、妹はどう思うのだろう。
もう一度重ねた唇は、やっぱり何も埋めてはくれなかった。
虚しさすらこみ上げるのに、それでも触れてしまうんだ。
きっと俺の欲していてる物は手に入らなくて、それを得られるのは俺以外の誰かだと思うと、せめて今だけはと触れずには居られない。
兄になれてよかったと思う反面、どうして自分はこの子の兄なんだろうと思ってしまう。
どう足掻いても、俺は臆病者で狡い男なのだろう。











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