※結婚後くらい
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にいさん。
柔らかい声に呼ばれて振り向けば、二本の指を立ててピースを作った妹が俺に笑いかける。

「なにして…っ」

そのまま指を人の口角に突き刺すようにしてから上へと押し上げた妹は、一体何がしたいのかわからない。
反射的に閉じてしまった口は指で引き伸ばされて開ける気になれなかったので、視線だけで何やってんだお前。と問いかければ、尚も妹は笑ったまま口を開いた。

「やっぱり。笑うと三倍かっこいい」

にかりと効果音が付きそうなくらいの明るい笑顔でそう言い切った妹に、色々考えていたのが馬鹿らしく思えた。
小さく息を吐けば、漸く離れていった手。
…ああ全く、お前には敵わないな。

「イケメン度が増し増しだね」
「なんだよそれ」
「私の兄さんはイケメンって話」

なんだ、それ。
何がおかしいのか楽しそうに笑う姿につられて笑えば、ほらね、世界一かっこいい。と真っ直ぐな言葉が掛けられる。

「なら、世界一かっこいい俺が見れるのは雫だけだな」
「なにそれ」
「雫が居るから俺は笑えるんだ」

世界一愛おしくて可愛い妹が側にいるから、俺はつられて笑えるんだ。
兄さん、兄さん。と昔と変わらず無邪気な声で俺を慕う声を聞くだけで、こんなにも穏やかな気持ちになれる。

「じゃあ世界一かっこいい兄さんは私だけの兄さんか。独り占めだね」

それってとっても贅沢だ!と悪戯っ子のように笑って抱きつく体を抱き締めれば、じんわりと伝わる体温。
生きていると実感する温もり。

「…困ったな、離すのが惜しくなる」
「残念、そろそろ出勤のお時間です!」
「あと五分」
「布団から出れない子供みたいなことを…風見さんが待ってますよー?」
「…じゃあ三分」
「粘るね…帰ってきたらもっとくっついていられるよ?そっちの方がよくない?」
「今の言葉忘れるなよ」

両腕で潰さないように、けれどめいいっぱい抱きしめれば、もぞもぞとネクタイを締め直し始める手。

「外すのも雫がやってくれるんだろう?」
「勿論。外すのだって私だけだよ」

なら、しっかりと締め直されたからには大人しく出勤するしかないか。
その分外された時は手を出してもいいよな?

「うん、流石兄さんネクタイ姿もかっこいい」
「外してもかっこいいだろ?」
「うーん、それはまぁご帰宅してからのお楽しみってことで」

早く行きなよ!と照れ隠しに叫んだその小さな口に口付ければ、呆れたようなため息が返ってきた。

「ご馳走様」
「ばか、兄さんのばか。イケメンだからって調子に乗りやがって…!早く行かないと遅れるよ!!」
「続き、楽しみにしてるからな」
「早く行け!!」

真っ赤な顔で叫ばれてはこれ以上揶揄うわけにもいかないか。やりすぎて拗ねられたらたまったもんじゃない。

「いってきます」
「いってらっしゃい」

それでもいつものように笑顔で送り出してくれる妹にただいまを言うために、俺は必ずここに帰ってくるのだ。






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