妹は、いつも俺より先を歩いている。
幼少期からずっと、俺はいつだって追いかける側だった。
大人びて見える姿に焦って手を伸ばしていたあの頃と何も変わっちゃいない。
いつだって俺と雫の間には埋まらない距離がある。
言葉一つをとっても妹と俺とでは同じ言葉でも意味が違った。
埋めたくても埋められない距離。
兄さんと俺を呼んで笑う顔を曇らせたいわけじゃない。
いつかはきっと、俺じゃない誰かの隣で、その誰かの名を呼んで笑いかける日がくるのだろう。
兄として妹の幸せを願うと同時にその反面、その手を掴んでこの腕の中に閉じ込めてしまいたいと思う気持ちが相対する。
兄で居たいと思うのに、兄でいる事を苦しく感じる事がある。
それはズレは、妹に向ける気持ちを自覚してからどんどん広がっていく。
それはまるで俺と雫の間の距離のように思えた。
先へ進んでしまう妹に、一人取り残されるような不安。
追いかけることを許さないように足元に絡みつくのは、抱くべきではない思いを抱いてしまった罰なのだろうか。
呑み込まれた先で、俺はきっとまた妹を泣かすのだろう。
あの時、抱えきれなくなった思いを自分勝手に吐き出した光景が、頭をよぎった。
にいさん。
泣きそうな声が掛けられたのを知っていて背を向けたんだ。
ずっと側に居たかったのに、本当は伸ばされていた手を突き離したのは俺だった。
二度とは元に戻れないと確信したあの感覚に、呑み込まれていく。

「…さん…にいさんっ」

軽く肩を揺すられて、目を開いた先に見えたのは心配そうに顔を覗き込む妹だった。
息が触れ合うほどの距離で首を傾げる顔を見て、夢を見ていたことに気づいた。

「大丈夫?うなされてたよ」

怖い夢みた?と問いかけながら顔にかかる髪を優しく避ける指先にすりよれば、大丈夫だよ。と落ち着いた声で今度は頬を撫でられた。
いつも冷えている指先の温度が心地よくて目を細めれば、もう一方の手がその目元をなぞるように撫でる。

「気持ちいい?」
「…ああ。もう少し、このまま…」
「うん、好きなだけここにいるよ」

あの頃とはもう違う。
手を伸ばせば届く距離にいて、同じ気持ちで触れ合うことができる。

「兄さん寂しくなっちゃったの?」
「…ああ、寂しい」
「じゃあ今日は私が兄さんを甘やかす番だ」

くすくすと楽しげに笑いながら囁いて頭ごと抱き締めてくる細い腕の中は、とくとくと穏やかな鼓動が聞こえてくる。
触れ合う体温と溶け合うように馴染む鼓動は心地いい。

「おやすみ、兄さん」

瞼を閉ざすようにかざされた掌と、額に寄せられた唇の感触にさっきまでの不安は消えていた。






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