「お前の妹かわいくねぇな」
「よく言われる」

唐突に告げられた内容に適当に笑って返したのは、最早聞き慣れた言葉だったからだ。
人の輪に入ろうとせずに一定の距離をとって眺めることの多い妹は、笑いもしなければ泣きもしない。ただ傍観するだけ。
けれど誰かに声をかけられればまるで上辺を取り繕う大人みたいに愛想笑いを浮かべて相手に付き合う。
そんな姿に可愛げがないと言うやつは多かった。

「お前の妹だろ。いいのか?」
「まぁ実際向こうからしたらそうだろうし、否定したってしょうがないだろ」

去って行った同級生と入れ替わるように現れた幼馴染は、さっきの会話が聞こえていたのかどこか不満そうな顔をしていた。

「それにゼロだって雫は可愛げないって言ってただろ?」
「そうだけど、なんか腹立つ」
「なんだよそれ」

矛盾した発言に思わず笑えば、幼馴染は笑うな!と声を荒げたが、やっぱり可笑しいだろう。
それってつまり自分以外に馬鹿にされるのは嫌っていう一種の独占欲みたいなものじゃないか。

「雫にも可愛いところがちゃんとあるのになぁ」

完全に女子のお遊びに付き合わされている様子の妹の名を呼べば、真っ直ぐと此方を見つめる黒い瞳。
病弱な程真っ白な肌に映えるその瞳はいつ見ても綺麗だと思う。
一緒に居た女子達に一言二言告げてから、此方に駆け寄る姿に真っ先に動いたのはゼロだった。

「急に走ったらだめだろ!」

体の弱い妹はすぐに呼吸を乱して酷い時は過呼吸になる程で、それを知っている幼馴染はすぐさま駆け寄ってその小さな手を取った。
俺よりゼロの方がお兄ちゃんやってるよなぁ。
そうして小言をつらねるゼロにほんの少し困ったような表情で俺に助けを求める視線に漸く腰を上げることにした。

「ゼロ、その辺にしといてやってくれよ」
「お前が甘やかすからだろ」
「甘やかすも何も、したいことはさせてやりたいだろ?」

雫だって自分の限界は分かっているだろうし、それに何も考えて居ないようでちゃんと考えているはずだ。
明らかに同年代の子達よりもしっかりしている妹は、他の子達よりもたくさんのことを考えているに違いない。

「兄さん達、今日は終わるの早かったんだね」
「放課後何もなかったからな。だから一緒に帰ろうと思って」

まだ小学生の妹と中学生の俺たちでは生活リズムも少しだけ変わって一緒に居られる時間も減ったが、こうして合う時は少しでも一緒に居られるようにと迎えに来るのが当たり前になっていた。

「ゼロくんは相変わらずモテモテだね」

案の定色めきだった女子達にこれまた真っ直ぐな言葉を吐き出した妹に悪気はないのだろう。
悪気所が何も思ってなさそうだな、これ。
そんな様子に不満げな顔を見せた幼馴染にどっちが子供か分からないと思ったのはここだけの秘密だ。
言えばまた怒られるに決まっている。

「だったらなんだよ」
「そんな顔をしててもかっこいいんだから、笑ったらもっと素敵なのにね」

ああ、これは効いたろうな。
一瞬言葉に詰まってそっぽを向いたその耳はほんのりと赤く色付いていて、手を繋がれたままの妹はそれに気づいただろうか。

「好きだよ」
「っ」
「ゼロくんの笑った顔」

…倒置法かぁ。
小学生にしてそれを身に付けていることを小悪魔と言うべきか、それとも自覚なしにやっていることに頭を抱えるべきか。
兄として果たしてどちらが正解だろう。
とりあえずこれを青春と呼ぶことだけは間違っていないと思う。
…まぁ雫は一切その気がないのが見て取れるだけに切なさもこみ上げる。
悪いな、ゼロ。俺の妹は少しズレている。
華奢で色白で外見だって兄の贔屓目なしでも綺麗な顔立ちをしていると思うのに、この妹は幼馴染という近い距離に最強のイケメンがいるからという理由で自分を平凡と思い込んでいる節がある。
愛嬌がないから余計にというのもあるが、それでも笑った時の顔は可愛らしい。

「雫、兄ちゃんは?」
「兄さんも好きだよ」

わざと問えば同じように返した妹。
こう返ってくるの分かってて聞く俺も俺だよなぁ。

「…雫だって笑えばもっとかわいいのに」

拗ねた顔して呟く幼馴染の声は果たして届いているのだろうか。
…いや、あれは全く聞こえちゃいないな。
口元を押さえながらふわりと大きな欠伸をこぼす妹の頭の中は、きっと別の事を考えているのだろう。
例えばどうやってあの女子達のおままごとから逃げようか、とか。

「もう帰るか?」
「うん、眠くなってきたから帰りたい」
「じゃあちゃんと言ってこい」

こくりともう一度頷いて、駆け足で元いた場所へと戻ろうとする背中に、ゼロの走るな!という小言が飛んだ。

「過保護すぎじゃないか?」
「お前が言わないからだろ」

おっと、似たようなやり取りさっきしたな。
このまま俺にお小言が飛んでくる前に話題を変えるか。

「かわいいって思うならストレートに言ってやればいいのに」
「…は」
「じゃないとあいつには一生かかっても伝わらないぞ?」

段々顔を赤く染めていくゼロが怒る前に、此方に戻ってくる妹の元まで駆け出した。
雫が可愛くないだなんて本気で思ってないくせに、そうやって素直になれないお前の方が可愛げがない。

「雫!ゼロが怒る前に帰るぞ!!」
「え、なんでゼロくん怒るの?」

私走ってないよ?と首を傾げる妹を抱き上げれば、大人しく首に回る細い腕。

「待て!!」
「待てと言われて待つ馬鹿はいない!!」
「に、さっ、ゆれっ、ゆれてる…っ」
「雫は舌噛むと危ないから静かにしてようなー」

ぎゅう、としがみつくように力が込められた腕と肩口に埋められた顔に一層腕の力を強めて走る速度を上げた。

「雫は軽いからいつでも兄ちゃんが運んでやるよ」

ん。と言われた通り静かに返した妹に、やっぱり俺の妹は可愛いのだと実感した。
他人に可愛げがないと言われようと、俺には妹の可愛さがよくわかる。
別に他人に理解してもらえなくてもいい。

「雫が可愛いってことは兄ちゃんがよーく知ってるからなー!」

わざと後ろの幼馴染に聞こえるように叫べば、俺の名前を怒鳴るように呼ぶ声がしてわらった。
悔しいならちゃんと言えばいいのにな。
果たしてあの幼馴染が素直になれる日はくるのだろうか。






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