「お前ってなにももってないよな〜」
「だからゼロなんだろ?」
「妹だって血の繋がりはないんだし、お前は一人ぼっちだよゼロ」

げらげらと馬鹿にするような笑い声が悔しかった。
幼い頃の俺はいつも誰かにからかわれて、一人なのだと馬鹿にされていた。
一番腹が立ったのは妹の事を言われた時。
血が繋がってないから兄妹ではないと言われるのが何よりも悔しかった。
あいつが兄と呼ぶのは俺だけなのに、それでもその関係を否定されるのが悔しかったんだ。

「兄さん、一緒に帰ろう」

言い返そうと口を開こうとしたその瞬間、妹の声が聞こえた。
雫はいつもそう言って俺の側へと駆け寄ってくる。

「血の繋がってない妹が来たぞー?」
「兄さんっだって、変なの」
「本当の兄妹でもないくせに!」
「兄さん、早く帰ろう」
「なんで止めるんだよ!お前は悔しくないのか!?」

いつだって妹は言い返すという事をしなかった。ただ冷めた目で一瞥して、そして俺に再び帰ろうと手を伸ばす。
なんで何も言わないのだとその手を振り払えば、妹は小さく息を吐いてから真っ直ぐと俺を見ていうのだ。


「人に兄妹じゃないと言われたらそうなるの?他人の意見なんてどうだっていい。兄さんは私のこと妹と思ってない?」
「雫は俺の妹に決まってるだろ!」
「ならそれでいい。降谷雫は降谷零の妹。私も君もそう思ってる。なら他人の意見なんて関係ない」

そう言い切る強さが、幼い俺にはかっこよく見えて、そんな風に言えない自分が情けなかった。

「そういうことなのでさようなら」

無機質な声でそう告げて俺の手を引く妹の背中は、少し遠くて、いつか俺の目の届かない所まで行ってしまうんじゃないかと思うと怖かった。


ーーーーーーーーーー

夢を見た。
幼い頃の夢。
血の繋がりがないから兄妹じゃないのだと笑う奴らに冷めた目を向けるだけで相手にしなかった妹の夢。
あの頃の雫はいつだって俺の手を引いて一緒に帰ろう。と声をかけてくれた。
他人なんてどうでもいいのだと全く気にすることなく言う妹の姿が、当時の俺には眩しくて、暖かくて、嬉しい反面少しだけ悔しかった。
俺の方が兄なのに、まるで姉のようにしっかりした妹。
けれど、今俺の隣で寝息を立てる妹にはその面影はなく、完全に緩みきった顔をしていた。
手を伸ばせば届く距離にある温もり。
相変わらず白い肌を撫でればくすぐったそうに身をよじって、眠そうな瞳が俺を見上げた。

「…あれ、なんか若返ってません?」

俺を見て数秒後、発されたのはそんな言葉だった。

「なにが…まて、俺の声おかしくないか?」
「声っていうか外見そのものがとんでもないことになってますけど零くん」

よいしょ。と俺の両脇に手を入れて抱え上げた雫は、ほらね。おかしいでしょ。と鏡の前に俺を立たせた。

「…夢か?」
「残念、現実みたいだね」

鏡に映る自分の姿は、完全に子供の姿だった。


ーーーーーーーー

兄さんが小さくなった。
声にならない絶叫とはまさしくこのことか。
鏡に映る自分の姿に唖然とする降谷零くん推定7歳は、その愛らしい顔に絶望を浮かべていた。
…子供の絶望顔とか痛々しすぎて見ていられないんですが。

「あ、そうだ。零くんこれ着なよ。折角だからさ」
「完全にこの状況を受け入れたな?」
「まぁまぁ、いきなり小さくなったんなら、多分また大きくなるって」
「…お前ってそういうところあるよな」

ここぞとばかりに引っ張り出してきたのは子供用のヒーローTシャツだ。
早く早くと突き出せば、何故あるんだという視線。

「応募したら当たった!」
「着るやつも居ないのに何故応募した…」
「やっぱファンとしてはグッズであれば欲しくなるものなんだよ。それに今必要とされたわけだし!よかったね零くん!」

今話題の仮面ヤイバーだよ?子供たちのヒーローだよ?これ着たらきっと三倍は強くなれるしかっこいいよ零くん!とやや興奮気味に語る私に向けられるのは子供の冷たい視線でした。
まぁね、中身はアラサーですもんね。
なんだかんだでちょろかった降谷零くん7歳とは違いますよね。

「うわぁ、やっぱ似合うね!かっこいいよ零くん!みんなのヒーローだよ!」
「やめろ。居た堪れない」
「じゃあ早速お出かけしようか!」
「はあ!?待て、おい!抱き上げるな話を聞け!」
「やったね!実はヒーローシューズもあってね、そのTシャツ当たった時に一式セットで届いたんだよ〜。ヒーローへの熱い思いが伝わったって事だよね!やったね零くん!これで零くんも仮面ヤイバーになれるよ!」
「人の!話を!聞け!!」

ぎゃあぎゃあ騒ぐ零くんに無理矢理靴を履かせ、さて、どこへお出かけしようか。

「やっぱ子供って言ったら公園かなぁ。公園デビュー楽しみだね零くん」
「お前の中で今俺はどういう設定なんだ」
「親戚のかわいい子供の降谷零くん7歳」
「…もういい、好きにしろ」

あ、これ完全に諦めたな。
ならば都合がいいと抱き上げれば、自分で歩ける!と抗議の声がした。

「なんか昔を思い出すなぁ」
「子供扱いするな」

降谷零くん7歳もこんな感じで生意気な男の子だったなぁ。
むすりと分かりやすいくらい顔に出す姿はやっぱり懐かしい。

「あれ、雫さんだー!」
「なんだ?暇なのかぁ?」
「こんにちは雫さん」
「今日はお仕事休みなの?」

公園に着いた私たちに駆け寄って着たのは少年探偵団の子供たちだった。

「あれ、その子って…」

コナン君の声につられて他の子達の視線も零くんへと向けられる。

「親戚の降谷零くん。みんなと同じ小学一年生だよ。仲良くしてあげてね?」

じとり。
下から睨みあげる視線など気にもせずにその小さな背中を押し出せば、諦めたのか小さくため息を吐いてから見事な猫を被った。

「よろしくね」

にこりと愛らしく笑む姿に顔を赤く染めたのは歩美ちゃんだった。
…安室モードかよ。とは言うまい。
哀ちゃんはいつも通りのクールな顔でした。
お前のその営業スマイルに全女性が落ちると思うなよ安室透め…おっと、今は一応降谷零くん7歳だった。

「ねぇ雫さん」
「んー?」
「あの子本当に降谷零っていうの?」
「そうだよ。降谷零くん7歳。かわいいでしょー」

他の子達に連れられて行く姿を見守っていれば、一人私の隣を動かなかったコナン君にちょいちょいと服の袖を引かれた。
内緒話かな?

「安室さん、じゃないよね?」
「ふはっ、あの猫被りみたら安室透っぽいねぇ」
「そういう話じゃなくって…!」
「あの子は降谷零くん7歳だよ。成長したらとびきりのイケメンになるけどね」
「…雫さんってなんだかんだで安室さんのこと好きだよね」
「待って、違う。それは絶対にない。私が好きなのは降谷零であって安室透では…って子供に何言ってんだろうね」

ほら、今しか遊べないんだから君も行っておいで。と話をすり替えれば、雫さんは?と聞かれる。

「子供の体力にアラサーはついていけないのでここでみんなを見守ってるよ」
「…零くんはすっごく不満そうだけど」
「ははっ、ほんとだ。すごい顔してるね」

思い切り顔を歪ませてこちらを睨むようにみてくる降谷零くん7歳は子供らしくて実に愛らしい。
やっぱり体が縮むと中身もそれに寄っていくのだろうか。

「ごめんね、そういえば零くんの服買いに行く約束してたんだった。また遊んでね?」
「えー!もう行っちゃうのかよー!」
「折角会えたのにぃ〜」
「そうですよー!もうちょっとだけいいじゃないですか」
「貴方たち、わがまま言わないの」
「ふふっ、モテモテだね零くん」

みんなにバレないように足を踏むのはやめてください。地味に痛いです。
完全に不機嫌になってしまった零くんの手を引いて公園を後にした。
因みにみんなに手を振る零くんはにこにこ笑顔でした。解せぬ。
私にだってその顔向けてくれたっていいのに。

「帰るぞ」
「まぁまぁ、服買わないとずっとそれだけどいいの?」
「…買ったらすぐ帰るからな」
「かわいいなぁ」
「子供扱いするな!」

そんなところが可愛いんだって言いたいけど、これ以上拗ねられたら元に戻った時が恐ろしいのでやめておく。

「あれ、雫さん?」
「ほんとだ、こんにちは!お買い物ですか?」

それじゃあ新しい服を買おうかとデパートに来れば、声をかけてきたのは園子ちゃんと蘭ちゃんだった。
手を繋いだ零くんが一瞬だけめんどくさそうな顔をしたのを私はちゃんと見てるからね。兄さんそういうとこあるよね。安室透では絶対にあり得ない顔。

「あれ、その子は…?」
「子供なのにイケメン…ってあれ、どっかで見たような…」
「確かに、誰かに似てるよね…あっ、安室さんじゃない?」
「ほんとだ!安室さんそっくり…ってことはまさか…!?」
「待って待って待ってお願い、その勘違いはいけない。口に出したら怒るよ」
「安室さんとの子供…?」
「今お姉さん言ったよねぇ!?怒るって言ったよねぇ!?」
「だってどう見てもそっくりじゃない!」

そうなんですか?とほんのり赤く染まった顔で私を見る蘭ちゃんも勘弁してください。
ほんとその勘違いは駄目だって。

「お母さん、服買わないの?」
「おっと、そういう仕返しはどうかと思うよ?」

くいくいと服の袖を引いてあどけない表情でこちらを見上げる降谷零くん中身はアラサー。
その発言の代償分かってて言ってるな?

「ほらやっぱり!」
「やっぱりじゃない!やっぱりじゃない!!」
「お母さん、僕もう飽きちゃったよ」
「さっきのは謝るからほんとやめて。お母さんって呼ばないで」
「ねえ僕、お父さんのお名前は?」
「園子ちゃんやめてぇ…この子を調子にのらせないでぇ…」

もう泣きそうである。

「あむろとーる!」
「言うと思った!言うと思った!!」

にーっこり。と愛らしく笑って言われたらそりゃ信じるよね!分かってる、分かってたよ!!
この悪魔め!!!

「おふざけはここまでです。この子は降谷零くん7歳。親戚の子です」
「なんだぁびっくりしたぁ…そういえば降谷って雫さんと同じ苗字ですもんね」
「にしたって安室さんに似過ぎじゃない?」
「私の兄があの人にそっくりな見た目だからね。まぁうちの兄さんの方が10倍はかっこいいけどね!!」
「うわ、ブラコン…」
「安室さんも大変だね…」
「安室透は関係ないね?」

なんであの人とくっつけたがるのかなこの子たち。

「零くんもあんまりふざけないでね?そのネタは本気で泣くから。アラサーのガチ泣き程見苦しいものはないからねー?」
「先に嫌がらせしたのは雫だろ」
「謝るって言ったじゃん!なのに零くんが悪ふざけするからじゃん!」
「大人気ないそっちが悪いんだろ」
「悪かったよ!」
「で、安室透よりも10倍かっこいいのは?」
「何故今掘り返した」
「早く」
「私の兄さんです」

ふんっ、と満足そうにドヤ顔をかます降谷零くん7歳は大変愛らしいお顔でした。

「というわけで、今から零くんとお買い物デートだから二人ともまたね」
「そんな小さい子とデートって安室さんに言いつけちゃうわよ」
「安室透はもういいって…私と零くんはラブラブだからね!」

ねー。とうざ絡みの如く頬を擦り寄せれば、子供特有のフニフニした感触。

「…これが若さか…」
「落ち込むなよ」
「子供に慰められる図って中々に辛い」
「大丈夫だよ、全然綺麗だから」
「…降谷零くん7歳に口説かれるのも悪くないね」
「怒るぞ」

ふにふにとしたその頬っぺたを堪能するのは後にしよう。

「このお姉さん危なっかしいからちゃんと見とくのよ?」
「またね、零くん」

バイバイと手を振る二人に零くんもまた同じように手を振り返してから、再びその小さな手を握る。
普段触れる手とは違い、薄くて小さな手。
ふにゃりと柔らかい手はまるで別人だ。

「兄さんってこんなに小さかったんだね」
「子供だからな」
「幼い頃だってこんな風に感じた事はなかったよ」

私にとって降谷零は降谷雫の兄だった。
兄という存在に引かれる手はいつだって頼もしく思えた。
まぁそれも私が降谷雫を受け入れた瞬間からの話だけど。

「かわいいね、零くん」
「怒るぞ」
「もう怒ってるじゃん」

頬っぺたを両手で包み込むようにして言えば、やっぱり兄さんは不快そうに顔を歪めた。


ーーーーーーーーーー


「じゃあ一緒にお風呂入ろうか!」

買い物と食事を外で済ませ、帰宅してからの妹の第一声はそれだった。

「絶対嫌だ」
「なんで!?」
「お前こそ普段は嫌がるくせになんで今日はそんなり乗り気なんだよ」
「降谷零くん7歳が相手だからとしか…」
「よし、元に戻ったら覚えてろよ」
「ねぇ待ってそういうのよくないと思います」
「降谷零が好きなんだろ?じゃあ勿論元の姿の俺とも進んで風呂入るよな?」
「降谷零くん7歳はえっちなことしないもん!」
「子供だからな」
「大きな降谷零は大人だからするとでも!?」
「それもあるけど雫が好きだから触れたいんだ」
「…どうしようこの7歳児とってもイケメンだ」
「子供相手でもいいっていうなら俺は構わないが」
「進んで犯罪者になる気はない。っていうかこの話題もうやめて」

自分が始めたんだろう。

「でもその体でお風呂入れる?溺れない?」
「お湯を浅くすればいいだけの話だろ」
「なんかこう、お姉ちゃんっぽいことしたかったなぁ」
「お前はずっと俺の妹だよ」

どんな姿になったってそれは変わらない。

「…まぁそれもそうか。降谷零の妹は降谷雫しかいない訳だし。お姉ちゃんって呼んでもらうのは諦めるよ」
「そんなこと考えてたのか…」
「降谷零くん7歳に愛らしくお姉ちゃんって呼ばれたかった」
「お前そういうの苦手じゃなかったか?」
「降谷零くん7歳のあざとさは向けられたい」
「安室透は?」
「お帰りください」

なんで安室透だけそんなに冷たいんだよ。

「お風呂一緒に入りたかったなぁ」
「元に戻ったらいくらでも入ってやるよ」
「大きな零くんは余計な事するから嫌なんですけど」
「本当に?」
「もういい、早く一番風呂行っておいでよ!もう溜まってるだろうし!」

すっかり拗ねてしまったらしい。
追い払うように手を振る姿が可愛らしくて笑えば、兄さんのばか!とこれまた可愛らしい罵声を背に風呂場へと向かった。


ーーーーーーーー

くっそう、小さくなっても兄さんは兄さんだった。
というか昼間散々からかったの根に持ってるでしょあれ。
降谷零は性格が悪い。
今頃子供の体で広く感じる湯船を楽しんでいるに違いない。
なんて思いながらテーブルに伏せっていると、ばたばたと聞こえる足音。
…零くんにしては音が重いな…いやそんなまさか。

「雫っ!」
「そういう展開は望んでない」

裸で出てくんのやめてもらっていいです?
そこに居たのはアラサーの降谷零だった。

「なんで元に戻ってるの」
「なんで不満そうなんだよ…湯船に浸かったら戻った」
「なんか昔そういう漫画見たことある。多分人生一個くらい前に」

何言ってんだ。って顔でこっちを見る兄さんだけど、こっちだって何戻ってんだって気持ちでいっぱいです。

「風呂、入るぞ」
「嫌ですけど!?」
「さっきまであんなに入りたがってただろ」
「さっきまであんなに嫌がってましたよね!?」
「仕方ない、兄ちゃんが連れて行ってやる」
「誰が行きたいと!?ねぇちょっと!降ろして!抱き上げるな!人の話聞いて!?」
「今日のお前が俺にしたことがこれだよ」
「わかったよ!謝る!謝るからやめて!ねぇやだって言ってるじゃん!」
「まぁまぁ、どうせすぐにいつもみたいに好きって言うだろ?」
「もうやだこのアラサー!!」
「奇遇だな、お前も同じアラサーだよ」

大人なんだから出来ることも増えたな。よかったなぁ。なんて言いながら人の服を笑顔で剥ぐこの狼に、一生子供のままでいる呪いを誰かかけてください。

ーーーーーー
(沢山好きって言っただろ?)
(…うるさいなぁもうにいさんのばか!)




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