「ほんと似てないよな」

目の前に立ちはだかる三人の悪餓鬼。
そういえばズッコケ三人組とかそんな番組か小説だかが遠い昔の記憶にあったような…いや、彼らは大分可愛げのあるものだったような…ああ駄目だ、人生一個分前の記憶なんてはっきり思い出せる訳もないんだから考えたって仕方ない。

「でも弱っちいのはそっくりだよな!」
「兄貴の方見た目女みたいだもんなぁ!」

あはははは!なんて笑う悪餓鬼三人組。
兄貴とは私の兄である降谷零のことだろう。
いやはや全くおっしゃる通りで、兄はとても可愛らしいお顔をしてらっしゃる。
今からあんな綺麗なお顔をしているんだから、将来はとんでもないベビーフェイスのイケメンになる事間違いなしだ。
一方の私は兄と並ぶと霞むレベルの平凡顔である。
髪だって黒だし、肌は色黒の兄と違って病弱レベルの色白だ。
血の繋がりなんて無いんだから似ていないのも当然で、周りからのその指摘は分かりきったことだった。
これが人生1周目の子供だったら多少傷つくだろうけど、生憎二周目である。
引き継いだところで何の足しにもならない一周目の記憶を引き継いでロードしたところで、凡人は所詮凡人だ。
私からしたら目の前の悪餓鬼三人組だってかわいいものだ。
精神年齢は三十路越えてんだからな。

「何してんだよ!!」

どう撒こうか考えていると、その場に響いた幼い声。
まずった、兄さんが駆けつけたらしい。
兄さんが来たとなると、確実に取っ組み合いの喧嘩になる。
一度や二度では無いのだ。
そうして怪我をする度にエレーナ先生にお叱りを受けるのだ。
兄さんに何処かへ行ってくれと願ったところで聞く訳がないのは分かりきっている。
妹を護る為にこうして駆けつけた兄はその使命感でいっぱいなのだ。
…こうなる前に手を打つべきだったな。
一度や二度ではないのだから、私もいい加減学習すべきだろう。
悪餓鬼三人組の意識が兄へ向いてる間に溢れたため息は、とてもじゃないが小学生とは程遠いものだった。
老け込んだ小学生ですみませんね。
可愛げのない子供とは私のことである。

「とりゃ」
「ぅあ!?」

とりあえず三人揃って背中を向けたうちの一人、リーダー格らしい男子に膝カックンを決めて兄の元へ全力疾走。

「なにすんだこのクソアマ!」
「覚えてろよー!」

クソアマっておい。
誰だ幼気な小学生にそんな言葉教えたのは。
完全に負け犬の遠吠えである。
膝をついて悔しがるリーダー格の子に寄り添う子分二人に背を向けたまま兄の手を取って走る走る走る。
何やら横で喚いているが、そんなの後で聞くんで今は適当に逃げるが先である。

「なんで逃げるんだよ!!」

あーあ、ほらね、激おこですよ。
公園の片隅でぜーはーと呼吸を整える私に一喝入れるお兄様。
腰に手を当ててぷんぷんってやつですね。
怒った顔も可愛らしいのだから流石である。
私よりも体力はあるから既に呼吸は整っているけれど、ちょっと待って。私は兄と違って貧弱だからもうちょい待って。
ひゅー、ひゅー、としまいには苦しそうな呼吸になってしまい、慌てた兄が背中をさすってくれる。

「に、さ…ご、め…っ」
「いいから…大丈夫…大丈夫」

さっきまでの怒りの表情は何処へやら。
しっかりとした兄の顔で安心させるように大丈夫だから。と声をかけてくれる。
どうにもこの体は病弱とまではいかないが、貧弱である。
中々日に焼けない肌に体力の消耗も早く、食も細い。
どう考えても虚弱体質なこの体が成長と共に健康になる事を祈るばかりだ。
そしてそんな貧弱な妹の面倒を見てくれる兄は、私にとって唯一頼れる存在でもある。
だからこそ、心配も迷惑もかけたくないのにうまくいかないものだ。
一周目の人生引き継いでるところで、世渡りが上手いわけでもなく、中途半端に世の中を知ってるだけの可愛げのない子供。
それが私だ。
こんなニューゲーム全力でお断りだが、妹思いの兄がいるだけ救いだろう。

「兄さん、ありがとう」

ようやく落ち着いた呼吸にお礼を言えば、がっちり肩を掴まれた。

「雫は俺の妹なんだから、当然だ!だから何かあったらいつもお兄ちゃん呼べっていってるだろ!」

ああしまった、激おこは治っていなかったらしい。
兄として頼られたいのは分かるが、此方としても怪我をされるのは嫌なのだからそこはわかってほしい。
なんて言える訳もなく、何時ものように「ごめんね兄さん、次は絶対に呼ぶから」と言って指切りをしてその場を収めた。
けれど毎回ことごとくその約束を破るのでこの手がいつまでも効くわけがない。
せめてその時まではこのやり方でいかせてもらおう。


ーーーーーーーー

頭上で鳴り響くアラーム音に、発信源を手だけで探り当てて慣れた手つきでオフにした。
時刻は午前8時。

「…夢かぁ」

とても懐かしくて、愛おしい夢を見た。
顔を覆って溜息を吐いた所で、あの頃の兄は戻ってはこないのだ。
たった一人の家族は、もう隣には居ない。

「兄さん」

夢に見たあの頃から月日は経ち、いい大人になった今も、私は幼い妹のまま成長できて居ないのだろう。
どんなに恋しくたって寂しくたって、呼んだところで兄は来ない。
どうしてこうなってしまったのか。
何度も自分に問いかけては思う。
分かりきった答えを探すのはやめよう。
幼い妹のときのまま成長できなかった私が悪いのだ。
気づけばたった二人だけの家族だったのに、歳と共に成長する兄についていけなかった私が悪いのだ。
あの時、私が答えを間違えさえしなければ、兄は今も隣にいてくれたかもしれないのに。

「…ふは、ブラコンかよ」

ないない。
くだらない事考えるのも辞めよう。
今日は異動日だ。
朝からこんな空気は良くない。
顔を洗って歯を磨いて、そしたら新たな勤務先までの道のりで喫茶店とかみつけて、で、毎朝そこで朝ごはん食べるようにしよう。
新たな職場に新たな行きつけのお店。
うん、いい。
1日の始まりが楽しくなってきた。

「いってきます」

お気に入りの文庫本を鞄に入れて、誰に言うでもなく家を出た。
いってらっしゃいの声はもう聞けない。





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