○30秒間超至近距離で見つめ合う
「30秒間超至近距離で見つめ合う…これ凄く楽だけど、本当に開くのかな?」
「打つ手がない今、やるだけやってみようか」
「うん」
何にもない空間でお互い膝を付き合わせて見つめ合う…側からみたらなんてシュールな光景だろうか。
「雫」
「なに?」
「超至近距離、だろ?」
どうやらこの距離は超至近距離ではないらしい。
拳一個分の隙間しかないというのに、兄はもっと近づけと手招きをする。
…超ってどれくらいなんだろう。
指示を出すのなら兄さんが納得できる距離まで近づいてくれたらいいのに。
言われた通りに顔を近づければ、兄も近寄って来たせいで鼻先が軽くぶつかった。
「引くな」
「わ…っ、ちょ、これは近すぎませんかお兄様」
「超至近距離、って書いてあったろ?」
咄嗟に引こうとした顔を許さんと言わんばかりに後頭部に手を当てられてしまい、結局鼻をくっつけたまま見つめ合う。
…なんだろうな、物凄くそわそわするというか、恥ずかしくなってきたんだけどなんで兄さんはそんなに楽しそうなの?
近過ぎて顔全体は分からないけど、きっと蕩けるような笑みで私を見つめているのだろう。
そう思うと恥ずかしさで爆発しそうだ。
兄さんの綺麗な瞳に映る私はまるで乙女かと言いたいほど恥ずかしそうな目をしていた。
「こら、見つめ合わなきゃだろう?」
「…っ、ねぇ、わざとやってるでしょ」
「何が?」
すっとぼけやがって…!!!
そろりと視線を外そうとした瞬間に囁くように紡がれる言葉。
唇をくすぐる様にかかる吐息がもう恥ずかしくてたまらなかった。
キスされてるわけじゃないけれど、下手をしたらキスするより恥ずかしいかもしれない。
早く終わってくれという願いを込めて、兄の瞳を見つめ続ける。
「…ねぇ、今何秒?」
「さあ?俺も数えてなかったからな」
絶対に嘘だ。
あの兄さんがそんな手抜きをする訳がない。
私の中では早く終われという願望がこもっているせいか、とっくに30秒は過ぎているが、扉が開いた音がしない時点でまだなのだろう。
ふと、兄さんが微かに笑んだような気がした。
瞬間、頬を撫でた手。
…嫌な予感がすると思った瞬間。
ガチャリ。
待ちに待ったドアの開く音。
「…何してるの、兄さん」
「…おかしいな、俺のカウントではあと1秒は余裕だったんだが」
音が鳴った瞬間に兄との顔の間に手を滑り込ませれば、そのまま手のひらにキスをされ、真面目な顔をした兄が呟いた。
カウントに相当な自信があったのだろう。
自信があるのはいいことだけど、それを過信し過ぎちゃうとこうなるんだろうね。
誤差1秒ってどんな体内時計持ってるの兄さん。
「で、この手は?」
「なんで私が責められてるの…?」
「質問をしているだけだ」
「ドア開いたのにそんな質問してくるのがおかしい」
「キスして何が悪い」
ひ、開き直りやがったー!!!!
ほらね!やっぱりね!
本能的に滑り込ませたけど、本当によかった!この状況で何考えてんのこの人!?
「超至近距離で見つめるだけでよかったんじゃん!ドアも開いたし行こうよ!」
「嫌だ」
「もうなんでそうなるの!?やめて!降谷零29歳拗ねた顔するのやめろ!!」
「安室透じゃないんだからいいだろ?」
「そういう問題じゃない…!」
本当に29歳なのかこの人…ずるすぎるだろう。
そういうあざといことするのやめて!!
「わかった、分かったよ!あとでするから!だからもう出ようよ!」
「キスだけか?」
「だってキスしたいだけなんでしょ」
「それだけで済めばな」
怒る私の腕を引いて喉元へキスをかましてくれやがった狼に、誰か銀の弾丸打ち込んでください。
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