○手を使わずに飴を食べさせ合う

「…手を使わずに飴を食べさせ合う」

鳥じゃあるまいしなんて条件つけてくれてんだ。と読み上げながら考えていると、何故か乗り気らしい兄が私の鞄を漁っていた。

「あった。これでいいだろ」
「悪意しか感じないんだけど首謀者誰だ出てこい」
「どうせ出れないのならやるだけやった方がいいだろ?」
「兄さんって案外ポジティブだね」
「まぁ雫と居れるし、特に被害もなさそうだしな」

小児科に配属されてから子供用に常備するようになった飴を取り出しながら、ほら、やるぞ。とにこにこ上機嫌な兄。
この温度差なんだろう。

「手を使わずにってことは、袋も?」
「口に運ぶ段階の話だろ…それとも二人で袋開けるか?」
「そんなことしたら袋ごと口に押し込んでやる」
「…俺は今安室透じゃないんだが」
「安室透限定だと思わないでねオニーチャン」

貴方の言動振り返ってみようか。
変な方向に振り切れ気味の兄にわざと棒読みでお兄ちゃんと呼べば、遅れてきた反抗期か…?なんて真面目な顔で呟いていた。
兄さんきっと疲れてるんだよ…

「食べさせ合うなら交互に一個ずつだよね」
「一個を二人で食べればいいんじゃないか?」
「兄さんさ、そろそろ徹夜で連勤するのやめた方がいいよ」

爽やかな顔してそういうこと言うのほんとやめた方がいいよ。
久々に会えた上に徹夜してるからか、兄さんのテンションは確実におかしい。振り切れてる。

「とりあえず甘いもの食べて落ち着きなよ」

さっさと口に放り込んで黙らせた方が今の兄さんには良い気がする。

「わかった。それじゃあ俺が先に食べさせるから、どの味が良いんだ?」
「じゃあいちご!」
「わかった」

元気よく答えれば、頭をひと撫でしてからリクエストした飴を袋から取り出して唇で挟んだ兄さん。
入れてもらうようにと口を開けて待っていると、ころん、と落とされた飴。

「…んぅ!?」

先に舐めきってしまおうと口を閉じようとした瞬間、差し込まれた舌に驚いて思わず奇声が上がる。
あっぶなぁ…何してくれてんのこの人!!
下手したら舌噛んでたかもしれないのに!!
コロコロと互いの舌の間で転がされとけていく飴。
溶け出した飴で甘くなった唾をこくこくと器用に飲み込むものの、小さくなっていく飴玉を飲み込んでしまうんじゃないかと不安になる。
しかしそこは流石兄さんというか、それともいい加減にしろ兄さんと言うべきか。
飲み込まないように兄が舌で器用に動かすものだから、絡み合う舌のおかげでそれは阻止された。

「…っぷぁ…っ」
「…は…っ」

ようやく飴が溶けきった頃にはこちらの脳まで溶かされてしまったみたいで、離れる際にリップ音がした事くらいしかわからなかった。
やっと大量の酸素を取り入れることができた脳が徐々に落ち着きを取り戻していく。
それと共に私の怒りも湧き上がるわけだけど、これは完全に兄さんが悪い。

「ドア、開いたな」
「開いたなじゃないから!なにやりきった顔してるの兄さんの馬鹿」
「わかったわかった」
「わかってない!!!」
「分かってるさ。雫は怒ってもかわいいよ」

大変だ、兄さんの脳みそも飴と共に溶けてしまったらしい。
とりあえず家に帰ったら速攻で寝かす事を心に決めた。






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