世の中には似た人が三人居ると聞くけれど、こんなことってあるのだろうか。

コナン君に貸した本が返ってきてるかもと思い、異動先での挨拶などを終えてからポアロへ寄れば、出迎えたのは朝居た店員とは別の人だった。
にこりと人当たりよく作られた笑顔で出迎えた店員は、記憶に残る兄の顔そのものだった。
褐色の肌に色素の薄い茶髪。
水色の綺麗な瞳。
忘れるわけもない、私の兄。

「安室透です」

そう名乗った声に落ち込んでしまったのは、兄であることを期待したからだ。
どう見ても兄なのに別の名前を名乗る男性に、何も言えなかった。
本人が安室透と言うのなら、安室透なのかも知れない。
本当は兄である降谷零だったとしても、彼が別人を名乗るのなら私も別人として接するべきなんだろう。
彼が兄である降谷零だという確証はない。
私の勘が、兄だと言っているだけで。
本人の口からちゃんと言われるまで私は彼を安室透という赤の他人として見るしかない。
この関係を続けたいのなら、私は彼を兄の降谷零としてではなく、赤の他人である安室透として接するしかないのだ。

「雫さん、嬉しそうだね」

安室さんの仕事が終わるまでコナン君と公園で話をしに来たが、先程の安室さんとのことを思い出していると指摘された言葉。

「…そう、かな?」
「うん、とっても嬉しそうだよ」

無意識の内に頬が緩んで居たらしい。
居なくなって初めて人恋しさを味わって、女々しくもずっと兄の事が気がかりだった今、偶然にも他人として関わりが持てたのだから。それは私にとって奇跡みたいなものだ。

「兄に似てる人に会えたからかなぁ」
「それって安室さんのこと?」
「うん。安室さんの見た目とかは兄そっくりだけど、私の兄さんはあそこまで計算されたイケメンじゃないからね」
「はは…そーなんだぁ」

乾いた笑いをみせるコナン君。
でも本当の事だからね。
兄の降谷零は人当たりのいいイケメンは演じない。
女性に言い寄られるのを毎回交わすのは少なからず疲れるし、面倒だと言う人がわざわざ好感を持たれる様な立ち振る舞いをするわけがない。
サービスは一切しないイケメンが兄の降谷零だ。
安室透は完璧作り上げられたイケメンの空気がする。
それこそ私が苦手だと思う部類の、自分のことイケメンで周りがどんな反応するかわかっていてわざと振る舞うイケメンってやつ。

「安室さん目当てで来るお客さんも多くて、最初の頃は物珍しさもあって凄く混んでたんだ」
「うわぁ…流石パーフェクトガイは違うね」
「最近は落ち着いて来たけど、やっぱり混む時間帯は凄いみたいだよ?」
「その時間帯だけは行きたくないなぁ」

ファンサしないイケメンの兄でさえモテたのだ。
やれ連絡先だのラブレター渡してくれだの紹介しろだの、散々だった学生時代を思い出した。
ファンサをするパーフェクトガイなイケメンの安室透なら、モテ度は果てしないことだろう。

「安室さんって幾つなんだろうね」
「29歳って言ってたよ」
「…ベビーフェイスこわぁ」

最後に見た顔と全く変わらないアラサーとか絶滅危惧種なんじゃ…
愛想がいいのも相まって、更に幼く見える。
側から見たら私と大差ないんじゃないかな…むしろ私の方が老けて見えていたらどうしよう。
それはそれできつい。

「そろそろ暗くなって来たし、コナン君お家まで送るよ」
「ありがとう雫おねーさん!」

うわ。
何この小学生あざとい。
ひくり、と頬が引きつりそうになるのを人当たりのいい笑顔で誤魔化して、小さな手を握った。
小学校一年生だから6歳か7歳くらいかな?
…結婚出産の早い同級生たちは普通にこのくらいの歳の子も居るし、そう考えるとなかなか来るものがあるな…
前世でも結婚はおろか彼氏すらいなかった喪女には考えもできないことだけど。
享年27歳という今の私と同じ歳で亡くなった過去の私。
親より先に死ぬと言う最大の親不孝をかましたのが悪かったのかな。

「雫さん?」
「ああ、ごめんね。ちょっと考え事しちゃった」
「…お兄さんの事?」

別にそう言うわけでもなかったが、わざわざ前世の記憶があるなんて話すわけにもいかないので適当にまぁね。と流しておいた。
面倒事は嫌いだから、時には流すことも必要なんだよ。

「…そういえば毛利さんのところで預かってるって言ってたもんなぁ」

たどり着いたのは喫茶ポアロの前。
今日一日で何度ここを通った事だろう。

「時間までもう少しあるし、上で待ってる?」
「ありがとう。でも少しだからお店で待つことにするね」

コーヒーを飲みながら返って来た本を読むのもいいだろう。
またね!と元気よく駆けていくコナン君に手を振って、さぁポアロでゆっくりするかと振り返ると、とすん、と誰かに当たる衝撃。

「す、すみません…」
「いえ、お気になさらず。声を掛けようと近寄った僕も悪いので」

聞き覚えのある声に顔を上げると、其処には安室さんの姿が。

「今日は人も少ないから早めに上がっていいとマスターに言われて、外を見たら雫さんが居たのでつい来てしまいました」

お怪我はないですか?と私の頬に手を当ててじっと見つめて来る彼の意図がよく分からないが、小さく首を振って距離をとった。
余りにも近過ぎるその距離は、他人を入れる距離じゃない。
兄の降谷零でないと駄目だ。
安室透に降谷零を重ねて見てはいけない。

「そうですか。お怪我がなくて何よりです」

着替えてくるので少しだけ待って居てください。と喫茶店の中へ案内をされ、大人しくすみの席へ腰掛けた。
未だに慣れない安室さんとの会話。
嬉しい反面疲れる。
きっと私が安室透という別人として切り離せて居ないからだ。

「…にいさん…」

テーブルに突っ伏して、大きなため息と共に吐き出した言葉は泣きそうなくらい情けなかった。




戻る
top