「お手伝いしましょうか?」
部屋まで運んで貰って早々、手当てに必要な道具を持って風呂場へ向かう私に掛けられた声。
「いい。兄に言われたデータならパソコンに挿してあるUSBに入ってるんで持ってって下さい。あと言われそうな情報もパソコンに入ってるので好きに触っていいですよ」
未だ背後に立つ男に告げながら、シャツとズボンを脱いで行く。
処置をするのに人が見てるとかそんなん気にしてたら一向に縫うことなどできない。
「…その傷も彼が?」
「それ以外に誰が居るって言うんだよ」
苛立ちを滲ませて返した言葉は、自分で思っていた以上に冷静さを失っていた。
そりゃそうだ。
いままで刃物やタバコの火で傷つけられる事はあっても、銃弾くらうなんて初めてだし、そこまでやるかって思うわ。
我慢はするけど痛いものは痛い。
私だって一応生きてるのだ。
だからこそ痛いのだろうけど、なんでこんな理不尽な目に合わなきゃならないんだ。
ああ、まずい、ストレス溜まってる。
手当て終えたらあのゲロ甘ケーキでも作って落ち着こう。
「手伝います」
「じゃあジャケットからピルケースと水取ってきてください」
いらないと言っても手を出すんだろう。
なら使えるものは使った方がいい。
その間に傷口に容赦なく消毒液をぶちまける。
ああもう、しみるし痛いし、唯一の救いは銃弾が貫通してくれたお陰で摘出の手間が省けたことだろうか。
消毒液の痛みに耐えていると薬と水を持ってきてくれたらしい男に礼を述べて、受け取ろうと手を伸ばす。
「…あの、薬と水欲しいんですけど」
一向に渡そうとしない男に言えば、彼はどれですか。なんて言い始めた。
え、なんなの?自分でそれくらいできるんだけど。
「手袋をした手で飲むつもりですか?」
「…青いピルケースに入ってるのを二錠」
衛生的によくないと言いたいらしい男に大人しく言うことを聞くことにした。
ぱかりとアホみたいに口を開けて錠剤と水を流し込んでもらい、飲み込む。
「痛み止めとアフターピルを持ち歩いているんですね」
「あの人にされることは大抵そのどちらかがあれば一旦はどうにかなるんで」
「アフターピルも必要になるようなことが?」
傷口の手当てで顔を見ることはできないが、その声はどこか怒りを含んでいるようだった。
やけにお喋りな男はどうやら処置が終わるまで離れる気は無いらしいので、お喋りに付き合うことにする。
「まぁ一度だけでしたけど、高校二年の夏にあの人に廃墟に呼び出されたんですよ」
まだあの人が実家に住んでいた頃。
多忙な父が家に帰ってこない時を狙って深夜に呼び出しを喰らったときの話だ。
「そしたら見知らぬ男の人が数人居て、見える場所に傷をつけない以外は好きにしろってその人らに私を突き出してそのまま、レイプ物のAVかよってくらいにはまわされましたね」
いやほんと、あの時ばかりは心身ともに恐怖に怯えて声が枯れるまで叫んだ。
ぶっちゃけ思い出しただけでも吐きけがするし、夢に見て飛び起きてトイレに駆け込むこともある。
あればかりは私にとってトラウマになってしまった。
「バレたら面倒だからってその時は兄に渡されて、それからはいつ起きても大丈夫なように持ち歩いてるんですよ」
まぁあれ以来一度も無いのが救いではあるが。
「最悪なのは高一の時から着けてたネックレスをぶち壊されたこと」
「…ネックレス?」
「そ、ネックレス。二年歳上の先輩から貰ったネックレスで、初めて手にしたアクセサリーっていうのもあってずっと着けてたんですけどそれが仇になりましたね。大事なら着けてるべきじゃなかったな」
まさか壊されるなんて思ってなかったのに、男の一人がエキサイトして引っ張るもんだからちぎれたんだよなぁ。
「兄があんな人なんで、あんまりいい成績収めると暴力が酷くなるんで万年10位キープしてたんですけど、当時その先輩の言葉でやっぱり頑張ろうって思って一位取ったらご褒美でくれたんですよ」
忠犬とか言われて人権が危うい噂も流れていたけど、それもあの人が卒業したらぴったりと止んだ。
「嬉しくて貰ったその日に着けてたんですけど、案の定一位とって父に褒められた私を知った兄にその後ナイフでざっくりやられちゃって」
いやほんと、あれは痛かった。
「…先輩に言おうとは思わなかったんですか?」
「いや、私の問題なのに人に言うわけないじゃないですか。でも顔と声は貴方に似てましたよ。安室透さん」
今私の背後で話を聞いている男がもしあの時の先輩だろうがなかろうが、そんなことは重要ではない。
それに何より、本人がそうだと言わないのなら違うのだろう。もしくは気づかれたくないかのどちらかだ。
もし彼が組織を潰してくれる側の人間だったら話は別だが。
…カマ、かけるくらいは大丈夫だろうか。
どうやらこの男は肩を貸してくれたり手当てをてつだってくれる位には寛大な心の持ち主らしいし、もし違ったら違ったで関わらないようにすればいいだけだ。
「さっさとこんな犯罪組織は無くなってくれって思ってるんですけどね」
「貴女は組織には関わりたくないと?」
「当たり前じゃないですか。無理矢理犯罪の片棒担がされて、今日なんて人殺しを強要されて、なんで私が医者やってんのかなんて気にもせずに嫌がらせをしてくるような人ですからね。あの人はもう一種の狂信者なので組織ごと捕まってくれたら一安心なんですけどね」
駄目だ、うまいカマの掛け方がわからない。
そもそも私は医者だし、やってることもハッカー紛いで、人物の指定がなければ何も調べられないポンコツである。
駆け引きなんてできるわけがなかったのだ。
でも私が組織に関わりたくないということは伝わっただろう。
「今の、兄には内緒にしてくださいね。気持ちの面では慣れっこですけど、今の発言バレてブチギレられても嫌なので」
「言いませんよ」
「それはよかった。口の硬さは信じてますよ、先輩」
一瞬の動揺を感じることができただけでも大収穫か。
後で調べよう。
もし彼がかつての先輩だったとしても、本当に組織の人間であれば適当に合わせて、こちら側の人間だったら協力すればいい。
私の目的は組織を潰して貰うことだ。
こればかりはブレてはいけない。
「あんまり見られるとやり辛いんでパソコン触ってていいですよ」
欲しい情報あったら適当に抜いてってください。と付け加えてこの場を離れてもらった。
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