バーバラとコードネームをつけられた女の第一印象は、凛とした女だった。
待ち合わせに指定された場所で佇む姿。
一つ一つのパーツが整っている顔は物静かな印象と、纏う空気は意志の強そうな印象を受けた。
しかし口を開いた途端にその印象は一瞬にして消える。

「あ、もしかしてライ?いやぁ初めて会うから全然わかんなかったわー。バーバラですよろしく」

へらりと崩れた表情。
先程までの凛とした空気などなかったかのように、緩い空気を纏った。
それが作られたものかどうかは、当時関わる事が少なかった俺には判断しかねたが、とある一件から酒を共に飲む仲になってからはそれが彼女の素に近いのだろうと思うようになっていた。

とある一件。
それはジンから受けた任務で重傷を負った彼女の面倒を見るようになったのがきっかけだった。

ジンに裏切り者の疑いをかけられた彼女は、一人で黒の組織と繋がっていた別の組織の殲滅を任された。
尤もジンはハナから彼女を消すつもりで投げた任務だったらしいが、死体の回収と証拠隠滅の為向かった先に居たのは血塗れで気絶した彼女と、死体の山だった。
的確に急所のみを狙った痕は、彼女が殺しに長けた人間であることを決定打にした。
幹部入りが早かったという噂を耳にしたが、此れだけの力があればそれも納得できる。
従順の意味を持つコードネームは、彼女が組織の命令に従う姿を称されて与えられたとも聞くが、まさかここまでとは。
同じく駆り出された組織の人間が証拠隠滅の為に爆弾を仕掛ける中、重傷の彼女を連れ帰った。

「はっ、まさか本当にやってのけるとはな…従順の名は飾りじゃなかったようだな。化け物みてぇな女だ」

この一件で彼女の株は上がったようで、いつしかジンのお気に入りとしてターゲット殺害の任務は彼女の主な仕事になっていた。


「あの野郎、人使いが荒すぎる」

そう言ってテーブルに突っ伏した彼女は、あの惨状を作り上げた女とは思えない程気の抜けた顔をしていた。

「国外はやだっていう我儘きいてもらえてるけど、国内あちこち飛ばされるのはしんどい」
「まぁそう言うな。ジンも君を信頼してこその扱いなんだろう」
「素直に喜べないのはなぜでしょうね!」

あからさまに拗ねてみせる顔は子供じみていて、口調の荒さも伴ってか、あの惨状を作り上げた人間とは別人ではないかと錯覚する程だった。
本人は記憶がないと言っていたが、消すつもりで一人行かされたことを思うと誰かが彼女に手を貸すとは思えない。
実際にターゲットの殺害の任務を実行する姿を見た事がない事もあり、未だに疑問が残る。

「…それが仕事だと言うのなら私は首を横には振らないけれど、本当にこれが正しいのか。なんて考えちゃったりしちゃったり?まぁジンさん人使い荒いからしょうがないんですけどね!怖くて文句も言えませんし?」

ふとした瞬間に垣間見る、バーバラの普段の顔とは違う一面。
揺らぐ瞳が最後にはいつもの気の抜けた顔と声に戻されて、そこからは俺の知るいつものバーバラの姿だった。
ただ一つ気になるのは、錆びても尚その首に掛けられたネックレス。
一瞬の表情を見せる時、彼女は無意識なのかそのネックレスに触れていた。

「錆びてまで使うとは、贈り主が知れば喜ぶだろうな」
「結構綺麗にしたんだけどね。やっぱさびちゃった」

ベッドの上で不安げに揺れる瞳で必死に探していたあの顔。
縋るように腕を掴んだ手は何度思い返しても女の小さな手で、あれだけの人間を殺した奴とは思えない程震えていた。

「いやぁ、まさかここまでネックレスに縋ることになるとは思ってなかったけど、多分これ無くしたら豆腐メンタルが豆乳になっちゃうからなぁ」
「貰った時はそうでもなかったのか?」
「うーん、嬉しかったけど、これがないと不安になるのは此処に入ってからだからなぁ…いや、今の話は他言無用で頼む。ジンにまた理不尽な理由で強制過重労働くらったらたまったもんじゃない」
「俺もあの惨状の君を運ぶのは御免だからな」
「あの頃は一週間とはいえお世話になりました」

そう、あれだけの重傷を負っていたにも関わらず、彼女はたったの一週間で動けるレベルにまで回復していた。

「私いつの間に人間辞めてたのやら」

当時を思い返していれば零された呟き。
彼女を見ればいつもと変わらず気の抜けた笑みを浮かべていた。

「やっぱレッドブルはすげぇよ」

やはり彼女は掴み所がない。



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