act.1

自分でも変だと思う。
男の人を見て美人だのなんだの思ってしまうのは。

act.1 美男子ではなく、美人

沢山のファンクラブの生徒が男子テニス部の練習風景を見ている中、彼女──崎本清恋もその中の1人としてその場にいた。
多くの生徒が男子テニス部のメンバーとお近づきになってあわよくば、と考えているのだろうが、清恋は1歩後ろへ下がってただ、美人だなぁ、と溜息をつく程に考えている。

「・・・・・・」

今日はいつもよりも人が多く、あまり見ることが出来ない。
普段なら引き下がるのだが、何故か今日だけは何となくじっくりと見たい、と思ってしまった。
暫く考えた後、清恋は場所を移動する為に動き始める。
足を進める先は恐らく誰も知らないだろう、絶好のテニス部観察スポット──・・・木の上だ。
いや、誰も知らない、というのは語弊があるだろう。
正しくはわかってはいるが、誰もしない≠セ。
清恋は無言である程度の距離があり、それでいて離れすぎていない木を選び、スイスイと登っていく。
座りやすい位置に陣取り、観察を続ける。
別にテニス部の面々に執着している訳でもないが、この行動をやめようとは思えない。
彼らのせい、とは言わないが、彼らは他人よりも優れた身体能力、容姿を持ち合わせている。
他の学生の観察をするより、ずっと有意義だと思えるのだ。
しかし口から漏れる言葉は

「美しいなぁ・・・」

この一言のみである。
考えて出るわけではなく、口から零れるように溢れ出てしまうのだ。
毎度何を言っているのだと頭を振り、言葉を消そうとするが、次の日にはまた溢れ出す。

「何が病気にでもなってるんじゃないのかねぇ・・・」

頭を掻きながらそう呟くと、下から物音がした。
気が付かないうちに側に来ていたのだろう。
息を潜め、遠く離れるのを待つ──・・・筈だった。

「確かにそんな所にいるって事は病気かもしれんの。」

すぐ近くで声が聞こえ、ギョッとする。
声の方向を見ると、テニス部の仁王雅治と目が合った。
思わず体を後ろに倒してしまう。
ぐらりと視界が動き、左手から順に宙へと移動してしまったことを一瞬で理解し、まずいと思い右手を伸ばすが何も掴むことが出来ず、これもまた空振るばかりで一気に血の気が引いていくのを感じた。
──が、右手をがしり、と掴まれる。

「何しとるんじゃ、アホが。」

仁王は一つ溜息をついて、自身の方に引き寄せる。
流石男子、と言うべきだろうか。
軽々と元の位置に戻った清恋は2、3度瞬きをして仁王を見つめた。

「え、あ、その・・・」
「落ちても病気は治らんじゃろうしな。それよりも相応の事をされることはわかっとるの?」

もう1度血の気が引く感覚に襲われる。
しかしここでまた狼狽えればまた落ちかけるのは目に見えていて、そんな天丼はまっぴらごめんだ。
相応の事とは言っても中学生の考える事、1度深呼吸をして清恋は仁王に取り敢えず下に降りましょう≠ニ伝えた。

* * *

先に降りた仁王に手を引かれて、清恋もまた地上へと戻ってくる。
その姿はまるで木の上で秘密の密会をしていたかの様だが、内心気が気ではない清恋は顔色を悪くしていた。
地上へ二本の足を付けた事を確認した仁王は、すたすたと部室のある方向へと歩いていく。
身長もそれなりにある仁王の歩幅と清恋の歩幅とは違いが顕著に出ており、小走りでついていく以外に他なかった。
部室の前について仁王は入るぜよ≠ニ一言声をかけてからドアノブに手をかける。
鍵のかかっていないそれは簡単に開き、蝶番がほんの少し声を上げた。

「どうしたんだ、仁王。」
「不審者じゃ。」

中にいたのはテニス部副部長、真田弦一郎だった。
今現在部長が不在であるため、真田の所へ連れてきたのだろう。
真田はというと、仁王の言葉と仁王の後ろにいる清恋とが噛み合わないらしく、疑問符を顔に浮かべていた。

「不審者、とは後ろの女子生徒か?」
「勿論ぜよ。」

肯定のみを返した仁王に真田はもう一度黙り込む。
恐らくは処遇に関して考えているのだろうが、やはりいまいち状況を把握しきれていない真田が出した答えは素っ頓狂なものだった。

「よし、人手も足りないからな。マネージャーにするか。」
「は?」
「へ?」

仁王と清恋の間抜けな声が重なる。
真田は自身の中で納得のいく答えになったのか、1人頷いていた。

「真田!だからこいつは!」
「ところで名前はなんという?」

仁王の言葉を遮って真田が喋り、清恋の名を訊ねる。
清恋は素直に名前を伝えると、真田が側に寄って来た為、1歩後ろに下がった。

「よし、清恋。明日の朝から頼むぞ。書類は出しておこう。」
「え、本人じゃないと」
「大丈夫だ、任せろ。」

そう言って真田は部室から出ていった。
仁王からの突き刺さる視線をひしひしと感じながら清恋はガックリと肩を落とした。

【流れるままに】

(何でこんなことに)
(こんなつもりじゃなかった)

(2017/10/03) 歌暖

乱雑カルテット