act.3

数分後、幸村がやってきて部室の扉が開く。

act.3 着替え

幸村が笑顔で何故部室を開けなかったのか≠ニ聞いたが、真田は何食わぬ顔で当番は幸村だから≠ニ幸村に伝えた。

「清恋、着替えるから外で待ってろよ。」
「えー、一緒にいても別に犯罪じゃないですよー」

ずいっと清恋が丸井を押しのけて部室の中に入り、何も入っていないロッカーを見つけては即座に上着を脱ぎだした。
その瞬間に入ってきた切原が慌てながら清恋に近づく。

「ちょ、風紀委い・・・じゃなくて、清恋!何やってんだよ!」
「着替えてんの。」

慌てている切原を横目に清恋はブラウスのボタンへと手を伸ばす。
しかしそれは第二ボタンに手をかけた時、ふらりと横にやってきた仁王の存在によって一瞬止まる。
仁王は切原と同じ質問をして、清恋が動き出したことを確認した後自身の手でその動きを静止させた。
清恋は何をするんだと言わんばかりの目線を仁王に送るが、そんな事知ったこっちゃないと言わんばかりに力が抜ける気配はない。
どうにかして手を振りほどこうとする清恋だったが、やはり相手は男子で運動部。
日を改めて修行してきても力の差は歴然であった。

「少しは待てんのか、この淫乱女。」
「下にはちゃんと薄手のTシャツ着てますし、猥褻物でも何でもないですよ。それを踏まえたとしても踏まえなかったとしても、淫乱と言う文字は私には当て嵌りませんね。」

力では無理だと再確認させられた清恋はすぐさま口撃へと移る。
とりあえず言えるだけの反論と自身の擁護をしたが仁王の手が離れることは無かった。
と言うよりも先程よりも強く掴まれているのは気のせいではないだろう。
清恋は反論する際に下げていた視線をゆっくりと上げ、仁王と目線を合わせた。

「(わぁ、とっても冷めてる。)」

仁王の顔はだからなんだと言わるばかりの顔で清恋を睨んでいた。
そして口を開くことが無いまま清恋を引きずり、部室の外へと半ば放り投げるかのように外へと出す。
一瞬の出来事だったからなのか、訳が分からない、と言った顔をしながらされるがままに外に出された清恋は、口をあんぐりと開けたまま部室の中へと入れる唯一の扉を暫く見つめた。
だが、中からこれでやっと静かになった≠ニいう仁王の声を聞いて清恋は覚醒する。
ドアノブを掴み、ガチャガチャと回すが最後まで回る気配はない。
中からは楽しげな会話が漏れてきていた。

「あの野郎・・・鍵かけやがった・・・!」

中からは依然として会話が聞こえてくる。
まるで清恋等最初から居なかったかの様に。

「・・・何だよ、そっちが入れって言ったからじゃねーか・・・」

ずるずると扉を背に地面へと腰が落ちてゆく。
どうせ誰も通らないだろう、という妙な確証もない理屈でスカートをはいているにも関わらず膝を抱えて座り込んだ。
両膝の間に顔を埋めて、薄く涙の浮かんだ顔を隠そうとしている様にも見える。

「あーあ、どうにかして逃げればよかった・・・何で素直に入ったんだよ、私。」

ぎゅっとスカートの裾を掴む。
───と、その時扉の鍵が開く音がした。
蛇足だが、この扉は内部から外に向かって押して開くタイプであり、つまりはこのまま座り込みを続けていると思い切り清恋に当たるか、ずるずる押されるか、開かないかのどれかに当て嵌るだろう。
それを分かっているのかいないのか、清恋は意地だとばかりにその場を動こうとしない。
少し扉が動かされたが、人の重さがあったからなのだろう、数センチ開いたところで静止した。
隙間から目がぎょろりと覗き、清恋の姿を捉える。
その目の持ち主が切原だったから良かったものの、もし仁王だとしたら問答無用で、と言うよりもわざと清恋がぶっ飛ぶぐらいの勢いで開けていたことは、間違いないだろう。

「あのー・・・清恋?そこに居たら危ないんでどいてくんね?」

切原の声に反応して清恋の顔が上がる。
眉間に皺を寄せ、目尻には薄らと涙を浮かべた清恋の目が切原を捉えて、仕方ないとばかりに伏せられた。

「あー、もう、これでいいんだろ、これで。」

至極面倒くさそうにゆっくりと立ち上がる。
と、同時に扉が凄い勢いで清恋へと向かってきた。
ぶつかる瞬間、気づけてはいたのだが体のパルスが信号を受け取る前に無残にも扉は清恋の腰と太ももに当たり、前転をするかのように前へと体は転がった。

「ちょ、仁王先輩!清恋がいるって言ったじゃないっスか!」
「いる方が悪い。」

何食わぬ顔で仁王はコートの中へと向かう。
慌てながらそれを見つつ、切原は清恋の傍らへと駆け寄った。
幸い怪我はしていないようで、清恋というと服に付いてしまった砂や土等を払っている所であった。

「だ、大丈夫かよ・・・」
「大丈夫・・・なぁさぁ、私仁王先輩になにかしたっけ?」

んー、と切原が悩んではみるが清恋テニス部に入ったのはつい昨日の出来事で、入学当初から今迄の接点もないはず。
と、いう事は。

「生理的に無理、って奴っスかねー・・・」

考え無しに出た言葉を言い終わってからハッとする。
いくら何でもマイナスにしか取れない事をオブラートにも包まずド直球で言うのはデリカシーが無さすぎた。
何も喋らない清恋を見てさらに慌てふためく。
しかし、心配をして伏せられた顔を覗き込んだ切原は自身の心配が杞憂であった事に安心しつつも、内心ビクリとしてしまう。
そこにあったのは悪魔の様に微笑んだ清恋の姿。
しかしそれも幸村の声がしたことで一瞬で消える。
見たのは切原だけであり、誰も気づいてはいなかったようだ。

「ちょっと清恋、こっちへ来てくれるかい?」
「え?何です幸村部長。」

ぱたぱたと部室の方向へ駆け寄り、幸村の話を聞く体制を整えた。

「今は仕事ないから俺達の練習風景でも見てなよ。」
「え、じゃなんで私ここに・・・」
「さぁ?真田に聞きなよ。」

ニッコリと微笑みかけられながら幸村はそうサラリと受け流してゆく。
この会話の後、真田を問い詰めるだけの気力は清恋には残されていなかった。

【苦悩の始まり】

(存在意義を確かめたくなる)

(2017/10/03) 歌暖

乱雑カルテット