Act.6

「シーザーって名前なんだね」

Act.6

あざの男子生徒、もといシーザーは私の方をちらりと見て“すまない”と小さく呟くように言ってから一歩前に出た。
何をする気なのだろうか。
それにジョセフという生徒が言っていた油を使う修行とやらは何なのか。
そもそも修行ってなんだよ、どんな世界に生きているんだこいつらは。

「先に言っておく。すまない、ジョセフ」
「ん、どうしたんだよ、シーザー」

シーザーは一言謝ったあと、下ろしている手で拳を作り、ジョセフの顔めがけ振り抜いた。
そりゃあもう、何処のボクサーの右フックなのかと言われんばかりにだ。
割れんばかりの騒ぎだった教室が一瞬で静寂に包まれる。
しかし、これを見る限りかなり思い切りよく殴ったようにしか見えないのだが、ジョセフは仰け反るだけだったように私には見えている。
どんな体幹しているんだ。
シーザーが殴った場所は左頬。
ジョセフのそこからは煙が上がっている。
人体発火現象だろうか。
というよりなんで殴って起きるんだよ。
シーザーは素手で殴っていたことを考慮するならば、これが修行の一環だとか、成果だとかなのだろう。
熱いと喚いているジョセフを横目に私は思わず一歩下がる。
気にはなるが、できるだけ面倒なことに関わりを持ちたくはない私は、口を真一文字に結ぶ。

「気にならないのか?」
「なるにきまってるだろ。だけど、関わりたくない」

まぁ、いいだろうとシーザーは私に聞こえるか聞こえないかの声量で呟き、先程と同じように教室の中へ入るよう、エスコート紛いの素振りを見せる。
全くその状態から動こうとしないので、おそらくは私が入らない限り止めないぞという意思表示だろう。
仕方なく中に入ると、先程殴られていたジョセフがシーザーに向かって睨みをきかせていたが、気にせず前へ進む。
後ろからはシーザーがついてきているらしく、これで正解だったらしい。

「そういえばセニョリータ、君の名前を聞き忘れていたね」
「あー、城鈴蘭。1組だ」

そう言うとシーザーは急に片膝をつき、私の左手を掴んだ。
嫌な予感がする。
いや、普通の女性ならば鼻血ものなのかもしれないが、所謂ズレている私にはサブイボものなんだ。
正直顔に出ていないか心配するレベル。

「やめい」

このまま掴まれていると震えが止まらなくなりそうだったので、思わず振りほどく。
シーザーは予想していなかったのか、鳩が豆鉄砲をくらったかのような顔をしていた。
そんなに意外だったのか?
そんなにそれを求めている女性は多いのか。
世間とのズレをまた感じてしまう。

【女の性】

(教室内の女子生徒の声が耳に届く)
(やはり私がおかしいようだ)

(2017/11/05)歌暖

乱雑カルテット