第零話

少し足がふらつく。
無理もない、新人だからとしこたま飲まされたのだから。
どれだけの時代を重ねてもこの風習は根強く存在し、病院送りの若者が後を絶たない。
私もそうなるのだろか。

「佐々木、俺飲んでないから送るよ。」
「あー、頼むわ。」

ふらつく私を見越してか、肩を貸してくれたのは同期の新入社員。
そう言えば下戸だとか言って飲んでなかったな。
代わりにすごい量の食事をとっていた気がする。
お言葉に甘えて乗せていってもらおう。
どうせ1人で帰るにも終電は逃しているし、車が通る気配もない。
これではタクシーも拾えないだろう。
先輩や上司はさっさと代行やらタクシーやら呼んで帰っているし、それに便乗させてもらうわけにもいかない。
更に言うならできればタクシーはごめん被る。
貧乏学生が社会人になったところで手持ちはすぐには増えない。
贅沢をするより米を一袋買ったほうが有意義だ。
正直靴も脱いでしまいたい。
ヒールが今にも足首に多大なダメージを与えそうだ。
同期はふらつく私を半ば引き摺るように車に連れていく。
仕方ないだろ、足がもつれるんだ。
家のある場所を伝えて口を噤む。
あまり喋ると見た目がよろしく無いものがせり上がってきた時の対処がまた変わってくるだろうし。
黒塗りの車は夜と同化して見えにくかったが、鍵に反応して一瞬明かりがつき、ある程度が把握できる。
普通乗用車、トヨタ。
車種に関しては車に詳しくない私にはちんぷんかんぷんで、助手席に詰め込まれているにも関わらず思考が追いついていない事がはっきりと分かるが、抗う術はない。
バタンと音がして密室が出来上がる。
が、すぐに運転席が開き、同期が乗り込んだ。
キーを差し込み、エンジンをかける。
一連の動作は慣れたものであり、大学卒業とともに免許を取ったわけじゃなさそうだと安易に想像がつく。

「すまんな、俺の車最新のじゃないんだよ。」
「私免許持ってない、車とか分かんないよ。」

呂律が回らないながらもぶっきらぼうに返すと、同期はくすくす笑いながらギアをドライブに変えた。
アクセルを踏み込み、駐車場を出る。
特に対向車もいないからか、ライトはハイにしているようだ。
二分ほどたった頃、猛烈な眠気に襲われる。
頭の中が霞み、瞼が降りようとすることで視界が狭まること数回、同期の声と共に私の意識は途切れた。

「おやすみ、着いたら起こすからな。」

* * *

同期の叫び声が聞こえ、思わず飛び起きる。
奴はそんな大声を出すほうではなかったはずだ。
何かあったに違いない。

「…え」

視界に広がるもう一台の車。
はて、私は幽体離脱でもしてしまったんだろうか。
いや、そんなはずはない向こうの車に乗っているのは1人、運転席だけだ。
しかも色は白。
暗闇でも目立つ。
ゆっくりと時間が流れる感覚。
恐らくこの後身に降りかかるであろう衝撃を殺す手立ては、ない。


(2017/10/03)

乱雑カルテット