第壱話

目が覚める。
飛び起きて周りを見渡すと同期がいないどころか、車の中ですらなかった。
病院でもない。
まるで何処かのアパートの一室のような、決して広くはない畳の上に私は寝ていた。
眠っていたのか?
まさか。
最後に見たアレはどう考えても現実で、そうすると私は最低でも怪我、最悪の事態を想定しても死亡しているはず。
そうすればまだ救急車が到着していなくて車の中だったり、引きずり出されて路上だったり、病院だったり。
はたまた考えにくいが昏睡状態になって、怪我は治った後に家に戻されるなんで事ぐらいまでは考えられる。
いや、後者は病院が許さないとは思うが。
少なくとも見知らぬ一室に放置されるような生き方はしていなかったはずだ。
両親とも不仲ではないし、親戚付き合いもある。
近所の人たちとも交流があったし、会社でも変なことをするどころか、まだ出社して間もないんだ。
こんな仕打ちを受けるとは思えない。
そもそも一緒にいた同期はどうした。
恐らくは同じ状態に近いはず。
なのに、いない。
私ただ1人。
最後に着ていた服装のまま、この状況に陥っている。

上半身を起こした状態でキョロキョロと周りを見ると、少し高い位置に窓が取り付けられていた。
それともう一つ。
にわかには信じ難いのだが、黒黒とした棺、と呼ばれるだろうものが私とは逆側、玄関に近い場所に置いてある。
小さな木製テーブルを挟んで両側に私と棺、まさかだが私はあの中にいたとかだったら笑えない。
ゆっくりと警戒をしながら立ち上がると、棺には金色の飾りっけの無い装飾と、名前が輝いていた。
そこには“DIO”と描いてある。
私の名前はDIOじゃないし、そもそも日本人だ。
窓を見てみる。
空には青空が広がり、ぎりぎり見える範囲全てを見た所、ここは住宅街のようだ。
そしてもう一つわかったのが、ここは2階である点。
目の前ではなく、眼下にアスファルトが見えることから間違いはないだろう。
そしてふと自分が寝ていた場所を見返す。
頭が置いてあった場所に小ぢんまりとした枕が置いてあった。
つまりは故意に誰かが置いた、という事。
更に言うならば私をここに寝かせた人物がいる、という事。
生憎今は真昼間に見える。
多くの社会人は仕事と向き合っているはずだろう。
という事はだ大方私をここに寝かせて仕事に向かったと考えるのが妥当だろうか。
なぜ棺があるのかというのは隅に置いておく。
棺で寝るなどドラキュラでもない限り、よっぽど趣味の悪い人物だろうし。

今私ができることと言えば、固定電話があるか調べることと、外に出ることが出来るのか、という事ぐらいだろうか。
正直長居はしたくないので、さっさと電話でもすることにしよう。
自宅に電話すれば母がいるはずだ。
それから外に出て交番にでも行き場所を聞こう。
そこに迎えに来てもらえばいい。
それにしても、こんな時間になるまで帰らない娘を両親はどう思っただろう。
羽目を外して男の家に転がり込んだとでも思っただろうか。
いや、両親は私のことを一番知っている。
私が色恋沙汰には全く興味無いことは嘆くぐらいには理解してくれている。
ならばさっさと戻らなければ。
仕事だってあるんだ。
必死に掴んだ内定をここで踏み潰す訳にはいかない。

玄関に向かう。
何となく棺には触れたくなかったので慎重に横を歩き、フローリングへと足をつけた。
大体の家は何処かに固定電話があるはずだ。
しかし、ない。
そう言えば最近の若者は携帯電話やパソコンが主流になったことで固定電話やテレビを家に置かない者が増えてきているとかなんとか。
実家暮らしの私にはわからない話題だが、そう考えている時間も惜しい。
フローリングから一段降りたところに私の靴は置いてあった。
会社帰りで仕方なく履いたままだったヒール。
高さがないそれは段差に隠れてしまっていたがきっちりと揃えてあった。
足をくじかないよう、段差に腰掛け片足ずつ履いていく。
ストッキングを履いたままだった足はすんなりとヒールの中に収まり、小さくカツンと音を立てて真っ直ぐになる。
後は扉を開けるだけだ。

ドアノブに手を伸ばした瞬間、人の気配を感じる。
気配というよりハッキリとした足音。
階段を上ってくる音。
ここがアパートであった場合幾つか部屋はあるだろうからここに必ず来るとは言えないが、一つの可能性として鉢合わせという最悪の状況に陥る事も頭に入れておかなければならない。
そうこう考えているうちに足音は近づいてきた。
目の前で止まらないことを祈りつつ、息を潜める。
チャリン、と音がした。
ああ、ここの住人だ。
あれは考えるまでもなく鍵を取り出した音で、つまりはここを開ける意志があるって事で。
ならば次に打つ手は相手が怯んだ隙に飛び出す、って言うのはどうだろうか。
思い立ったが吉日、片方のヒールを手に持ち、胸のあたりで構える。
殴り掛かるより、硬いつま先部分を突き出すようにした方が、止められる可能性が少しでも減りそうな気がして。
かちゃりと音がして扉が開く。
向こうにとっては引き戸である、玄関の扉と室内に滑り込ませるように入ってきた体を目掛けて自分の身ごと飛びかかる。
少しでも体重を乗せて相手にダメージを。
しかしそれは不発に終わった。
それどころか私はヒールを持っておらず、扉の前ではなくフローリングと畳の間に立っていた。
まるで時間が飛んだかのようだった。
視界の端にピンク色が映る。

「危ないだろ、そういうのは他の奴にはするなよ。」

あっけらかんとした声で誰かが呟く。
私に向けての一言だったのだろうが、生憎誰なのか、本当にこの場に私以外がいるのかも把握出来ていない。
先ほど玄関から入ってきた人物なのだろうが、何故私が室内の中央付近にいるのかも分かっていない。
あぁ、頭がおかしくなりそうだ。

「あ、そう言えば目が覚めたんだな。大丈夫か?」

振り返ればピンク色に緑の斑点というなんとも奇妙な髪を垂らしている、声からして男性の存在が目に入る。
その男性は私が眠っていた場所で枕を持ち上げてこちらを見ていた。
・・・男性であっているはずなのだが、かなり化粧が濃い。
まぁ、最近は男性も化粧をする時代らしいからそれは許容範囲にしておく。
それより今の一言だ。
少なくともこの言葉からこの男性は私のことを心配している、と判断出来るだろう。
そのまま素直に受け取るならばだが。
見ず知らずの人物と部屋、それらがあまりにも強い印象付をしてしまい、思わず身構える。
それに気づいたのか、男性は慌てて次の言葉を紡いだ。

「お、おい勘違いするなよ、お前が降ってきたんだ。」

“降ってきた”?
頭にいくつもの疑問符が浮かぶ。
反射的に上を見ると穴が空いていた。
あぁ、これはどう見ても私が降ってきた穴だろう。
しかしだ、人ひとりがまず降ってくるという状況はどうなんだ。
しかも私の体がこの見事なまでの穴を作り上げたというならば、私の体も着地とともにタダでは済んでいないはず。
見たところ私の体に傷一つ無い。
キョロキョロを自分の体を見ているのを見た男性は合点がいったのか声を上げた。

「たしかにお前は降ってきたけど、俺が受け止めたんだ。」

言葉に反応して思わず男性を見つめる。
確かに普通の一般人に比べて筋肉質であるとは思うが、そう上手くいくものだろうか?
それにしても端正な顔立ちだ。
どこの国の人だろうか、メイクが本来の顔を隠していると思うと少し残念である。
先ほどの疑問を一応ぶつけてみるか。

「だけど、屋根を突き破るぐらいの威力がある私を受け止められるものなの?」

「あー、少し言い方間違えたな。“俺達”が受け止めたんだ。」

そう言って男性は何かを背後に出す。
守護霊みたいなものなのか?
と言うかなぜ私にはそれが見えているんだ。
霊感なんてもの持ち合わせていないぞ。
ぼんやりしたそれは人の形を有しているように見えた。
目を細めてもハッキリとはしないそれはするりと男性の前に出る。

「その、それ、なに?」

「見えるのか?こいつはキング・クリムゾン。帝王たる俺に相応しい“スタンド”だ。」

自分のことを帝王と言っちゃうあたりすこーしあれな人なのかもしれない。
しかしそこになにかいるのは確かで、それを彼はスタンドと呼んだ。
こいつは、というところから推察するに他にもいて、違うスタンドと呼ばれるものが他の人にもいるのだろう。
私の世界にはそんなものはなかった。
確かに私はまだまだ世間知らずだとは思うが、このような奇妙なものがそこかしこにいるなど聞いたことはないし、私も見たことがない。
つまりは、此処は何処なんだ。
私は何処に来てしまったんだ。

「そういえば、お前は何でここに?」

「私が聞きたいよ。」

「質問の内容が悪かったな。“どうやって死んだ?”」

ビクリと体がはねる。
なぜ知っている、私が死ぬ間際を経験したことを。
しかも男性は死んだ、と過去の終わった出来事のように話している。
どういう事なんだ。
私は、死んだのか?
カタカタと体が震え出す。
どうにか止めようと両手で上半身を包むが、止まる気配はない。
男性が慌ててこちらに寄ってくるのが見えたが、それを静止することも叶わず私の手に男性の手が重ねられる。

「すまなかった、そうだよな。急に受け入れろなんて無茶だったな。」

柔らかく抱きしめられ、更に日本人との違いを顕著に感じ取る。
だけど悪い気分はしない。
未だに震えは止まらなくても、気分だけは少しマシになった。
先程男性は死んだ、と、過去の言葉を私に伝えた。
つまりは男性もなのだろうか。
私だけじゃない、という同族意識があればなにか違うだろうか。

「あなたも、なの?」

「・・・・・・あぁ、ベクトルでいえばそうだ。だが、俺の場合は死にたくても死ねないを永遠と繰り返すのだがな。」

思わず男性を見つめてしまう。
死にたくても死ねない?永遠と繰り返す?
つまりは何度も死んでいるのだろうか。
胸が苦しくなる。
私に比べられても何も得るものはないとは思うが、少なくとも私の方がマシだったとは言える。
くしゃりと頭を撫でられた。
そんなに私は酷い顔をしていたのだろうか。

「改めて聞くことはしないから、吐き出すことで少しでも楽になるなら言えばいい。」

ふわりとした笑みを浮かべられる。
世間の一般女性はこれに弱いのだろうな。

「私は、事故だと思う。起きたらすぐ目の前に車があって、意識が途切れて・・・此処に。」

私が自身の死因を喋ったことに驚いたのだろう、男性は目を見開いていた。
スタンドと呼ばれるぼんやりしたものもいつの間にか傍らに来ていたらしい。
色々と聞きたいことがある。
私だけが質問攻めをするのは少し躊躇するが、仕方ないだろう。
私は此処のことが全くわからない。

「此処は、いったいなに?」

「なんと言えばいいか・・・そうだな、死んだ奴らが集まる場所、って感じだろうな。それと、恐らくはだが“集められている”という言葉も適当だと思うぞ。」

少なくとも集まる場所、という事から他にも人がいるだろうという推測は立てることが出来たが、集められている?
どういう事だ?

「すまんが、お前が寝てる間にポケットを探らせてもらったんだ。」

男性の手には私の社員証があった。
首からかけていたものを飲み屋でポケットに入れたのを覚えている。
それに私の証明写真、名前、会社の名前から住所まで一つも間違いはない。
確かに私が持っていたものだ。

「落ち着いて聞け。お前が行っていた会社は此処にはない。そして俺がいた世界にも、ない。」

ちょっと待て。
ここに会社が存在しない?
つまりは私は死んで、死後の世界でここにやって来た、という事なのか?
それに男性も私の会社を知らないという。
と言うか日本外に住んでいるから知らないだけじゃないのか?

「ほかの日本人に聞いたから確かだ。」

質問する前に潰される。

「更にだ、此処は俺がいた世界とも違う。」

男性のいた世界とも、私がいた世界とも違うならば、全く別の、死後の世界としか言いようがないじゃないか。
けど、まぁ、俺は死んだお前も死んだんだーとか言われたら受け入れるしかない気もする。
じゃあ何故私はここに存在していて、且つ自分の実体を感じ取ることが出来るのか?
何故他人と喋ることが出来るのか?
死後の世界とは一体なんなんだ?
少し頭がこんがらがってきた。
それに気づいているのか気づいていないのか、男性は何も言わずに抱きしめ続けていてくれている。
人の温もりは冷静さを取り戻すのに必要なのか?
少なくとも私には必要だったらしい。
傍に誰かがいる、それだけで頭の中も少し落ち着いた。
まとめてみよう。
まず、私は事故で死んだ。
これは男性が自分も死んでいる、死んだ者が集められていると言っている点から間違いはないだろう。
そして、此処は私がいた世界でもなく、男性がいた世界でもない。
そして私には実体があり、男性にもある。
幽霊になって社会に紛れているとは言い難い。
全ての死んでしまった生き物がここに集められているのだろうか。
・・・気になることは自分で考えるより、聞くに限るか。

「ねぇ、此処には死んでしまった人、みんな来ているの?」

「いや、全員が全員ではないとは思うぞ。それに元々ここにいた連中と、俺らのように死んでしまってここに来た連中と二種類いるようだ。謂わば選ばれ、集められた、と言った感じだろうな。」

わざわざ私は選ばれたのか。
一体何の為に?
若くして死んでしまった同情からか?
それならばもっと適任が沢山いるだろう。
私が口を開く前に男性がもう一度言い忘れたかのように口を開く。

「あぁ、そうだ。集められた奴らはだいたいスタンド使いだったな。例外もいるが。」

更に私が選ばれるのはおかしいんじゃないのか。
そのスタンドとやらは私には一切関わりのないだろう。
男性のスタンドと呼ばれるものがこちらを見ている気がしたが、顔があるかも認識出来ないほどぼやけている。
人の形に似ている、と言った程度だ。
まさかこれが見えることが条件なのか?
ぼやけていても基準を満たすのか?
そもそも私のいた世界に無かったものが見えるようになるものなのか?

「お前もスタンドが見える以上、スタンド使い、ということになるな。」

男性は、元いた世界になくても死ぬ間際、今いる世界と元いた世界の狭間に存在していた時、生命の危機に瀕していた為自身を守ろうと発言したんじゃないかと言う。
それならば何故ぼやけている?

「あの、そのスタンド、って言うのぼやけて見えるのだけど・・・」

「ぼやけて?・・・・・・ならばまだ発現するまで時間がかかるかもしれないな。」

まぁ、素質は見えるということから十分だとにこやかに笑う男性。
正直どうして笑えるのか1ミリも理解できないが、郷に入っては郷に従えという言葉がある。
なれるしかないのだろうか。

第壱話

(他にも住民がいるらしい、そちらからも聞こう)
(あぁ、そういえば名前を聞き忘れていた)

(2017/10/05)歌暖

乱雑カルテット