13
日付が変わったばかりの深夜。ポートマフィア本部の中枢部にある会議室は人の出入りが慌ただしくなっていた。
マフィア特別幹部であるナマエの執務室が襲撃されたと云う知らせは、瞬く間に組織内に広がり緊急会議が招集された。
但し、無駄な混乱が起きないよう一般構成員には知らされず、超機密事項として箝口令が敷かれた為、幹部クラスとその他部隊長にのみ招集がかかっていた。
「聞いたか?一条さんの事」
「嗚呼、未だ信じられないけどな」
背後の壁際に立つ部下達の囁きを聞きながら、中原は未だ姿を現さないナマエ本人を思い浮かべる。
太宰から知らせが入った時、相手が予想以上に派手な出方をして来た事に正直驚いた。
真逆マフィア本部内にある執務室を襲撃する等、太宰はともかく中原自身は予想していなかったからだ。
「でも最近一条さん絡みのトラブル多くなかったか?」
「いくら完璧なあの人でもこの世界じゃあお嬢さんだからなァ、」
「特別幹部だって、身体で首領に取り入ったんだろ?良いよなぁ女は」
「ま、その特別幹部様に俺達の分まで恨みを買ってもらってんだ、有難い話だよ」
本人が居ない事を良い事に、身勝手で不愉快な話を繰り広げる男達に、青筋を立て立ち上がろうとした中原だったが、会議室の扉が勢い良く開いた事に思わず腰を落とす。
「遅くなりました」
其処には何時も同じように、凛とした表情のナマエが立っていた。
自身の執務室がストーカー紛いの荒らされ方をされたとは思えない程、ナマエ本人から動揺は伺えなかった。
「構わないよ、入りなさい」
首領の声に軽く会釈をしながら、ナマエは入室する。
ナマエに続き、太宰も会議室に入り席に着く。ナマエは入り口の前に立ったまま、首領に目線を合わせた。
「申し訳ありません。私の甘さがこの様な失態を招いてしまいました」
「いや、君に傷一つ無かった事が幸いだ。…却説、今回の件で何か心当たりはあるかね?」
「あり過ぎる位です。…が、」
話を一旦区切ると一瞬の内に拳銃を懐から出し、先程ナマエの皮肉を囁いていた男達に向かって放つ。
突然の行動、発砲に室内は一気に沈黙した。
僅かに開いた隙間を縫う様に放たれた弾丸は飾られていた絵画の額縁に当たり、そのまま落下する。
すぐ顔の横を射抜かれた男は思わず腰を抜かし、その場に座り込んだ。
そして視線が下がった事で気付いた。
額縁の中から盗聴器の一部と思われる破片が出て来た事を。
「鼠は意外と内部まで進行しているかもしれませんね」
ナマエの殺気の籠った目線に、部下の男達はひゅ、と息を呑む。
そして同時に、つい先程まで自分達が愚かな言葉を口にした事を後悔した。
「…成程。分かった、この会議は一旦お開きにしよう」
首領の目配せに太宰が反応し、盗聴器を回収し鑑識班を呼ぶよう指示を出す。
一時騒然となった会議室だったが、解散の命令により招集された者達は各々の仕事へと戻って行った。
「ナマエ」
静かに会議室を後にするナマエの背中に中原は声を掛けた。
「一寸来い」
振り向いたナマエの顔色が何時もより青白くなっている事を、中原は見逃さなかった。
「お前、大丈夫か」
人気の無い廊下の角まで移動すると、中原は静かに切り出す。
そしてそれを待っていたかのように、ナマエは中原に抱きついた。対する中原も慣れたように受け入れる。
「…ちゅうや」
会議室に現れた時から強張っていた表情から漸く緊張感が抜けた事を確認し、中原も息を吐く。
いくら異能を持った人間でも、ポートマフィアで恐れられる特別幹部でも、ナマエは年相応の女であると中原は認識している。
自分の生活していた場所があんな荒らされ方をされたら、屈強な男でも精神的な苦痛を感じるだろう。だが彼女は絶対に他者に弱みを見せない。先程の部下の男達の会話が物語るように、女である事自体に引け目を感じているナマエは虚勢で己に鎧を纏わせている。
その固く閉ざされた彼女の弱みを引き出せるのは中原、そして太宰と織田のみだった。
「本当に心当たり無ぇのか?」
「…あるとすれば最近私の周りで動いてくれてる誰か、かな」
「やっぱり気付いてたか、」
「まぁね」
「首領は知ってるのか?」
「報告はしてない。…でも流石に気付いてると思うけど」
中原の肩に顔を預け淡々と話すナマエだったが、ふと人の気配を感じ身体を離す。
彼女の香りが離れた事に、近付く気配が誰のものか察知した中原は舌打ちを溢した。
「あれ、邪魔したかい?」
「分かってて来たんだろうクソが」
飄々と現れた太宰に、中原は眉間に皺を寄せた。
「非道いなぁ、折角良い知らせを持ってきたのに」
「知らせ?」
ナマエの質問に、太宰は笑みを浮かべて答えた。
「北原君、目が覚めたらしいよ」
「一条様、申し訳ありません…貴方様の部下でありながらこの様な失態…」
「顔を上げて北原。生きていてくれたなら十分よ」
太宰からの知らせで三人は本部の中にある治療室に向かった。
中には未だ起き上がれないのか、ベッドに横になった北原と、彼の身の回りの世話をしていたであろう女性構成員が居た。
「早速で悪いのだけれど、何があったか教えてくれる?」
「はい…。早朝の会議の資料を届けに一条様の執務室に向かいました。しかし外出されているようでしたので改めようとしたのですが、珍しく執務室の鍵が開いていた事に気付いて開けた瞬間、中に潜んでいた何者かに頭を…」
そう云い包帯の巻かれた頭を北原は押さえる。
「じゃあ犯人の顔は見ていないんだね?」
太宰からの質問に、北原は申し訳なさそうに答えた。
「…恥ずかしながら、」
「良いのよ、私の方こそ…巻き込んでしまってごめんなさい」
「いえ!一条様にそのような言葉をかけていただく資格など私には…!貴方に危害が及ばず、本当に良かった」
北原の手がナマエの手に重なっている事に、思わず反応しそうになった中原だが、ふと視線を感じその元を探す。
中原が感じた視線は壁際に控える女性構成員から発せられたもので、その視線の先はナマエに向けられていた。
「今は身体の事だけ考えて。ゆっくり休みなさい」
「…申し訳ありません」
「じゃあ北原の事、頼むわね」
「はい」
ナマエの声に反応した彼女は静かに答える。
三人が治療室を後にする時、一瞬中原と目が合うと彼女は冷たく微笑んでいた。
「彼女、中也に気があるんじゃない?」
「あァ?巫山戯んな、むしろ逆だろ」
「…え?」
治療室を後にし、廊下を歩きながら太宰と中原が話す内容が理解出来ずナマエは首を傾げる。
「逆ってどういう事?」
「幹部クラスが揃ってたんだぞ。一般構成員にしては肝が据わりすぎてる」
「でも彼女入って来た時からそうなのよね…」
「見ない顔だったけどいつから入ったんだい?」
「そんなに最近じゃないけど。確か、」
「北原と同期で入ってる」
彼と違って裏方の仕事中心だけどね、と云うナマエの言葉に太宰と中原は反応する。
そして先程の治療室の異様な雰囲気にも、ある程度納得した。
「却説、ナマエこれから忙しくなるよ」
「…そうね」
太宰の言葉に、ナマエは大きく溜息を吐いた。
今度は中原が首を傾げ、口を開く。
「あ?どういう事だ」
「中也…君、だから幹部になれないのだよ」
「んだと手前!!」
「はいはい、落ち着いて」
喚く中原を宥めながら、ナマエは静かに答えた。
「引っ越しよ」
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