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「此れで全部か?」
「うん、ありがとう作之助」
「問題無いさ」


数個重なった段ボールを目の前に、ナマエは小さく息を吐いた。

ナマエと織田の二人は、とあるマンションの一室に居た。




襲撃を受けて数日、ナマエの執務室は犯人に繋がる証拠を探すべく上役以外一切立ち入り禁止となっている。

ナマエ自身も他者に荒らされた部屋で仕事をする訳にもいかず、一時的な引っ越しをする事になった。
初めは太宰か中原の執務室に寝泊まりする案も浮上したが、堂々とマフィア内に入りナマエの執務室を襲撃するという派手な行動に出た犯人が、外部犯か内部犯かも分からない状況で安易に行動すべきでは無いと判断し、一旦横浜市内にあるマンションに移り住む事で落ち着いた。(ナマエが二人の部屋に入り浸る事を断固拒否したのも要因の一つではあるが)



「じゃあ俺はもう行くが、何かあったら直ぐに連絡をするんだぞ」
「分かってるよもう。初めて一人暮らしする娘じゃないんだから」
「似たようなものだろう。お前は意外と世間知らずだからな…」
「はいはい、気をつけます」


若干の苦笑を浮かべながら玄関に立つ織田を見送る。
未だ何か言いたげな様子だったが、ナマエが最後に背中を押した。



「作之助もやる事いっぱいなんでしょう?何か調べてるみたいだし」
「…まぁ、な」
「私は大丈夫よ。いざとなったらこの部屋ごと燃やすから」
「首領が用意したマンションを簡単に炭にするんじゃない」
「ふふ、冗談よ。じゃあまたね」
「嗚呼、また」


パタン、と静かに音を立てて扉が閉まる。
廊下から作之助の気配が無くなると、ガランとした部屋を見渡してナマエは大きく息を吸った。






「今終わったぞ」
「ありがとう織田作。助かったよ」


マンション近くに停めた車に移動した織田は、電話越しの太宰の声に、大した事はしていないと答える。


今回のナマエの一時的な退避先は超機密事項として扱われ、ナマエ本人以外は首領である森鴎外と太宰、そして運び屋として選ばれた織田の三人のみが知る内容だった。
本来ならば護衛も含めてトップクラスの人員を割き移動をする案件だが、無闇にナマエの移動先を漏らす方がハイリスクであり、何よりナマエが事を荒立てたくないと申し出た為に特例として許可が出た。

面が割れていない下級構成員であり、こういった任務に向いているとして太宰が運び屋に推薦し、ナマエも快く承諾。首領も太宰の案を採用した為、織田はナマエの手伝いをしていた。



「で、首尾は?」
「…北原という男の経歴に偽りは無いようだ。ポートマフィアに入る前に居た科学施設は既に解体されていたが、記録には残っていた」
「成る程」
「ただ興味深い噂を聞いた」
「へえ、何だい?」


「彼の家系は代々中国系マフィアに属していたらしい」



織田の言葉に、やや静寂が生まれるが太宰は薄っすら笑みを浮かべて口を開く。


「そう、そうか。成る程、よく分かったよ」
「流石にナマエは俺が何か探っているのに気付いていたぞ」
「えー、もう?勘が鋭過ぎるのも困ったものだなぁ」
「まだ調べるか?」
「いや、これ以上は向こうを刺激するだけだ。大きい収穫があっただけで充分だよ」
「そうか」
「念の為だけど、暫く織田作も気を付けた方が良い。あのナマエを出し抜くような輩だ、用心するのに越したことは無い」
「分かった」


じゃあまた、という太宰の声を合図に通話は終了する。

窓越しに再度マンションを見上げ視線を戻すと、織田は車のアクセルを踏んだ。

































古いテープが再生されるように映像が流れる。

マフィア本部、車の窓から見える風景、マンションの入り口、



血塗れで動かない、中也




「…っ、」


激しい頭痛で目を覚まし、ゆっくり身体を起こす。
妙な息苦しさを感じ、数回咳をすると背中にじっとりと汗をかいている事に気付いた。



(…縁起でもない夢だなぁ)


周りを見渡すとまだ見慣れない部屋、誰の気配も感じない空間に不安を抱いたものの、カーテンの隙間から漏れる光に朝の訪れを感じ、起き上がる。
時計を見ると、まだ起きるには早い時間だったが、仕事が滞っている事もあり早めに本部に向かおうとベッドから出る。何より、今日は本部待機になっている筈の人物に早く会いたかった。



シャワーもそこそこに、手早く準備を終わらせようとシャツの袖に腕を通した所で、部屋のチャイムが鳴り思わず身体が強張る。


このマンションは首領が私の為だけに用意したもの。裏で根回しをしている為、所在地等は地図や住所録にも載っていない云わば存在しない物件。つまり人が訪れる事は無い。
と、なると


(誰か来る時は治から連絡が来る事になってる。でも、)


枕元にある携帯電話を確認するが、着信の気配は無い。



カシャン、と愛用の拳銃の安全装置を静かに外し、気配を殺しドアに向かう。
そっと覗き穴を見ると、今正に頭に思い浮かべていた人物の姿が見え、急いでロックを外しドアを開けた。



「中也…?」
「おう、…ちゃんと用心はしてるみたいだな」


中也の視線が右手の銃に向けられている事に気付き、ホルスターに仕舞いながら中也に入室を促す。


「え、いやそうじゃなくて。何してるの?」
「お前の迎えに来たんだよ。暫くは送迎する手筈になってただろ」
「そうだけど…それは治の仕事じゃないの?」
「太宰の野郎が別件の任務が入ったとかで俺に連絡を寄越したんだよ。急な変更だったから連絡入れなくて悪かった」
「そう…そういう事ね」


事の顛末を聞き、ようやく強張っていた身体から緊張感が解けるのを感じ息を吐いた。


「支度終わるまで待っててやるから、とりあえず準備しろよ」
「…うん」


そう云うと、煙草を取り出しベランダへ向かう中也。
その背中に、今朝の夢に出てきた中也の姿が重なり、無意識の内に身体が動いた。


「!…ナマエ?」


軽い体当たりをする勢いで中也の背中に抱きつく。
腹部に回した手に中也の手が重なり、その温かさに安心感を覚えた。



「何かあったのか」
「…ううん、何でも無い」
「そうは見えねぇな、顔色悪いぞ」


くるりと反転し、今度は中也に抱きすくめられる。
探るような目で見られ、笑って誤魔化した。


「ちょっとね、何時もの貧血。それに、人の気配が無い所で起きたのが久しぶりだったから寝起きが悪くて」
「何だ、寂しかったのか?」
「違う」
「違わねぇだろ」
「そういうのじゃない。ただ中也に会いたかっただけ」
「は?」
「あ」


思わず出た本音に、一気に顔に熱が集中する。恐る恐る中也を見ると、嫌な笑みを浮かべているのが見えて耐えられず肩に顔をうずめた。


「お前のそのバカ正直な所は嫌いじゃないぜ」
「……その云い方やだ」



甘えるように首筋に顔をすり寄せると、意図を理解したのか中也は私の後頭部に手を添え、額を合わせる。
そして静かに唇を重ねた。


中也の香りに包まれ、心が満たされるのを感じる。

それなのに、胸のざわつきが治まらない事に違和感を感じたが、次第に深くなる口付けに今は縋りたくて、逃げるように頭の中の不安を消し去った。




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