「君とこうして出会えた事は奇跡、否運命と呼ぶべきだ。と、云う事で私と心中してくれないかい?」



新しい職場、
出社して五秒。
私の直属の上司との初対面はかつてない程衝撃的なものだった。









「ミョウジ」


出勤後の事務整理をしている所に声を掛けられ、ナマエは後ろを振り返る。
其処にはやや疲れた表情の国木田が立っていた。


「おはようございます」
「お早う、お前一人か?」
「え?ハイ、」
「…太宰は如何した」
「いや知りませんけど」


知る訳も無い、何故私に聞く。
悪いけど、あの人の部下になった事自体不本意だ。



「…今日も来てないんですね」
「嗚呼、これで三日目だ」
「まぁ時間通りに出社してる所も見た事ないですけど」
「全く情けない…」



頭を抱え溜息を吐く国木田を見て、ナマエは同情の眼差しを向ける。入社して半年、彼のこの姿を何度見たか思い出せなくなっていた。

太宰治、四六時中死や心中相手を求めている自殺愛好家。
武装探偵社でコンビを組んでいる二人は性格は勿論、人間性も考えも仕事態度も全て真逆である。ナマエ自身、規則には従うタイプなので国木田の考えに同調する事が多く、事実、太宰の部下として働いてきた中で振り回された事の方が多い位である。
しかし、太宰という人間が社にとって必要不可欠な人間であるという事も認識している。だからこそ、上司であり自分よりも遥かに戦力になる人である太宰には強く不満を訴える事が出来ない。



(それに、)



「グッドモーニング諸君!今日は一段と気持ちが良い朝だねえ」



ちょうど話題になっていた人物が、苛立ちさえ感じさせる程陽気な声で出社した。
連絡も無く二日間無断欠勤した事を感じさせないその態度に、隣に立つ国木田の雰囲気が変わったのをナマエは感じた。


「何が気持ちの良い朝だ。貴様のその顔を見て不快感以外何も感じない!今迄何処にいた!」
「何だい国木田君、そんなに私に会いたかったの?」
「何故そういう解釈になる!?本当に貴様は…社にどれだけ迷惑をかければ気が、」
「嗚呼、ナマエちゃん!」


般若の様な表情を浮かべる国木田を華麗に無視し、太宰はナマエの前で膝をつく。


「今日も変わらない麗しさだね」
「はぁ、どうも。目大丈夫ですか?」
「君と毎日会える…嗚呼なんて素晴らしい職場なんだろう!」
「ならちゃんと毎日出社して下さい」
「え?毎日私に会いたい?嫌だなあ、ナマエちゃん、国木田君の前でそんな熱烈アピールされたら流石の私も照れてしまうよ!」
「間違えました、頭大丈夫ですか?」



これ、これなのだ。


衝撃的な出社初日から、太宰は顔を合わせる度ナマエに愛を囁き、口説いて口説いて口説き続けている。

始めは上司でもある太宰のその行動を拒絶する事が出来ず、傷つけないよう言葉を選び太宰に配慮しながら対応していた。が、人間はどんな事にも慣れるようで、一ヶ月を過ぎた辺りから対応スキルを身につけたナマエは容赦なく太宰をあしらっている。

口を開かなければ誰もが頷く美男子である太宰。
引く手数多の色男の、単なる気まぐれなのだろうと思っていたナマエだったが、半年間ほぼ毎回猛烈なアピールをしてくる太宰に、正直困惑している部分もあった。



「くだらない事を云っていないで仕事をしろ。連続失踪事件はどうなった」
「嗚呼あれね。今日聞き込みに行こうと思っていた所さ。さぁナマエちゃん、行こうか」
「え!?私ですか…?」
「他の皆は別の事件を追ってるし、国木田君も今日は此処を離れられない」



助けを求めるように国木田を見るが、どうやら本当に外に出られない仕事があるようで、諦めろという目でナマエを見つめている。

小さい溜息を吐き、ナマエは探偵社の車の鍵を取りに立ち上がった。









「で、何処に行くと良いんです?」
「うん、適当に」
「…はい?」
「こんなに天気が良いのに社に篭って仕事なんて仕事人間の国木田君だけで充分だよ。さぁ出かけよう!」
「戻りますね」
「冗談だよ。ナマエちゃん…最近国木田君に似てきたよ?」
「お陰様で」



(嗚呼もう頭が痛い)



ハンドルを握り、既に疲れた表情を浮かべるナマエだったが、溜息を吐きながらアクセルを踏み込む。
改めて太宰に云われた場所に向かいながら、痛む頭を片手で抑えた。

太宰の自由な行動には慣れた心算だったが、今日はどうにも目眩すら感じる。
早く仕事を片付けて社に戻ろう、と心の中で考えていた。



「いやしかし今日は本当に良い天気だ、まさに心中日和だね」
「心中は無しとして天気は良いですね」
「どうだい?これから私と入水でも」
「お茶に誘うノリで云う言葉じゃないですよ」
「それは残念だなぁ」
「それにしても…冗談抜きで、本当に二日間も何をしてたんですか?」
「いや何ね、理想の心中を求めて美女を探しに」
「…いい加減にしないと本当に怒られますよ」


(ああ、なんかムカムカしてきた)


相変わらず自由な太宰の言葉に苛立ち、胃のむかつきを覚え始める。
こんなに変な人なのに実力は確かなもので、結局は探偵社の皆に頼りにされている。全く世の中不公平だ。


車を走らせながら、助手席に座る男をちらりと見る。

普段私に美しいだの麗しいだの云ってくるが、私に云わせれば太宰さんの方がよっぽど綺麗だ。
端正な顔立ちにスラリと伸びる手足、儚げな雰囲気。彼に言い寄られて嫌な顔をする女性は居ないのではないかとさえ思う。まぁ、喋らなければだが。

しかし、そんな太宰さんがどうして私のような何の取り柄も無い人間の構うのか。ずっと疑問だった。

今のこのご時世、太宰さんのような綺麗な人となら心中したいという人等直ぐに見つかりそうなものだが、毎回自殺は未遂で終わっている。しかも単身での自殺だ。


ただ、もし本当に誰かと心中してしまったのなら


(迷惑をかけられなくなって清々するのか、それとも)




「着いたよ」


太宰の声に反応し、ナマエは慌てて車を停めた。



「此処ですか?」
「そうだよ」


とある施設の前で車を降りる二人。

其処は古びた孤児院だった。



「え、っと…確か此処の子供が一週間前から連続で行方不明になっているんですよね?」
「うん」
「じゃあ今日は職員の方に話を聞きにきたんですか?」
「いや、もう話は聞いてるよ。それにおおよその見当もついてる」
「え?それって、」
「もう、犯人の予想はついてる」


太宰のその言葉に、ナマエは驚いた表情を見せた。


「誰なんですか?一体何の為に…」
「まぁ、恐らくは人身売買か臓器の密売。子供は裏社会じゃ色々使えるから結構な金額で取引される。一週間経っても遺体が出てこないのも、何処かに監禁しているからだろうね」
「そんな、じゃあ、早く助けないと…!」
「落ち着いて。その為に今日は来たのだから」
「…どうするんですか?」
「情報によると子供がいなくなる時に共通点があるらしい。…あれだよ」



太宰に指さされた先を見ると、施設の裏口に大型のトラックが停まっていた。
ロゴを見ると、どうやら運送業者のトラックのようだった。


「あれは…」
「たぶんダミーの会社だね。配達に見せかけて子供を運んでいるんだ」


そう云うと、太宰はトラックのナンバーをメモしナマエに渡す。



「君は社に戻ってコレを国木田君に渡すんだ。私はもう一度この施設を調べてみるよ」
「わかりま、」
「…ナマエちゃん?」
「……何でも、ないです」


手渡されたメモがぼやけて見えたかと思うと、ナマエは徐々に血の気が引いていくのを感じた。



(まずい、貧血だ)



こんな時に、と身体に力を入れ踏ん張ろうとするが、かえって震えるばかり。
太宰の声に何とか反応したが、周囲の音が聞こえなくなり次第に目の前が暗くなり、そこでナマエの意識は途絶えた。























(…あれ、)



見覚えのあるような天井を見上げ、ナマエはゆっくり瞬きをする。

微かに香る消毒液の匂いを感じ、此処が探偵社の医務室である事に漸く気付いた。



「起きたかい?」
「!」


自分が横になっているベッドのすぐ隣に座る太宰。
声を掛けられるまで全く気が付かなかったナマエだったが、太宰の声を聞き自分が寝ている理由を思い出した。



「あの、太宰さん…」
「うん?」
「すみません、ご迷惑をおかけしました」
「否、問題無いよ。…むしろ、謝るのは私の方だ」
「…?」


読んでいた本を閉じると、優しい目をした太宰と視線が交わる。
その瞬間、ナマエは心臓が震えるのを感じた。


「朝、顔を合わせた時から君の体調が悪い事には気付いていたんだ」
「え…?」
「でも君は休めと云って素直に聞くタイプじゃあない。国木田君に似て、自分の事には無頓着だ。少し手荒な方法だったけど、無理やり外へ連れ出して限界まで動かさせたんだ」


太宰の言葉に、朝から感じていた頭痛や胸やけ等の症状が体調不良からくるものだったと気付く。
そう考えれば納得だ、とナマエは小さく息を吐いた。



「そう、だったんですね。でも私の自己管理が足りなかった事に変わりはないですから」
「それでも私は後悔しているよ。大切な君を倒れるまで働かせてしまった」
「…こんな時にまで冗談云わないでくださいよ」
「"冗談"?」


珍しく真面目な顔で問う太宰に、ナマエは逆に驚いてしまった。


「真逆、私が冗談で君を口説いていると思っているのかい?」
「え、…違うんですか?」
「非道いなぁ。私が女性に対してそんな事をすると思う?」



そう云うと太宰は身を乗り出しナマエの顔の横に手をつく。
至近距離、しかも覆いかぶさるような体勢になっている事き気付きナマエは一気に顔に熱が集中するのを感じた。



「え、ちょ…太宰さ、」
「私はね」


「好きでも無い相手の為にわざわざ時間を割くほど、お人好しでは無いよ」





その言葉の意味を理解すると同時に感じた唇の熱。

柔らかいその感触が離れると、太宰は笑みを浮かべ医務室を後にした。




(国木田先輩ごめんなさい)



業務に戻るにはもう少し時間がかかりそうだと、火照る顔を隠すようにナマエは布団に潜り込んだ。



   


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