明日、私は結婚する

私は明日、結婚する。

相手は、知り合ってからたったの1年しか経っていない人だ。それでも、彼は私のことを一番に考え、私の気持ちを汲んで明日という晴れの日まで待ってくれていたのだ。正直まだ不安はある。親からもたったの1年で結婚なんて早すぎる、と言われたものだったが、何度も挨拶に来る彼の真摯な姿を見て、先週ついに和解した。そして今朝、同棲している彼ははりきって仕事に向かった。予定の決まっていなかった私は、特にすることもなく今日を終えるのだと思っていた。



「こんちはー、って名前、もう飲んでんの?」

ったく待っててよー、とからから笑う彼は、私の幼馴染みであり、一番の親友だ。私の不安はこの幼馴染みには筒抜けだったようで、昼過ぎに電話がかかってきた。予想もしていなかった人物からの電話に私はひどく驚いた。何コールか聞き流した後、慌てて電話に出ると開口一番に、暇してんなら飲みに行こうよ、と誘われた。断る理由もなく、そのままOKの返事をした。金はないけど、というぼやきは聞こえなかったふりをして。

「久しぶり。あんまり遅いから先に飲んじゃってまーす」

「ひっでぇの。何杯目?」

「まだ4杯目」

「まだって。意外と飲んでんじゃん」

なんて言いながらも歯を見せて笑う彼は、最後に見た時よりも全く変わっていない。それに少しだけ安堵する。

「もう、いいからおそ松も何か頼みなよ」

「じゃあ俺も生で」

生ひとつ下さい、店員に向かって声をかけ、再びおそ松に視線を戻すと、目を細めていた。

「なに?」

「いや、別に」

「エリカ様かよ」

「うっせぇ違ェし。ていうかネタ古いし」

「うっさい。そっちが言ったんでしょアホ」

「あ、アホって言った!このカリスマレジェンド人間国宝おそ松様に向かって無礼なヤツ!」

「はいはいすいませんでしたカリスマレジェンド人間国宝おそ松様ぁ」

これ以上会話を続けると喧嘩になりそうだとひそかに笑いをこらえていると、良いタイミングでおそ松のビールが運ばれてきた。

「んじゃまぁ、乾杯しようぜ」

「ん、乾杯」

ジョッキが重なり小気味良い音が響く。

「ああぁ、うっま〜!やっぱ疲れた後のビールは体に染み渡るわぁ」

「いやあんたニートなんだから何も疲れることしてないでしょ」

「いやいや、俺やることいっぱいあんのよ?お馬さんにパチに……」

「ただのパチンカスじゃん」

「痛いとこ突くなぁ、さすが俺の認めた女だわ」

「ニートに認められたところで嬉しくない」

ここでとうとう耐え切れなくなって、二人して吹き出してしまった。酒の勢いもあってか、そこからは昔話やおそ松の兄弟話に花を咲かせ、時間があっという間に過ぎていった。

「そろそろ帰るかぁ」

時刻は21時を指していた。いつもなら、酔っ払ったおそ松を叩き起こすのが私の役目だった。でも今日は、おそ松の意識ははっきりとしている。なんとなくこの時間が惜しくて、ひどく酔っ払ったふりをする。

「んふふ、まだ飲むぅ…」

「駄々をこねないの、お兄ちゃん困っちゃう」

お願い、もう少しだけ一緒にいさせて。その我が儘をおそ松は感じ取ったのか、しょうがないなあと言いながら私の右手を取った。

「チビ太んとこ行こうぜ」

「どこでも着いてく〜」

酔いなんて本当はほとんど回っていなけれど、この心地良い空間を壊したくなくて酔っ払ったふりの続行を決意した。会計は酔っ払った私の代わりにおそ松がしてくれた。ふらふらしている私の手を再度取ったおそ松。その表情は窺えない。外へ出ると、涼しい風が吹いていた。それに気を良くした私は、昔からよく口ずさんでいた鼻歌を歌った。

「なぁ、明日結婚すんだろ?」

それなのに、おそ松はあっという間に私から優しい空間を奪い取った。どうして、今言うのだろう。おかげで酔ったふりなんてできなくなってしまった。きっと最初から気づいていたのだ。昔から変なところで鋭くて、人の痛いところを突くのはおそ松の方だった。

「……するよ」

おそ松は私の右手を握ったままだが、こちらを振り向こうとはしない。

「そっか、おめでと」

やっぱりチビ太んとこ行くのは無し、そう言ったおそ松は、ひどく無機質な声だった。

「うん、ありがとうおそ松。じゃあ、ね」

「おー」

するりと繋いだ手が離れていく。その様をつい見てしまっていたが、はっとしておそ松を見るとそっぽを向いたままだった。それにほっとしておそ松と反対方向に歩き出す。振り返ると、おそ松も既に背を向けて歩いていた。もういいよね、自分に問いかけ独りでに頷くと、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちてきた。

「ふっ、うっ……っ、おそま、つ…」

彼が今振り返れば、泣きじゃくっている私が映る。けれど、幸か不幸か彼が振り返ることはなかった。




(まるで死刑宣告された気分だ)
2017.11.10



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