明日、私は結婚する

「その歌、いっつも歌ってんね」

「なぁにおそ松、邪魔しないでよ」

気分が良い時、私はいつも同じ歌を口ずさんでいた。それは、大体こいつと一緒にいる時だ。家が近所だったこともあり、小さい頃から松野家の六つ子と魚屋の娘であるトト子とはよく一緒に遊んでいた。昔はどれが何松か全然分からなかったけれど、高校に入った時くらいから、段々と個性が浮き出てきて見分けが付くようになった。もっとも、おそ松だけはほとんど個性が出ていなかったが。六つ子は、中学の時から有名な存在で悪さをしていたこともあり、高校に上がった際全員クラスが分けられた。その中で私は、おそ松と同じ1組になり、何の因果か席も隣になってしまう。案の定授業中に話しかけられたり、教科書にいたずらされたりして先生に怒られていた。トト子とはクラスが離れ、特に仲の良い女子がいない私は、松野家の長男にちょっかいを出される謎の女として校内に噂が広まり完全に孤立してしまった。

「邪魔なんてしてないじゃん。名前ちゃんは心が狭いな〜」

「うるさい話しかけるな。誰かさんのせいで私は…」

「ひとりぼっちなんだぞーってか」

「………」

「あれれ無視すんの?ちょっ、ひどくない?」

「どっちがひどいのよ…」

4月の若干肌寒いこの時期に、屋上で孤独に弁当を食べていると、いつの間にか傍らにはおそ松がいた。暫くは何も言わず自分の弁当を黙々と食べていたが、私が歌を歌い出した途端、口を挟んできたのだった。

「というか、なんでここで弁当食べてんの。ご飯の時はクラス移動自由なんだから兄弟と食べればいいじゃん」

「いや毎朝毎晩一つのテーブル囲んで飯食ってんだよ?昼くらい一人で食いてぇの」

「あっそ、じゃあ私がいたら邪魔だね。お邪魔しました」

淡々と告げて立ち上がると、いきなり右手を掴まれた。

「いやいやいやいや名前が居ようが居なかろうが変わんないから。ここで食べればいいじゃん」

「はぁ?一人で食べたいんじゃないの」

「そだよ。だから今一人で食べてる。名前は俺にとって空気なの」

この意味分かる〜?なんておちゃらけたおそ松のゆるみきった顔に、何故だか心臓が跳ねた。

「えっ、意味分かんない」

「そっかそっかぁ。ま、いいから座んなよ」

箸を咥え、ぽんぽんとコンクリートを叩いて催促したおそ松は、やっぱり今まで見たこともないゆるんだ顔だった。

そんなことがあってから、おそ松と私は、毎日一緒に昼食を取った。晴れの日は屋上で、雨の日は屋上に続く階段だった。6月の末からは、暑くなったからと言っておそ松がいつの間にかくすねていた資料室の鍵を使ってそこで食べた。何故か冷暖房完備されていた資料室は、私にとって秘密基地のような存在だった。最初はもちろんおそ松を叱ったものだが、段々と粋されて資料室に入り浸っていった。そんなこんなで1学期がそろそろ終わる頃、私達はいつものように鍵を使って資料室に忍び込んだ。

「よくもまぁこんだけ冷房使っててバレなかったよね」

「ったりめぇよ。俺を誰だと思ってんだ。カリスマレジェンドおそ松様だぞ」

自慢気に鼻の下を指で擦る癖は、もう何度見たことか。それを少しかわいいと思ってしまったことに悔しさを覚える。

「ねぇ、おそ松。夏休み遊びに行ってもいい?」

弁当を食べながらなんとはなしに聞いてみると、予想外の答えが返ってきた。

「だめ」

「えっ……」

断られることはないと思っていたから、自分でも驚く程ショックを受けた。

「だって、うち来たらうるさいのが5人いるし。だから、名前の家に遊びに行きたいんだけど」

その言葉にはっと顔を上げると、いつものふざけたおそ松はいなくて、私は黙って頷くことしかできなかった。



(思い出はいつまでも色褪せてくれない)
2017.11.21



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