1
◆◆◆
誰にも言ってない秘密がある。
あったはずだった。
「ごめん今流れで適当に返事してて何聞かれてるか分かんないで返事しちゃってさぁ! えそれで今なんの話してたんだっけ?」
「だから来年の夏、神秘部でのシリウスをどうにかするんだろって」
「あ、あわわ……」
聞き直しても同じことを言われた。しかもより具体的に。
な、なんで? まさかメモ書き読まれた? たしかに一昨年去年と叔父宅に入り浸っていたし読む機会はいくらでもあっただろう。
でも姪が未来予知してたらもっとそれなりの反応をされるはず。こんな、こんなさも当然のように話を振るなんて暴挙にはでないはずだ。
「あの──」
「アンブルは持って座るよな?」
「あ、うん」
「ならトランクは私がやるから先後ろ座ってていいぞ」
「はーい……」
促されて大人しく後ろのシートに座る。閉塞的な空間がお気に召さないのか隣の席に置かれたアンブルが不満げに鳴いた。叔父さんは後方の荷物室の蓋を開き、よいしょと言って私のトランクを詰め込むと、運転席に座りキーを挿す。
なんかあまりにも普通の会話が挟まったことで混乱してきた。あれ、さっきのって白昼夢だったのかな。白昼夢だったのかも! よかったー! そうだよね、叔父さんがシリウスを助けなきゃいけないなんて知ってるはずないもんね。
「どうやるかは決まってるのか?」
「なにが?」
「だからシリウス」
「ヒッ」
白昼夢じゃなかった。絶望して思わず悲鳴をあげた私に、叔父さんは「なにをそんなに怯えてるんだ」だなんて平然として言う。しかしシフトレバーにかけた手を止めて「まさかお前」と呟くと、後部座席を振り返って私を見た。
「気付いてなかったのか?」
「……気付けるわけないじゃん」
気付かれていたことに気付いてなかったのかって? 分かるかそんなの。やばい、訳分からなくて逆ギレしそう。頬をぴくぴく引き攣らせる私に、叔父さんは「おいおい、よく考えてもみろ」と片眉だけをひょいと器用に上げて呆れ返ってみせた。
「お前の知ってる『物語』に、『エドガー・ワイアット』なんて人物は存在したか?」
存在? してないね。そんな人物はいなかった。ダンブルドアとやたら仲のいい、両親を死喰い人に惨殺された闇祓いなんて影も形もでてこなかった。
「……、……はあ?!」
“気付かれていた”どころ話じゃなかった。
つまり、つまり──
「い、や──どういうこと?!」
「言葉通りの意味だが。本当に気付いてなかったんだな……」
感慨深げに言われても困る。先程からまるでこの世界を外側から俯瞰してるような言い草だ。それが言葉通りというのなら、要するに彼、エドガー・ワイアットは──
「お前と同じだよ、エレナ・ワイアット」
どうやらこの『物語』を知っているらしい。
わあ、世界って広い、いや、この場合は狭いのかな。
「ホグワーシュ!!」
「お、久しぶりに聞いたなそれ」
あまりにさらっと言われるから一瞬飲み込みかけてしまった。ご冗談でしょうと懐かしい言葉を数年ぶりに叫んだ。なに? なんなの??
私がこんなに動揺しているというのに、叔父さんはのほほんと呑気にしている。久しぶりに“言わされた”んだよ。言いたくて言ったわけじゃない。
反発心も込めつつ、真偽を確かめるためにじっと観察してみる。叔父さんは嘘をついているようには見えなかった。……ということは──本当に、ご冗談なんかじゃないらしい。
「……それじゃ、これまで会った知らない人物はみんな、その──“そう”ってわけ?」
「そんなわけないだろう。物語の流れを乱す人間──要は明らかに悪目立ちしてるやつだけだよ」
「別に悪目立ってないですけど!」
「石にされて噛まれかけた未成年代表選手がなにを」
「うっ……石と代表選手は不可抗力だし……」
「上級生のオトモダチにお願いしたんじゃなかったのか?」
揶揄う口調で言われ言葉を詰めてしまう。叔父さんはというと楽しそうなしたり顔だ。ああもうこれ絶対バレてるなぁ。話変えなきゃ。
「じゃあ叔父さんは二年の終わりから知ってたってこと?」
「確信したのはそうだな、バジリスクのときだ。──ずっと変わった子どもだなとは思ってたが」
ボソリと付け加えられた言葉は聞こえなかったことにする。
そんなに早くから知ってたのにこれまで黙っていたのはどうしてだろう。なぜ今更打ち明けたのだろうか。
「だってお前、結局なにがしたいのか分からないんだもん……」
ひどく悲しげな口調で嘆くように告げられる。貶されてるんだか嘆かれてるんだか分からない声色に、いい歳した大人がだってとかもんとか言うなというささくれた気持ちになった。
「全体を通して動きが中途半端な上に視野は狭くて行動は遅い。流れを捻じ曲げたいのかなんなのか、もうさっぱりで……──バックビークなんかはノータッチでいくのかと思ったぞ、それにピーターを捕まえるのもギリギリだし──目的が分からないから見ててハラハラするし……だからこの際、お前がどういうつもりでこの先の世界を生きていきたいのか、ハッキリさせたほうがいいなと思ってな」
「えっ……」
「エレナに闇祓いは無理だな、優柔不断すぎる」
もしかして、いま私ダメだしされてる……? 憐憫を込めた視線がバックミラーから送られてきた。もしかしなくてもダメだされているようだ。
「で、結局助けたいんだよな? 変えたいんだよな?」
「助けたいです……変えたいです……」
冷静に無能さを突きつけられている。わざわざ確認されてものすごく肩身が狭い。私なりに……私なりに頑張ってきたつもりだったんですけどぉ……傍から見ると意味不明な行動ばかりしてたということらしい。虚しくなってきた。
「……ていうか、叔父さんは変えたいとは思ってないの?」
「ない」
やけに他人事に聞いてくるなと思ったら素っ気なく答えられた。
「なにせなにも変える必要がないからな」
「なっ、」
「私たちがなにかするまでもなく、この世界は完璧に完成しているんだから」
無感情で、どこか冷たく聞こえる声音。ピリッと車内の空気が引き締まる。
完璧? 優しい人たちが、勇気ある人たちが死んでしまうのに。辛い思いをしてしまうのに。それを完成だなんて。
感情的に口を開きかけるが、結局なにも言えずに黙り込む。
叔父さんの言い分が悲しくなるくらいの正論だということは、どれだけ内心で駄々こねて喚いたって理解していたからだ。
この世界がそういうふうにできているということは、どうしようもない事実だった。
「むしろ私は出来るだけ変えないように生きてきたくらいだからな──まあ一度だけ箍が外れかけたが」
「箍が外れた?」
何の気なしに訊くと、叔父さんは途端にびっくりするくらい咳が止まらなくなった。明らかに口を滑らせた様子だ。ほほぉと自分の口元がいやらしく吊り上がるのが分かる。そんな分かりやすい動揺、見過ごすことはとてもできないなぁ、先程のお返しじゃないけど──いや違うよほんとに。
「なに? なにしでかしたの?」
「アー……そうだ、ラジオでもつけるか?」
「つけない。ねえいつのこと?」
「お、前の車すごい改造車だな!」
「いっそ魔法動物っぽいね、ハグリッドが喜びそう。で、なんの話?」
「……、……エレナは、私とウィリアムの両親──お前の祖父母の件はもう知ってしまったんだよな」
観念した叔父さんから静かに問われて頷く。やっぱりダンブルドアから連絡いっていたみたいだ。「隠してて悪かった」という謝罪に首を横に振った。
「両親が殺されて、クラウチ達が捕まって直後……実は接近禁止令が出されてな」
「叔父さんに?」
「ああ、当然ダンブルドアから。だがアズカバンにいるクラウチJr──ポリジュース薬を使ったクラウチの妻──が死んだと聞いた日、それまで堪えていた怒りがいよいよ爆発してしまって」
「はあ」
「で、クラウチの家にカチコミに」
「カチコミに?!」
あえて普通に話してなんでもないように済ませたかったらしい。叔父さんは気まずそうにもごもご唸っている。いや無理でしょ、食いつかざるを得ないよそんな単語。
「その、分かってたんだぞ? あそこでクラウチJrを引き摺りだしたら今後の全てがおじゃんになるって。そのくらい、頭では理解できてたんだが」
「引き摺りだしにいったの?!」
「うん……クラウチへの怒りクラウチJrへの怒りクラウチ夫人への怒りそしてヴォルデモートと死喰い人たちに対する恨みつらみが吹き出して……うっかり家を半壊させちゃったしもうついでに全てをぶち壊してやろうと思って……」
うっかりでやることじゃないしついででやることでもない。自暴自棄のなり方がえげつないな叔父さん……。
「それで事情を知らないダンブルドアは当然ブチ切れでさぁ。『怒りで前が見えなくなっておる』ってな」
「いやほんとにそう……その通りすぎる……」
「そうなんだがなぁ……あの時はほら、私も頭に血が上ってたから……『すっこんでろジジイ大人しく隠居してやがれ』って全力で反発して戦った末、半殺しにされかけちゃった」
「なにしてんの??」
血気盛んすぎない? 口悪いし。若気の至り……でもないな、たかが十三年くらい前だものね。実は引くほど短気だと発覚した叔父さんは「ボガートがダンブルドアになったのはそれ以来だな」とうんうん言っている。そりゃトラウマにもなるわ。
「まあ、その一回だけさ。流れに反して動こうとしてしまったのは」
「一回きりでよかったよ」
そんな暴走沙汰が何度もあっては堪らない。さっきからお茶目に話そうとしてるみたいだけど肝心の内容は全然茶目っ気ないし。
叔父さんはコホンというわざとらしい咳で「とにかく」と話を無理やり締める。
「私は基本的に手を出さない方針だったんだよ──でもお前が、あんっっっまりにも危なかっしいから……手伝うしかないなと……」
よよよと泣き真似さえされてしまった。ちゃんと前見て運転して。
純粋な心配からとは分かってるけど、ここまで来るとバカにされてる気分になってくるな……半目になってしまうのは仕方ないことだと思う。
◆◆◆
- 101 -
←前 次→