エピローグ


「――というわけでした。ご清聴ありがとうございました」
【……I see】
 隣に座っていた彼――ヴァモネさんの瞳は、心なしか遠い。そんな顔をされる理由が分からず、首を傾げる。
【盛大な惚気だったなって】
「ちがっ」
 ……くは、ないかもしれない。
 冷静になってみると、色々あけすけに話しすぎてしまった気がしなくもない。照れ隠しにコホンと咳払いして、「とにかく」と語気を強めた。
「惚気てたってことも含めて、みんなには絶対秘密にしてくださいよ!」
【OKOK。……でもそんな秘密なら、どうして私に教えてくれたの?】
「あー……ヴァモネさんならちゃんと秘密を守ってくれそうだなって」
 百回繰り返してきたけれど、誰にも話したことはなかった。このカミングアウトは出来心と、保険だ。こうして事情を知っている人がいるという事実があるだけで、ずっと背負わされてきたものがほんの少しだけ軽くなる気がする。それに私の精神がまたおかしくなった時は、彼がなんとかしてくれるかもしれない。
 しかしヴァモネさんと私はそんなに親しいわけじゃない。【ありがとう?】とボードを見せながらも、ヴァモネさんは、寄せられた信頼に納得がいかないようだった。そんな彼に、私は微笑みを深めた。
「私、千年生きた――わけじゃないですけど、同じ時代を百回は生きてるんですよ。だから、あなたの正体を知った世界もあったんですよね」
 迂遠な言い回しだったが、なにが言いたいのかは伝わったらしく、ヴァモネさんはぎしりと固まった。
「別に、言いふらしたりしませんよ。もちろんヴァモネさんもそうしてくれますよね?」
【Yes, Ma′am】
 ビシッと背筋を伸ばした彼だが、少ししてから【……ロナルドくんにも?】と小首を傾げた。さすが現役No.1退治人。あざとい動きだ。妙な感心をしながら、口を開く。
「そんなの、当たり前ですよ」
 こんなこと、彼は一生知らなくていいことだ。こんな、つまらない話。

     ∞

 深夜未明に大量発生した吸血ヒトデの捕獲が終わるころには、すっかり朝になっていた。総合監督官も参戦し、いざ新横浜ヒトデブーメラン大会開催――!
 というタイミングでVRCがサンプル回収にきたので、大会は呆気なく消滅し、解散となった。
「じゃ、帰ろうぜ」
 ロナルド――ヒデくんから、手を差し伸べられる。
 大気が日差しを散乱させ、緩やかに夜を解く。彩雲をたなびかせた空がぼんやり光り、背後の薄明が銀糸をふんわりと照らした。眦の蕩けた碧眼を燦然と輝かせる。
 暁を背負うヒデくんは、目に染みるほど鮮烈に美しくて、私は胸が締め付けられた。
 恋い焦がれた青。ドス暗い恨みをぶつけた青。掴むことなどできないと諦めた青。
 それが今、こんなにも近くで、私だけに注がれている。
「うん、帰ろう」
 身体の中心から幸福が湧き上がってくる。溢れた蜂蜜のような幸福はあっという間に全身を満たし、自然と頬が綻んでいた。私は笑い返しながら、なんの躊躇いも葛藤も抱かず、まっさらな気持ちで手を重ねる。ヒデくんの手を握れば、彼は幸せを噛み締めるように、ゆっくり瞬きを落とした。
 
 道筋の見えない未来に対する不安は、まだ少しだけある。

 けれど手を繋いだ私たちへ腕を広げているのは、そんなちっぽけな怯懦なんかでは蔭ったりしない、どこまでも澄み渡る朝だった。


 これまで見た中で最も美しい、かけがえのない朝だった。
 
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