寝てない人
ガーデニングをするために甲板へ上がったロビンは、みかん畑の木陰にいた二人をみて、「まあ」と笑った。
「楽しそう」
「冗談。助けてください」
木陰で座るナツは両手をあげて降参のポーズを取ったが、ロビンは微笑むだけだった。困り果てているナツをスルーして、設置されている椅子へ腰掛けて見物の姿勢へと入った。テーブルにゆったりと肘をつき、瞳を緩めて二人を見つめる。
「相変わらず仲良しね」
「ちがう、断じて。起きたらこうだっただけ。私は許可してない」
硬い顔でそう言うナツの膝には、ぐうぐういびきをかいて眠っているルフィの頭が鎮座していた。ナツがうたた寝しているところにルフィが押しかけ、流れでルフィも寝てしまったらしい。
「ルフィは本当にあなたのことが好きなのね」
「そっっっ、うかなぁ……?」
「あら、でなきゃキスなんてしないでしょう?」
ナツの体がびくりと縦に跳ねた。顔を青くさせて、ロビンへぎこちなく瞳を回す。
「え、エッ? な、なに――はい? 何の話?」
ロビンは柔和な微笑みを湛えたまま、黙って片手を上げた。白く柔らかそうな手のひらに、耳と目が生える。その意味をすぐさま悟ったナツは、口端を引き攣らせてしばらくワナワナ震え、やがてがっくりと脱力した。
「趣味がよろしくない」
「そう? でも誰にも言ってないわ」
「そりゃご親切なことで」
当たり前だよと恨みがましそうな目をするナツを見ながら、ロビンは顎へと指先を添えた。
傍から――ロビンから見て、ルフィとナツはなかなかお似合いのように映っていた。ナツと話す時、ルフィは少しだけ声を潜める。ナツが声を荒らげたりする気性ではないからだろう。
ひそひそ話をするように言葉を交わしあい、普段よりずっと落ち着いた笑い声と控えめな笑い声を一つにして、穏やかな波風に溶かす。そうやってみかん畑で静かに繰り広げられる二人の姿を見るのは、ロビンの密かなお気に入りだった。
「ルフィはいい人よ」
「それは重々存じております。……いやでも、やっぱ年下はなぁ……私、五歳下の弟がいるんだよね」
「ああ……」
さすがのロビンでも、これには『ああ……』以外言うことがない。ロビンに兄弟はいないけれど、たしかにそういった事情があれば、年下、それもぴったり同じ年齢差の相手を恋愛対象にしづらい気持ちはなんとなく分かった。
「……ねえ、例えばの話なんだけど」
言葉を選びながらのロビンの切り出しに、ナツは首を傾げて続きを待った。
「(余計なお世話だとは、わかっているけれど)」
天真爛漫なルフィがナツに対しては無意識の内にみせる遠慮や気遣いは、彼の破天荒ぶりを知ってる船員からすると意外だったし、なによりいじらし過ぎて、なんなら見てる周りの方が本人たちよりずっと照れ臭く感じるくらいだった。
世界で一番信頼できる少年と、期せずして境遇を共にすることになったお気に入りのナツが一緒になってくれたら、『私』が嬉しい。
自分勝手とは思いながらも、ロビンはそんな気持ちから、ほんの少しお節介を焼きたくなってしまった。
「私やフランキーが年下の子を好きになったとしたら、あなたは私たちを軽蔑する?」
「まさか! 恋愛は自由だよ!」
元気な肯定とともに向けられたのは、花が咲いたように明るい笑顔。しかしたったそれだけでロビンは自分の選択ミスを悟った。静かに後悔するロビンを他所に、ナツはルフィの髪の中へそっと手を差し込んだ。
「でも人は人、私は私なので」
ルフィの頭をそっと持ち上げ、自身の膝から床へゆっくり慎重に、間違っても起こすことはないようにと丁寧におろす。起きる様子を見せなかったルフィに、ナツはほっと安堵の息を吐いて、立ち上がった。
「それに私、年上が好きなんだよね!」
「……そう」
そうだった。このナツは、事勿れ主義にみえて、存外頑なな質なのだった。ひたすら自分を『お荷物』と称していた――過去形にするにはまだ早いかもしれないが――ことを、ロビンはすっかり失念していた。
とにかく、ロビンはもうこれ以上余計なことは言うまいと、スカートの裾を翻して下へと降りていったナツを、笑顔で見送った。
ナツのあとを追っていくように吹き抜けた風が鎮まった頃、ロビンは知らず詰めていた息をそっと吐いた。
「……なかなか長期戦になりそうね、ルフィ?」
当たり前みたいに呼びかけられたルフィは、一瞬びくりと体を跳ねさせてからそろりと瞼を持ち上げた。ロビンからの生暖かい眼差しを受け、居心地悪そうに顔を顰めてから、黙ったままもう一度、ギュッと固く目を瞑る。ゴロンと寝転がって仰向けになってから再びぱちりと開眼したルフィは、高い秋空を睨みつけた。
「……負けねェ!」
ルフィはバネで背中を押されたような動きで飛び跳ねて起き上がる。「ナツ〜!」と声高に口にしながら下の甲板へと降りていった。
下で騒ぐ声をBGMに立ち上がったロビンは、花壇の端に置いていたジョウロを手に取り、揺れる桃色の蕾たちへと水を注ぐ。
どうか咲き誇りますように。この花も、彼の恋も。
「……なんて、今のはちょっと少女じみすぎてたかしら」
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