スネイプは生徒を二人一組にして、おできを治す簡単な薬を調合させた。干しイラクサの盛り方がなってないだの、蛇の牙の砕き方が粗雑だのと、マルフォイ以外の全員がなんらかの注意を受けていた。授業が中断されたのは、ネビルが大鍋を溶かし捻れた小さな鉄の塊にしてしまってからだ。
「ばか者め! おおかた、大鍋を火から降ろさないうちに、山嵐の針を入れたのだな?」
顔面をおできだらけにしたネビルがしくしく泣く。スネイプはそんなネビルを無慈悲にも一点減点し、医務室へ連れていくようシェーマスに言いつけてから、次にハリーを見た。
「針を入れてはいけないとなぜ言わなかった? 彼が間違えば、自分のほうが評価されると考えたな? 実に浅はかだ。グリフィンドールはもう一点減点」
「なんですって?!」
ヴァイオラが金切り声を上げる。ハリーはネビルの隣で作業をしていただけだった。ネビルと同じペアでもない。理不尽な言いがかりに、ハリーも言い返そうとした。しかしロンが大鍋の陰でハリーを小突く。
「やめたほうがいい。スネイプはものすごく意地悪になるって、みんなが言ってるよ」
ハリーはグッと唇を噛んだ。グリフィンドールの点を引かれてしまったという負い目があった。これ以上ひどいことにはしたくない……。向こうの大鍋ではマルフォイが勝ち誇った顔をしていて、さらに腹が立った。
その時だった。スネイプの机の上に重ねられた羊皮紙の束や小物、そして大量の薬の瓶が、ガタガタ音を立てて一斉に床へと落ちて、教室中にけたたましい音をたてた。何瓶かは割れ、しゅうしゅう煙が上がっている。零れた薬液に触れたガラスが氷のようにみるみる溶けていく。何人かの生徒が怯えて叫ぶ。
「ピーブズ! 貴様だな!」
杖を一振りして綺麗にすると、スネイプは虚空へと怒鳴った。イタズラ好きのポルターガイストは姿を現さない。
「覚悟しておくことだ、血みどろ男爵に言いつけてやる」
スネイプは食い縛った歯の間から、地の底を這うような声を絞り出す。聞き慣れた声が鼻を鳴らす音が、ハリーの鼓膜を揺らした。
「減点されちゃったのは残念だったけどさ、でもハリー、きみすごかったぜ! きみが魔法薬学あんなに得意だなんて知らなかった――」
「たまたまだよ、ほんと、運が良かっただけ――それより先に大広間に行ってて。僕、ちょっとトイレ行ってくるから」
一時間後、地下牢の教室から出たハリーは、大階段の前で一度ロンと別れた。ヴァイオラと二人きりで話したかった。ヴァイオラも同じ気持ちだったらしく、人気のない場所に来るなり、ハリーが話しかける前に声をかけてきた。
「“血みどろ男爵に言いつけてやる”――ですって! アハハ、いい大人がなあに? 子どもみたい! 情けない!」
いい気味だわと高らかに笑うヴァイオラに、ハリーは確信した。
「じゃあやっぱりきみがやったんだね?」
「ええ、そうよ。なんか……できちゃった」
これまでヴァイオラはなんにも触れなかった。言わば姿の見えないゴーストだった。けれどホグワーツの魔力が、彼女になんらかの影響を及ぼしたらしい。
「じゃあ、なにか食べたりもできるかな?」
大広間から匂ってくる昼食の香りに、ハリーは期待して尋ねた。同じものを食べれたら、なんて素敵なことだろうとずっと前から考えていたのだ。
「うぅん。それは無理な気がする。お腹は空いてないもの」
「そっか……」
「ええ、ごめんね、ハリー。……でもこれって大成長よね? これでダドリーにも――と思ったけど、あいつらにやったらハリーのせいにされちゃうか」
ヴァイオラはガッカリそう言ってから、「残念だけどささやかな嫌がらせはスネイプとその他に留めておくことにするわ」とウキウキしたように続けた。
「ねえ、どうしてスネイプの質問に答えられたの?」
「だってあんなに読んだんだし。分かるわよ、そりゃあ」
ヴァイオラはさらりと如才なく言った。たしかに一度は二人で読んだし、そういえば魔法薬学の教科書は、ヴァイオラに強請られて他の本よりも多く捲った覚えがある。
「実はね、魔法薬学が一番楽しみだったの。やっぱり楽しかったし、私この授業が一番好きだわ。先生以外はね」
かくしてハリーは、魔法薬学で頼りになる片割れを手に入れた。
ハグリッドの小屋で出されたロックケーキはその名の通り歯が折れるくらい固かったが――美味しそうなふりをするハリーとロンを見て、ヴァイオラは「ものが食べれなくてよかった」と呟いた――、授業のことを話すのは楽しかった。
「スネイプのことは気にするな。スネイプは生徒という生徒をみんな嫌っちょる」
「でも僕のこと本当に憎んでるみたい」
「ばかな。なんで憎まなきゃならん?」
「……ハグリッドってうそが下手ねぇ」
さりげなくを装ってハリーの目を見ないようにしたハグリッドに、ヴァイオラは呆れた。ハリーはティーポット・カバーの下に一枚の紙切れが敷いてあるのに気付いた。「日刊預言者新聞」の切り抜きで、グリンゴッツの侵入事件についてだった。
「ハグリッド! グリンゴッツ侵入があったのは僕の誕生日だ! 僕たちがあそこにいる間に起きたのかもしれないよ!」
「うぅん、そうだったか?……おお、ほら、ロックケーキがまだ残っとるぞ」
もごもご言いながらハグリッドはロックケーキをすすめたが、ハリーは無視して記事を読み返した。受け取らなかったロックケーキは、お土産としてハリーとロンのポケットを重く沈ませた。
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「ホグワーツで物を動かせるようになって本当によかったわ」
ヴァイオラがしみじみ言った。
「ダドリーより最悪なやつがまさかこの世にいるなんてね」
ホグワーツに来て一ヶ月ほど経った。スリザリンとの合同授業は「魔法薬学」だけだったが、その少ない回数でもドラコ・マルフォイは、ハリー及びヴァイオラからのヘイトを着々と稼いでいた。
「私ももっと力をつけなきゃ……」
「頼りにしてるよ」
マルフォイは、“ハリーにちょっかいをかけるとなぜか周囲のものがめちゃくちゃに飛んでくる”ことを最近学びだしていて、離れた場所からの嫌がらせに注力するようになっていた。ヴァイオラはハリーの周辺から遠く離れることはできないので、マルフォイを遥か遠くへ飛ばすとか、マルフォイの弱味を握るためにスリザリン寮へスパイしに行ったりはできない。最近の彼女はなかなかに歯痒い思いをしているようだった。
グリフィンドールの談話室の掲示板に「飛行訓練のお知らせ」が出たのは、そんな折だった。スリザリンとの合同という文字を見て、多くの生徒ががっくりした。ハリーもそのうちの一人だったが、意外にもヴァイオラは穏やかだった。
「大丈夫よ、だって私はハリーの傍にいるのよ」
「それが?」
「飛行術でちょっかいをかけるなら、箒に乗って近付いてこなきゃいけないでしょう? つまり――そういうことよ」
ヴァイオラは明言しなかった。物騒なことを企んでることは分かったが、ハリーはもしものときは彼女の案に託してしまおうと決めた。
飛行訓練は楽しみでもあったが、マルフォイの存在はとことん憂鬱だった。ピッチに転がって草まみれになる自分、腹を抱えて笑うマルフォイ。嫌な想像ばかりがハリーの中で膨らむ。ここでもヴァイオラは余裕だった。
「ハリーなら上手に決まってるわ」
「どうしてそんなことが分かるの?」
「そりゃあ、うふふ、だって分かるんですもの」
ハリーがいくら尋ねても、ヴァイオラはクスクス笑うだけで教えてくれなかった。
「父さんはクィディッチ選手だった!」
マクゴナガル先生と、グリフィンドール・チームのキャプテンであるオリバー・ウッドと別れたハリーは、興奮気味に話した。相手はもちろんヴァイオラだ。
「ねえ、知ってた? ヴァイオラ!」
「いいえ、知らなかったわ」
「そうだよね。それに僕、退学にもならないって……百年ぶりの最年少シーカーになれるかもしれないって!」
「よかったわね」
有頂天になっているハリーへ、ヴァイオラは少々困惑していた。
「そりゃ上手くいくだろうと信じてたけど……まさかこんないい具合に進むなんて、さすがに予想外だったわ」
ヴァイオラは「ハリー、あなたって本当にすごい子ね」と困ったような口ぶりで褒めた。