エピローグ10.5



 ネビルは激怒した。
 必ず、かの親友が抱えた有り得ざる哀しみを除かなければならぬと決意した。ネビルには恋愛がわからぬ。ネビルは、かつて平凡な一学徒であった。グラップホーンの角笛を吹き、セストラルと遊んで過ごしていた。
 けれども親友の不幸に対しては、人一倍に敏感であった。


 エレナ・ワイアットに関することでネビル・ロングボトムが知らないことはない。
 とは、学生時代から散々言われてきたことであり、傍から見ればそれは概ね正しいように思えた。しかしそれは誤りだ。エレナは存外に秘密主義である。ネビルも基本的にはそれを良しとしてきた。辛くなり、耐えきれない時にはきっと自分の存在を思い出してくれるに違いないという信頼の下での受容であった。

 自身のこうした行いをネビルは今日ほど後悔したことはない。居心地悪げにポツポツ歯切れ悪く、しかし言い訳だけはふんだんに交えて仔細を語るエレナを見ながら、ネビルは深い悔恨に苛まれていた。



 エレナ・ワイアットに関することでネビル・ロングボトムが知らないことはない。
 これは誤りである。しかしそれと同時に、やはり概ね正しくもあった。
 ネビルは自分を長らく敵視していたドラコ・マルフォイが、エレナによって一命を取り留めた事実を知っていた。これはハリー・ポッターが公衆にて行った暴露により、魔法界の大多数が知ることである。ネビルの知り得ている情報は、ドラコ・マルフォイが生きているのはエレナ・ワイアットに関する記憶を犠牲にしたものだという実情にまで及んでいた。繰り返すが、エレナ・ワイアットに関することでネビル・ロングボトムが知らないことはないのである。概ねは。
 なぜそれを知り得たか。エレナが話したからだろうか。無論、違う。ネビルはハリーの暴露よりも先にエレナから直接その事情を耳にしていたが、ネビルが聞いたのは「ドラコがヴォルデモートの蛇に襲われたところを救った」という箇所のみだ。詳細は、その場に居合わせたというハーマイオニー・グレンジャーが、終戦してしばらく経った頃に教えてくれた。ネビルの次にエレナに詳しいのが彼女である。
 ハーマイオニーはその博識さをもってして、エレナが用いた魔法薬の効能を事細かに語ってくれた。ネビルは当然、内密にされていたという事実に傷付き悲しんだし、その時も今と同じだけ激しい怒りを覚えた。とはいえ怒りの矛先は、八、否九割ドラコ・マルフォイへ向けられていた。助けられたくせしてなにを忘れてるんだ、と。あんなにエレナへ執着してことある事に親友である自分へイチャモンをつけてきたねちっこいだけが取り柄の意気地無しの男が、たかが薬を一口二口舐めた程度でいとも簡単にその命の恩人の名すら忘れるほどに記憶を失った事実が――あまつさえ、忘れ去られた哀しみを誰へも打ち明けられないでいるエレナのことまで知らないで、ただのうのうと息をしていることがなによりも許せなかった。飛び火に近い。というか第三者が見れば完全なる飛び火の理不尽な怒りだったが、それでも基本的に親友ファーストのネビルには関係のないことだった。

 そう、親友ファーストなのである。故に、親友が自分へ口を閉ざすと決めたなら、ネビルは待とうと決めた。いずれ話すことができるようになるその日まで、いつまでも寄り添う覚悟と決意を胸に秘めていた。

 ――それが、こんな形で。
 
 何故いるお前。
 という感情をあちらも同様に抱いていることは、瞳を見ればすぐに読み取れた。嫌悪感で音なく顔が歪む。相手も、やはり同じ挙動をしていた。この記憶のない厚顔無恥な男は、エレナの前だからといって随分と分厚い猫を被っているらしかった。
 挙動不審のエレナに一応は話を合わせドラコをさっさと追い返し、それから教わったばかりの尋問方を実践し、そうしてエレナから吐き出させた事実にネビルは愕然として――冒頭である。

 エレナがドラコの記憶を取り戻させるつもりがない事は、火を見るよりも明らかだった。さらに加えて分かったことは、エレナにはドラコとの仲を恋愛関係にまで発展させるつもりが少しもなく、どころか機を見計らってドラコの人生から静かに退場しようとしている――ということだった。エレナは決してそれを明言はしなかったが、ネビルは気付いた。気付いた時、それは無理があるだろう、と一周まわって笑いたくなった。自身の存在の影響力を理解していないにも程がある。もっと早くから矯正させるべきだった。自身の行動の遅さに、ネビルは歯軋りをした。

 記憶のないままに関わりを持つこと。それから、生涯ただの友人として振る舞うこと。
 これらの事実がエレナの心をどれだけ傷付けるかを、ネビルはエレナ自身よりもずっと正確に把握していた。


 一度あっさり退場したくせに、まだエレナの人生へ踏み込むつもりでいる。なんの覚悟もなしに好き勝手踏み荒らそうとしている――そしてエレナは、それを良しとし望んでいる!


 ネビルは激怒していた。
 知らぬ顔で親友を食い潰そうとしているドラコ・マルフォイと、どこまでも自身を平気でないがしろにするエレナ・ワイアットへ対し、激しく、怒っていた。堪忍袋の緒が切れた。

 



 エレナ泣く泣くの懇願もあり、ファッジを五キロだけ持ち帰った翌日。
 魔法省に出勤したネビルは、自身のデスクにて未だ収まらぬ猛烈な怒りとともに考えていた。

 この事態を知らせるべきは、果たして誰か。

 思案を巡らせつつ袋に詰めた五キロのファッジをダンベルのように持って上げ下げし、鬼の形相で壁の染みを一心不乱に見つめる。それは異様な光景だったが、異様な光景すぎて誰も話し掛けなかった。

 暫し一人でそうして考え、ネビルはやがて最適解に行き着いた。
 その人物へ連絡を取るため、ファッジを置いて代わりに羽根ペンを手にする。ダンベルを持っていたおかげかはたまた素晴らしいアイデアのおかげか、ともかくネビルの腕はスルスルと淀みなく動き、手紙はあっという間に書き終わった。最後にきっちり封蝋をして、満足気にニッコリとする。
 ネビルは手紙を出すために立ち上がり、すれ違いざまにたった今出勤してきた寝癖だらけのロナルド・ウィーズリーへファッジを袋ごと渡し、足取り軽く本部を後にした。


 かつての敵は今日の友。
 であるように、かつての友が今日の敵であるのは、また道理のことだった。
 当然、ドラコ・マルフォイのことではない。ネビルにとってドラコは友などではなく、ただのライバルだ。取るに足らない、単なるライバルに過ぎなかった。
 

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