『パラレルワールドだって抱き締めて』A



 ドラコは自身の名前を口にしたあとに、『自分だけ名乗るなんておかしい』とハッとした。そもそもお前は誰なんだ、とギャンギャン噛み付くドラコに、女はなんの躊躇もみせず「エレナ・ワイアット」と名乗りを上げた。その従順さに虚をつかれ、ドラコは抗議のために開けていた口をその形のままにしてポカンと固まる。

「……英霊、サーヴァントって真名とか隠すものなんじゃないのか?」
「普通ならね。私は特例っていうか──あっでも隠してるほうがやっぱり“ぽい”よね? じゃあ今の忘れて。アーチャーって呼んで!」

 期待した顔で見つめられ、ドラコはつい困って押し黙る。名前で呼ぶのも、言われた通り『アーチャー』と呼ぶのもなんとなく癪だった。ならばいっそ『サーヴァント』と呼ぶのはどうか、と思ったがこんな英雄の出涸らしみたいなやつをそう呼ぶのも、やっぱり気に食わない。

 ……まあ、わざわざ呼ぶ必要もないか。冷静になってみれば、こんなこと悩まなくてよかったな。無駄なことを考えていた自分に、ドラコはやれやれと首を横に振った。

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「お前のことを調べた」

 聖杯とは無縁のはずの魔法使いのドラコ・マルフォイが謎のサーヴァント『エレナ・ワイアット』を召喚して数日。ドラコはたった数日でこの家に馴染みきったふてぶてしい女を仁王立ちで睨む。女はどこから調達してきたのか色とりどりのケーキと紅茶を中庭の丸テーブルいっぱいに並べ、一人で勝手にお茶会を開いていた。小さなマスターから糾弾するような声音と視線を向けられた女は、フルーツタルトにフォークを刺したばかりの体勢で固まる。ドラコはそのきょとんとした顔にまたイラッとした。なんだそのケーキは。どこから持ってきたんだ。自由すぎる。

 そもそも、サーヴァントというなら、せめてマスターを誘う素振りをみせるくらいしてみせたらどうだ、とドラコの神経は尚更ささくれだった。いや、別に、誘われたって参加はしないけれど。ただあんまり執拗いようなら、ケーキ一つと紅茶一杯分くらいなら付き合ってやらなくもない。ちょうど甘いものが食べたい気分だったし。気が利かないやつめ。ドラコはむっつりとそんなことを思う。
 しかし口にださないのでそんな思惑が女に伝わることもなかった。それに女に至っては『マスターってばいつもイライラしてんな』くらいに考えている。『しばらくカルシウム豊富なメニューを中心にしてもらうよう、ドリーに頼んでようかな』なんて慮られているなど、ドラコはもちろん知らない。マスターの心サーヴァント知らず。そしてその逆もまた然りだった。


 この女はドラコの両親──特に父親のルシウス──をなぜか毛嫌いしている節があり、彼らの前に姿を現すことはなかった。ドラコの左手に刻み込まれた『令呪』を、自身の魔力を使ってまでしてきれいさっぱり隠し、己の存在が絶対彼らに露見しないよう、徹底的に避けていた。
 けれどそんな有様なくせに、このサーヴァントはたった数日でいったいなにをどうやったのか、マルフォイ家に仕えるハウスエルフのドリーとはやたら仲良くなっている。おかしい、屋敷しもべ妖精は家の主人に忠実なのではなかったのだろうか。常ならばこの不審者ともいえる存在を叩き出しているはずなのに。使い魔シンパシーだろうか。そこまで考えてドラコはしまった、と苦虫を噛み潰したような顔になる。くだらない思考をしてしまった。ここ数日、女のことをずっと考えていたせいかもしれない。馬鹿がうつったじゃないか。ドラコは腹立だしさから舌打ちした。

 舌打ちが自分に対して打たれたと思ったのか、女は神妙な顔を作って「お聞きしましょうマスター」と姿勢を正す。フォークをやっと皿の上に置いた。

「結論から言うと、『エレナ・ワイアット』なんて英雄はこの世界に存在しない」
「……ほうほう」
「調べられる限り調べたし、ハウスエルフを魔法図書館に派遣して『エレナ・ワイアット』に関する文献があるかどうかを徹底的に調べさせた」
「うわ、ドリーにそんなことまでさせてたの?」

 女は顔を顰めて「過剰労働だよ」と非難した。その責め立てるような視線に、ドラコはう、と声を詰まらせる。そんなことない、これがハウスエルフの普通の使い方だ。友だちのように接してるお前が変なんだ。そう思うけれど、なかなか言葉にできない。今考えたことを全て口にしたら、なんとなく叱られるような気がした。決して怒られるのが嫌なわけじゃない。だってそれじゃ僕がこの頭の足りない女を恐れてるみたいじゃないか。ただ──そう、不愉快だから。僕は仮にもマスターであるというのに、使い魔のサーヴァントに怒られることを面白く思えないのは当たり前だ。だから、余計なことは言わないでおこう。

「と──とにかく、なかったんだ。お前に関する資料なんて、一つも」

 気まずさを振り払い、ドラコは「つまり」と息を吸い込んで、びしっと女に人差し指を突き付けた。

「お前は『サーヴァント』じゃない!」
「あー、なるほど……」

 自分の理論の完璧さを信じ、勝ち誇った笑みを浮かべるドラコに、エレナは苦い顔をしながら、ドラコの人差し指をやんわり掴んで手を下げた。ちょっと思案したのち、「座ったら?」と目で自身の反対側の椅子を見遣って訊いてくる。たしかに、サーヴァントが座ってマスターが立っているというのもおかしな状況だ。

 そう思ったが、ドラコの口は自然と曲がっていた。これは怒っているというわけではなく、『ちょっとやだな』という気持ちになっているだけである。中庭のテーブルと椅子は、八歳のドラコにはまだ少し大きくて、座ると足がぶらつくのであまり好きじゃなかった。座ったあとは自分じゃ椅子の位置を調節できないから、テーブルも少し遠くなるし。普段ならハウスエルフが押してくれるが、わざわざ呼び立てるのもいやだ。一人で椅子に座ることもできないのかと、この女に笑われるかもしれない。ドラコはそれを想像しただけで悔しくなり、おでこのあたりが熱くなったのを感じた。少し俯いて唇を噛む。
 そんなドラコの様子になにを思ったのか、女が立ち上がった。

「失礼しますよー、マスター」
「は……えっ、な、なんだよ! なにするんだ!」

 ドラコの背後に回った女はドラコの脇に手を入れ、猫かなにかのように抱き上げた。後ろからふわりと花のような香りが薫ってくる。嗅いだことない香りだ、なんの花だろうとドラコは一瞬惚けてしまったが、すぐ状況に気付いて「離せ!」と叫んで足をジタバタさせる。そんなドラコの抵抗をものともせず、女はドラコをテーブルの反対側へと運び、ひょいと大きな椅子に座らせた。すぐに背もたれが押され、テーブルからもちょうどよい近さになる。

「……、……べつに、頼んでない」
「ええ、勝手にしました。ケーキどれ食べます?」
「……チーズケーキ」
「あーい」

 ふざけた返事をしながら、女は一切れサーブして、ケーキをのせた皿をドラコの前に置いた。その横では、宙に浮いたポットが注ぎ口から紅いリボンを伸ばす。紅茶を注がれたカップは、白い湯気が立ち上らせながらふわふわと移動し、チーズケーキの皿の隣にお行儀よくついた。

「……」
「……」

 カチャと小さな音をたて、女は今度こそフルーツタルトを口に運んだ。チチ、とどこからか小鳥の囀りが聴こえる。女の様子を伺いながら、ドラコは紅茶を一口含んだ。紅茶独特の芳醇な香りが口に広がる。熱いまま呑み下せば、体の芯までポカポカ温まった。へえ、と。なかなか悪くない、と。ドラコは尊大な評価を下す。もちろん口にはださなかった。

 ドラコはチーズケーキをもぐ、と咀嚼しながら考えた。こいつ、話を逸らすつもりなのだろうか。そう簡単に流されてなんかやらないぞ、とドラコは固く決意する。しばらくそんな険しい顔をして、ドラコが黙ってチーズケーキを食していると、女が、「別に、誤魔化そうとしてるわけじゃないからね」と念を押した。心を読まれたのか、と慄いてドラコはぴしりと硬直する。女は苦笑した。読んでなんかいない、けど、顔に出てるから。素直なところは変わってない、と懐かしさを覚えながらも、女は自身について説明するための言葉を探した。

「いや、あー……これ説明がむつかしいなあ。どこまで言っていいのかな……」
「全部だろ。僕はマスターだぞ」
「お、令呪使っちゃう?」
「……使わないと、話さないのか」

 ドラコのぽつんとした呟きに女は目を瞬かせた。けれどすぐに破顔する。ああ、またあの瞳だ。緩む黒い目を真正面から受けてしまい、ドラコは落ち着いていられない心地になって、思わず縮こまるようにつま先を丸めた。五メートルくらい離れてほしいのに、今は机たったの一つ分しか距離がない。

「そんなことないよ」
「……だったら」
「うん、ちゃんと話す。それじゃ、私もマスターにならって結論から言うね──たしかにあなたの言う通り、『エレナ・ワイアット』はこの世に存在しない」

 迷いなく言い切った女に、心臓に重たい鎖を巻き付けられたように、ドラコの気持ちは落ち込んだ。じゃあ、この女は、やっぱり『サーヴァント』じゃなかったんだ。唐突に世の中のなにもかもがつまらないものだというやけくそな気分になる。温かく美味しかった紅茶も今では冷めきって不味そうに見えた。やっぱりうそだったんだ、騙された。別にはなから信じちゃいなかったけれど。


 さて、結局のところなにが目的だったのかは不明だが、杜撰な計画をあっさり是認したこの女は、きっとさぞ申し訳ないという顔をしているのだろう。謝罪の言葉、それから弁解の一つくらいなら聞いてやらないでもない。ドラコはそう思って顔を上げた。女は、ドラコの落胆を予想通りとでもいいたげな顔でにやにやと含み笑いをしている。

「でもねマスター。ここで『じゃあエレナ・ワイアットはサーヴァントじゃないんだ!』なんて思ってしまうのなら、それはちょっと見通しが甘いと言わざるを得ないね」
「……どういうことだ」
「私はね、さっきマスター自身が結論づけたとおりの存在──『この世界に“は”存在しない英雄』なんだよね」
「──なんだって?」
「まあ別にこういうケースが全くないわけじゃないよ。私はまだお目にかかったことないけど、たしか赤い弓兵さんは別世界の未来の英雄として召喚されてたし──アッ私もあの台詞言えばよかった……いやでも私って別に“最強のカード”では全然ないし……?」

 こいつ、すぐ話が飛ぶの、どうにかならないのだろうか。ドラコの眉間に濃いシワができる。一番嫌なのはこの無茶苦茶さに慣れつつある自分だった。

「あれ、よく考えたら私もあの人と結構似てる? 未来の英霊なんだもんね……?」
「……そうなのか? じゃあ、まだこの世界のどこかに若いお前がいるのか?」
「今だってピチピチやろがい──いやいないよ、この世界にはいません。言ったでしょ、別の世界だって」
「あ、そうか……」

 困り笑顔でとりなされ、ドラコは少し気恥しさを覚えた。目の前で話しているこの姿が未来のものというのなら、今どこかで生きてるかもしれないこいつは、もう少し自分と背丈も年齢も近いだろうから。そんな彼女と会えるのかもしれないという、そんな期待でつい逸ってしまった。

「そういえばお前、何歳なんだ」
「いくつに見えるぅ? ……って、そんな面倒くさそうな顔しないでよ! 十八ですー!」




▼以下 言い訳など

続いちゃったぁ……書きたいとこだけ書きました。こんな感じで絆レベルを十年かけて十五にしていくだけのお話が書きたいなあ。いやそれだと本編とタメはるくらいの長編になってしまう。キツ。でも楽しい。また時間を見つけて書きたいところだけ書いちゃお。
サーヴァントの現界の姿は全盛期とのことですが、お察しのとおりエレナは享年が全盛期でした。なんで死んじゃったかとかも色々考えてるけど、この世界のドラコたちにはもう関係ない話だから説明する機会なさそう。





▼以下 さらに(私だけが楽しい)サーヴァントエレナの設定
(ゲームのマテリアルに寄せてるのでけっこう設定練っちゃいました。夢主像壊したくない人は見ないで下さい。宝具と絆レベル1で開示される情報が載ってます)






【宝具決まりません】(Quick宝具かな?)(スキル強くしすぎちゃった……)

敵単体に超強力な攻撃&確率でスタン状態を付与&確率でチャージを減らす
とか??

[絆レベル1]
身長/体重:123cm/456kg
出典:(別世界の)史実?
地域:イギリス
属性:混沌・中庸 性別:女性
サーヴァントになってまで筋力がEなのには本人は納得がいってない模様。
 

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