1週間と4日目の彼



(プロローグ4以降のドラコの話です)

 謝れば許してやろう。

 そんなことを考えイライラとした気持ちのままベッドに潜り込んだのはつい昨日のことだ。
 

 というのに、あいつはまだ来ない!

 トントンと指先で腕を叩いてイライラと足を組み替えた。待ち合わせの時間はとっくのとうに過ぎている。この僕に二日連続で待ちぼうけを食らわせるさせるつもりか?! 

 なによりここでの休暇は今日で終わりだ。明日の朝にはもうここをたたなければならない。来年もここに来る保証なんてない。次会えるのはいつかも分からないのに。それに、今日は……。
 チラリと持ってきた紙袋を見遣る。気まぐれで用意した手土産を渡さぬままというのは、なんとなく収まりが悪い気がした。

(……仕方ないからもう少しだけ待ってやる)

 だから早く来い、エレナ。


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「(……さすがに遅すぎるな)」

 苛立ちがなりを潜める頃には陽がもう傾きはじめていた。初めて待ち合わせしたときでさえこんなに遅れなかったし、そもそもあれ以降遅刻なんてしたことなかった。……まさか、今日も来ないのだろうか? そう考えた途端貧乏揺すりがギクリと止まる。
 思わず座っていた小岩から腰を浮かせて立ち上がった。普段アイツが現れる方を見つめる。確かに昨日は来なかった。でも僕の滞在期間は伝えてあるから、会う機会は今日が最後と分かっているはず。忘れてはない、はずだ。伝えたとき何回も復唱していたし、そこの木にナイフで日付も刻んだんだ。忘れてることはないだろう……多分。

 ……たまには迎えに行ってみようか。アイツなしで動き回るのは花畑のとき以降で些か不安は残るが……ちょっと下るだけだから心配はないだろう。

「(……いや別に。会いたいわけではない。断じてない)」

 誰ともなく脳内で言い訳する。心配しているわけでもない。決して。ただ……そう、今日は渡すものがあるから。理由なんてそれだけだ。要するに単なる義務、それ以上の感情なんて持ち合わせていないとも。こんなの僕には必要ないものだからさっさと受け取ってもらわなくては困る。
 そう開き直って紙袋を抱えると、鬱蒼とした森の中へと足を踏み出した。

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 泥で汚れたローブの裾を忌々しく睨みつける。鋭い舌打ちが静まりかえった森の中に響いた。自分でたてた音のくせにそれすらも煩わしく感じる。夜を迎えた辺りはすっかり暗くなっていた。

 アイツを探して山を歩き始めてからもう何時間も経っていた。下って、集合場所に戻ってみて、また下ってと、何回繰り返したことだろうか。くそ、最悪だ。寒くなってきたし服は汚れるし脚はガチガチだし、なにより結局アイツは来なかったし。やっぱり非魔法族なんてろくでもないな。関わるんじゃなかった。

『また明日ね!』

「……嘘つきめ」

 紙袋にいれていた手紙の封を開いてムネモリアの押し花を貼り付けた栞を取り出す。ひんやりとした夜風がミントグリーンのリボンを小さく揺らした。あいつの目の色に良く似合うと思って選んだものだ。しかし冷たい月光に照らされたそれは、今は酷くみすぼらしくみえた。

『私の誕生日? 八月一日だよ』

「……誕生日だっていうから」

 『これをやるから少しくらい本を読め』と、そう言ってやろうと考えていた。その為にわざわざハウスエルフに花弁が色褪せないように魔法までかけさせた。ついでに動くカエルのチョコレートを見せて、脅かしてやるつもりだったんだ。驚きついでに頬をふくらませて怒るあいつに、適当に謝りながら魔法使いカードを見せようと。あいつは見たらきっと、瞳を輝かせて魅入るだろうと、そう思っていた。

 こんなもの、お前が喜ばないならなんの意味もないというのに。


 やるせない気持ちで栞を握り締める。いっそ捨ててやろうと腕を振り上げた。

『私今日のこと、一生忘れないよ』

 瞬間、そう言って心底幸せそうに笑ったあいつの姿が脳裏を過ぎる。

 力を込めすぎて白くなった拳を開いた。寄ってしまった皺に無性に虚しくなる。栞をできるだけ丁寧に伸ばして元通りにしようとしたが、衝動のままに力を込めてしまったからそう簡単には直らなそうだ。……まあいい。あとでハウスエルフに直させよう。



 しょうがないから、今はお前の『忘れない』って言葉を信じてやる。でも約束をすっぽかしたことは許せない。怒って、謝らせて、そしたら許してやるかもしれない。

 とにかく、お前が謝りに来るまで僕は忘れてなんかやらないからな。


 だから、いつかまた逢えたならそのときは────





「──なんで、お前が」
「……え?」

 まるで初対面かのような反応をするアイツと再会するのは、これからぴったり一ヶ月後の話だ。

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