足縛りとそれぞれの価値
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(【賢者の石 15】のドラコ視点になります)
「エレナ? どこまで行っちゃったの?」
「あ、ネビル……」
自身を呼ぶ声に、彼女はその意識を完全にそちらへと向けてしまった。呼び声の元へ向かおうと、彼女はすぐにその場を去ろうとする。
どうして、まだ僕と話している途中だろう。
そう引き留めようとした声は、動揺したせいか思いがけず小さなものになっていた。些か情けない声はこいつの耳には届かなかったようで、引き留めたかった思いとは裏腹に少しホッとしてしまう。いや別に聞こえてたら聞こえてたで構わないんだが。でもあんまり格好悪いところを見せるのも本意ではない。……いや別に相手がこいつだからとかではない。相手が誰だろうと本意ではないだけだ。まあ結局聞かれてなかったわけだが。不満やら安心するやらでなんだか複雑な気分だ。
「思い出し玉、拾ってくれてありがとう」
ひらりとその身を翻すと、彼女はふんわり微笑んだ。向けられた、少し"余所行き"の笑顔に思わず固まる。
お前がこの僕にそんな笑顔をするのか。
「またね」
なんの未練もみせず、彼女は軽やかな口調でそう告げる。僕は黙って去っていく背中を見送った。正確にいえば黙ってというより、あまりのことに言葉がでなかった、といったほうが適切だろう。自分が彼女にないがしろにされたこと、また『友達外』の笑顔をされたことに対し、自分でも信じられないくらい衝撃を受けていた。
一度は忘れようとした。だってアイツも忘れていたんだから。
僕だけがあの思い出を大事にしてるなんて不公平だ。そっちがそのつもりなら、こっちだってもう捨ててやる、と。
アイツがいけ好かないグリフィンドールに組み分けされたのもいい機会だと思った。馬鹿なポッターや貧乏なウィーズリー、間抜けなロングボトムと一緒くたにしてマグルのアイツのことも馬鹿にしてやる。そうすれば、もうアイツと友達だった過去なんてきっとどうでもよくなる。実際、クリスマスが終わるまで──つまり今日までは上手いことやっていた。あいつなんか、少し目につく程度でどうでもいい存在になりかけていたんだ。
栞や図鑑を贈ったのは、一重に手元にあっても邪魔だったからだ。こんなもの僕にはもう不要だ。そう、いうなれば在庫処理。あわよくば思い出せばいいなんて別に全然全く微塵たりとも思ってない。断じて。仮に心の奥底でほんの少し思っていたとしても、それは思い出してお前も少しは傷付けばいいという理由に過ぎなかったはずだ。
まあ思い出したところで僕はもうお前とは友達になんてなってやらないけどな! 縋ってきたって鼻で笑って袖にしてやる。けれど忘れていたことの謝罪くらいなら受け入れてやらないでもないが。
確かにそう思っていたのだ。アイツが馬鹿なことをいうまでは。
『叔父さんから貰った』?
グレンジャーなんかとお揃いにする?
「(どうしてそうなるんだ……!)」
思い出すどころか、トンチンカンなことばかりをよくもまあいけしゃあしゃあと。思い通りにいかず、イライラとした気持ちでつい自分から話し掛けてしまった。
『私の大事な友達のことそんなふうに言わないで』
特になにも考えず口にした言葉に返ってきたのは責めるような声。
『大事な友達』
そして分かりやすい愛想笑い。
結局、傷付いたのはまた僕だけだった。
は、と息を吐く。
「……バカバカしい」
『父上も』、なんだ? 僕は何を言うつもりだったんだ。その場の衝動と勢いに任せてとんでもないことをしでかそうとしていたのかもしれない。ああよかった、なにか訳の分からないことを口にする前で。そもそも引き留めようとしていたのも間違いだった。だって僕はもうアイツとは友達になんてならないし関わりあいになるつもりもないんだから。
そう思うとロングボトムの邪魔が入ったのも結果的には悪くなかっ──は? なんでロングボトム如きに邪魔されなきゃいけないんだ?
「ロコモーター モルティス」
「うわぁ?! いた、な、なに……?!」
「……ふん、いい格好じゃないか」
ロングボトムを待ち伏せ、図書館から出てきたところに呪文をかけた。足を縛られ、避けることもせず、顔面から倒れた傍に大量の本が散らばる。起き上がろうと芋虫のように必死で身体を動かすさまは実に惨めで情けなく、見ているとどんどん腹が立ってくる。こいつをからかってやれば気分が晴れるかと思ったがそうでもないな。むしろ胸のムカつきが増した気がする。
「う、呪文を解いてくれよ……」
「なんで僕がそんなことしなくちゃならないんだ」
鼻で笑えばロングボトムはその丸い顔をぐしゃぐしゃに歪めた。顔が真っ赤にして今にも泣き出しそうだ。その姿に嘆息する。なんてみっともないんだ。本当に──
「どうしてお前なんかがアイツと……」
「……え?」
怪訝そうなロングボトムの声にハッと我に返る。自分が口走ったことを思い出して舌打ちをした。こんな奴相手に何を言うつもりだったんだ、僕は。ロングボトムなんて張り合う価値もない──たかがアイツの『大事な友達』というだけだ。あんな奴、僕にはもうどうだっていいんだ。
無様に這いつくばっているロングボトムを見下ろし、転がすように胸を蹴り飛ばす。情けなく呻くのを嘲笑ってから背を向けた。
「これに懲りたら精々──……身の程を弁えることだな」
「僕、君が十人束になっても敵わないくらいの価値があるんだ」
へえ、ロングボトムにしては言葉を捻ったじゃないか。どうせポッターかウィーズリーの入れ知恵なんだろうな。的外れすぎて傑作という意味ではかなり笑えるジョークだ。なかなかやるじゃないかと笑いすぎで滲んできた涙を拭う。
「そうだ、ネビル、もっと言ってやれよ……」
「っ……マルフォイだって、僕の方が価値があるって分かってるんだろう? それこそ僕よりも」
笑いも涙も一気に止まった。こいつがあの日僕が言いかけた言葉の意味をしっかり汲み取っていることがわかったから。
不意に視界の端にきょとんとしたアイツの顔が映り込む。なにを言ってるか分からないという表情になぜだか無性に苛立ち、ギリと歯噛みした。
「──随分とおめでたい頭をしているようだな、ロングボトム」
僕が分かるお前の価値なんて、そんなものある訳がない。
そんなもの、あってたまるか。
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