誰が為の雪


《ノースディン》

 わざとじゃないのに、と雄弁に語る潤んだ瞳に溜息を吐く。
「遅れたくて遅れたわけじゃありません」
 むくれる女にかぶりを振る。そのくらい分かっていたし、常ならば『待つ時間すら幸せだ』くらい言ってやれる。しかしそうできなかったのは、遅刻してきたことが私の琴線に触れたわけではないからだ。
「なぜあんな人間にかまけていた」
「あんな……道を聞いてきた人のこと? だって、困ってたから」
 こんな寒い中立ち往生なんて可哀想でしょう、などと宣う女に怒りを通り越して呆れを覚える。路地裏に連れ込まれかけてまだ尚そんなことを言うのか。
「可哀想なのは私だろう。恋人が他所の男にばかり執心で」
「そんな言い方」
 あからさまに困った顔をする女に苛立ちが募る。大人げなく吹雪く風に、女は身を守るように自身の肩をきつく抱いた。小動物じみたそんな仕草すら、今は拒絶されているように感じて癪に障る。
「ノース、やめて、寒いです」
「はは、お嬢さんはそんな言葉一つで私が動くとお思いなのだな」
 愉快な事だと意地悪くせせら笑うと、女の眉がきゅっと気丈に持ち上がった。頬が餌をため込んだリスのように膨れている。なんと怒っているらしい。これには驚いた。なにせ彼女は、普段は控えめで、ヤマトナデシコ然としている女だった。
 呆気に取られていれば、不意にクラバットを掴まれ、首ごと引き寄せられる。頬に当たる鼻はそれこそ氷のように冷たかったが、しっとり湿る滑らかな唇だけは、たしかな熱を宿していた。
「愛してくれるのは嬉しいです。でも妙な嫉妬はやめてください」
「……すまなかった」
 口付け一つで簡単に機嫌の直った自身の単純さに、一瞬辟易とした気持ちが覗く。が、すぐに蓋をした。それより今は、情けない失態を挽回し、彼女の機嫌をとることが最優先だ。許しておくれと周囲の風を弱めながら、もう一度ぬくもりを乞うように口を寄せる。触れ合う直前、女が「あっ」と声を上げて唇を阻んだ。
「雪は降らせたままにしてください」
「なに?」
 すぐにでもやませるつもりだったのに。血潮が透け、林檎のように赤くなった白い頬を見遣る。さぞ寒かろうに、女はニコッと可愛らしく微笑んだ。
「だってホワイトクリスマス、素敵でしょ?」
 言わんとすることは分かる。しかしさっきまであんなに震えていたくせに。まったく、人間というものは、脆い身体でなぜこうも無茶をしようとするのだ。
 どことなく釈然としない気持ちだったが、私は、私のかわいらしい姫が望むがままに吹雪の威力を強めていく。冷たい雪が、静やかに聖夜の街を覆っていくように。女の鼻頭に白が落ちる。それはあっという間に熱でじゅわりと溶けた。そうしてはらはら散っていく風花たちを、「わあ、きれい」だなんて年端もゆかぬ少女のごとき純真さで見上げる女の後頭部をそっと撫でる。
 さあ、そろそろ二度目の口付けを許していただきたいものなんだが。どうやってこのお嬢さんの意識を再び私へ向かせたものか。


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