第十夜 ♡♡しましょう



 先に目が覚めたのは久しぶりだ。

 隣で寝入っているどらどらちゃんを見下ろす。ほぼ同時だったり、彼女が先に起きていたりばかりだった。……というか、こうして私が先に起きるのは最初以降初なのでは。相も変わらず白いだけの壁を、意味もなく茫然と眺める。
 不意に規則正しかった寝息が唸り声で途切れ、衣擦れの音がした。彼女の覚醒を察知したので、私は『準備』をするために布団からそっと抜け出す。

「……ああ……おは――なにやってんの?」
「大変申し訳ありませんでした」
「な、なにが?」

 困惑に対して謝罪を返す。私は三つ指をついて頭を深々と下げ、額をマットレスすれすれで止めていた。誠心誠意の土下座の意味は、無論つい昨日の暴挙に関してだ。自身の奇行を思い出しては血の気が波のように引いては押し寄せの繰り返しで眩暈がしてくる。彼女に合わせる顔がなかった。どうしてあんなことをしてしまったのか自分でも分からない。私はいったい、なんであんな暴走を……。あまつさえ最後なんか、もっと触れたいとか足りないとか思っ…………!

「ッ、ほ、ほんとうにごめんなさい……!!」
「だから何の話……」
「だ、だって、私、う……なんて、なんてはしたない……!」
「いや本当になに??」

 深い溜息を落とされ、ついビクリとさらに身を丸くさせてしまう。「よく分かんないけど」ぽんと肩に手を置かれた。

「とりあえず起きたら? カードきてるし」

 促すように肩を押され、私は渋々ながらもそれに従った。下がったままの視線がいつものカードを捉える。光る最初の指示も、いつも通りなお決まりのもの。俯く視野に、白い手のひらが差し込まれる。少し迷ってからのろのろと手を重ねた。

「……いや、これじゃだめでしょ」

 呆れたような声とともに、軽く触れ合ったまま彼女の手が慣れたようにするりと動き、あっという間に五指が絡んだ。手の甲を覆うどらどらちゃんの指の腹がいつになく熱い、気がする。ぴったり合わさった付け根からドクドクという脈を感じた。この恥ずかしくなるくらいの音は、きっと自分のもののはず。あんまり隙間なくくっついているものだから、鼓動の音さえも合わさっているようでなんだかいまいち判然としないけれど。

「ねえ、こっち見なよ」

 彼女の中指がトントンと私の手を叩いた。分かってる。見なきゃ始まらないし、終わらない。そんなことは分かっている。分かっているのに、私は繋がる手からなかなか視線を外すことができなかった。ああ、今日は爪塗ってないんだ、なんてどうでもいいことを考えて粘ってしまう。

「もう、いったいなに――……」

 焦れったそうに伸びてきた片手が、顎先に触れた。つい、と顔を上げさせられる。茹だっているであろう私の顔を見たどらどらちゃんは、何を思ったのか言葉を途絶えさせた。僅かに目を見張った後、彼女は軽く吹き出すようにして柔らかく口元を緩める。とろりと溶けた瞳に甘さを感じてしまって、きゅうっと胸が締め付けられた。

「まったく、前回の妙な余裕はどこいっちゃったんだ?」
「う……だって……」
「だってなに?」

 自分で言ったくせに続きが分からなくて口を噤む。子どもじみた三文字は、なにか言い訳しなきゃという焦燥に駆られてとりあえず口にしてみただけだったから。彼女は、そんな私の魂胆を見透かすようなニヤけ面を浮かべていた。機嫌の良さを示すように、添えられたままの彼女の指先が私の頬をすりすりと撫でる。それが擽ったくて肩を竦めた。

「ど、どらどらちゃん、手。手、はなして」
「ええ? でも手を繋ぎながら見つめ合うのが指示じゃないか」
「ちが、そっちの手じゃない」
「ああ、こっちのこと? うーん。どうしようかなぁ」

 そんなことを嘯きながら、彼女はあろうことかさらに手を押し込み、ついには私の頬を手のひらですっぽり包んだ。はなしてって言ったのに。言ったのに! 意地悪にも真逆のことをしてくる彼女に愕然としてしまい言葉がでない。私が呆けているのをいいことに、ほっそりとした指は耳朶を挟んだりにぎにぎと揉んだり、耳の裏を撫でたりして遊んでくる。ぞわぞわと目を瞑りたくなるような刺激に、思わず空いた手で彼女の手を掴んだ。

「ん? なにかね?」
「な、なにって……」

 声音と表情の白々しさに、逆になんと言ったらいいか分からなくなってしまった。これは仕返しなのかもしれない。冒頭の謝罪を正しく理解した彼女からの報復か。もしそうならば、私にこの戯れを拒絶する権利はない。耳の縁を軽く擦るような刺激にまた肩が跳ね、喉奥が引き攣った。へんな声がでてしまいそう。歯をきつく食い縛り、今にも溢れそうな声を堪える。どらどらちゃんは私の反応を楽しむように目を細めてじっとこちらを観察していた。視線にすらこそばゆさを感じて、でも逃げることはできないしで、閉塞感から息が上がる。色んな感情が込み上げていて、もうなんか泣きそうだ。

 次の指示にいきたい。もう早く。随分長く見つめ合ってる気がする。……そんなこともないのかな。分からない。でも、これ以上は耐えられない。愉しげな赤い目を見つめたまま、少しだけ顔を横にずらす。何をするつもりかとどらどらちゃんの顔が疑問で染まる中、私は彼女の手のひらに唇を押し付けた。つぶらな瞳が大きく見開かれ、耳にかけられた指がぴくりと動く。

「……も、ゆるして」

 勘弁してくれという情けない心情が如実に乗った、へろっへろの声で懇願する。どらどらちゃんの喉がこくりと上下した。「っ、きみさァ」どうしてか染まった頬が引き攣って、彼女独特の大きな牙が剥かれる。

「な、なに、まだ怒ってるの?」
「は? おこ、いや、怒ってはない、けど……」

 彼女は染まり上がった顔ではくはくと口を震わせたが、結局力なく口を閉じて引き結んだ。むっつりした顔が近付いてくる。避ける間もなく、口――の端っこをぬくもりが掠める。顔の輪郭をなぞるようにじりじりと手が離れていき、人差し指だけが残って唇へ触れた。「ここは」まだ息遣いと熱を感じる距離で、彼女は感情を抑えた声音で囁いた。

「まあその……あとでするから。いいね」
「わ、わかった」
「ん」

 有無を言わせない宣言に気圧され、こくこくと頷く。彼女は表情は変えず満足気に一度瞬きをしてから私の背へと手を回して、肩へと凭れるようにして額を擦りつけた。……ん? わかったではなくない……? あれわかったでいいのか? んん? グルグルと意識を囚われたまま、上の空でどらどらちゃんの頭を撫でる。あと、あとっていつ?

 彼女のいう『あと』とは、三回目のキスを指していたらしい。二回目のキスはお互いの頬、キスマークは鎖骨にと恙無く終え、顔を上げるなり呼吸を塞がれる。また前回のように繰り返し唇を押し付けられた。啄むような軽い口付けでも、何度も重ねられると段々息が苦しくなってくる。衝動的に彼女の剥き出しの肩へと手を置いてしまった。名残惜しげな響きをしたささやかな水音を最後に、熱が静かに離れていく。荒くなった息を逃がしながら、そろそろと瞼を持ち上げた。まだ睫毛が触れ合ってしまう距離にある彼女の瞳は熱っぽく潤み、うっすらと水膜が張られていて、もう口付けは止んだというのに胸が締め付けられてまた呼吸ができなくなる。

「……次の指示、なにかな」

 先に動いたのはどらどらちゃんだった。姿勢を正して首をキョロキョロと回し、大袈裟な仕草でカードを探している。一気に漂って空気の色が変わり、温度が下がったような気がして、急に寂しさを覚えるくらいの寒さを感じた。

「お! あったあっ……た……」
「……なに?」

 嬉々としていた声が窄んで消えた。固まってしまった彼女が持つカードを覗き込む。どらどらちゃんが沈黙してしまった理由はひと目で分かった。

「『♡♡しましょう』……?」

 ハートをする……。指示を見て自然と交差した人差し指と親指を胡乱に見る。これ? え? ここにきて急にそんな、写真でも撮るよみたいな……。わざわざ口同士のキスを強要してきたんだから、次はてっきり、なんというかもっとこう――。はたと不純で不埒な考えを抱いていた自分に気付き、顔が熱くなる。わ、わたしはいったい、なにを期待して。沸き起こる羞恥心――それから一脈の消沈を呑み込んで、無理やり笑う。

「これ、え、と……なんだろうね! こんな意味不明な指示――」
「……分からない?」
「え?」
「なにをするのか、本当に分からないかい?」

 いつになく静謐とした緋色の瞳に真っ直ぐ射抜かれる。その試すような、なにかを測ろうとしているような底の読めない眼差しに息詰まった。

「……わ、からない」
「……そっか」
「から」

 張り付いたように乾いてた喉からなんとか声を絞り出せば、落胆を宿して落ちかけていたどらどらちゃんの瞳が、弾かれたように上がる。

「お、おしえて、ほしい」

 どらどらちゃんに。

 震える指先で、長い袖を摘む。袖を伝って少しずつ手を下げ、彼女の手の上に自分のものを恐る恐る重ねた。目が溶けているみたいに熱くて視界がぐらぐらと揺れるのは、ろくに瞬きをしていないせいだろうか。それとも、なにか、他の感情からなのだろうか。正確な理由は自分でも分からないけれど、とにかく眦に涙が滲むのも構わず、刮目して黙し続けている彼女を見つめ続ける。

「――いいよ」

 吐息だけで紡がれたような声が耳朶を打つ。熱を持った指がぎゅっと絡みついてきた。

「私のかわいい恋人の、お望みのままに」

 囁きが終わると同時に唇が重なる。ただくっつけているだけなのに触れ合う唇は離れ難い心地いい温度をしていて、無限に柔らかくて、とっても気持ちよかった。そう、気持ちがいいのだ、この子とのキスは。一度そう認めてしまったら、もう誤魔化すことはできなかった。理性がサラサラと端から崩れていく。酸欠も相まってか、熱に浮かされたように頭がぼうっとしていた。

「……?」
「……」

 不意に結んでいた唇をぺろりと舐められ、緩慢に瞼を持ち上げる。至近距離のどらどらちゃんはじっとこちらを見つめていた。目が合うともう一度舐められる。確信はなかったが、なんとなく『そうしてくれ』と頼まれている気がして、私は困惑しながらも僅かに口を開けた。途端、隙間からぬるりと舌が入り込んできて、口内が彼女の舌でいっぱい――比喩ではなく本当に――になる。細かく凹凸した舌の表面が、窮屈そうにしながら上顎をずるりと撫でた。

「んんっ?!」

 し、舌なっが。

 口内に挿し込まれた舌に、熱いだとか恥ずかしいだとか、気持ちいいだとか。そういうことよりも真っ先に抱いたのは、そんな情緒のない感想だった。今は喉奥の手前を這っているけれど、これ、下手したら喉まで届いちゃうじゃ。にわかに恐ろしくなり身体が勝手に引いてしまう。けれどいつの間にか首裏へ回されていた手に動きを抑えられてしまった。細腕からは考えられないくらいしっかりした力が込められている。彼女の指先が、宥めるように項の辺りを撫でた。肩へ添えていたはずの手も、気が付くと隙間なく握られている。

「ふ、ァ……」

 長い舌が歯列や、口の天井、唇の裏などを好き勝手にくまなく巡り荒らす。その動きに、私は逐一震えたり、甘えた子犬のような声を上げたりしてしまった。散々暴れた彼女の舌が、私の舌を巻き込んで自身の口内へと戻っていく。されるがままに舌を伸ばせば、彼女の口の中でぢゅうと音を立てて吸われた。音と感触に驚いて舌を引っ込めようとするも、逃げた分だけ――いやむしろそれ以上に彼女の唇が食い付いてきて、はむはむと淡く挟んだり甘噛みされる。
 そうして強ばっていた舌を一通り解して満足したのか、やっと解放される。ふやけた舌を口内へ戻すと、溜まっていた唾が奥へと滑っていき、反射でしようとした嚥下のために喉が動いた。熱い液体が食道を流れていく感覚がはっきり分かって、体内からの刺激に溶けそうになる。快感を求めて行ったわけでない動きでさえ気持ちいいなんて、と自らの体の急激な変化が怖くなった。

「っ、はあ……」

 彼女の艶めいた吐息ののち、蜘蛛のような細い糸を引いて唇が離れていく。後頭部に回っていた手の引き寄せるような動きに従って、くったりした体を彼女へ預けて肩口へと頭を寄せた。小さな体に抱きかかえられたまま必死で呼吸を整えていれば、目の前にあった先程私がつけたキスマークに気付いてしまい、元々熱かった身体がさらに火照る。すぐそばから鼓膜を揺らすどらどらちゃんの呼吸も多少は乱れていたが、それでも私に比べたらかわいいものだ。慣れてるな、なんて思いながらそっと彼女を窺い、息を呑む。あからさまに物足りなそうな表情に見下ろされていて、心臓を絞られてるみたいな痛みを伴うくらいのときめきが胸に広がった。

 どらどらちゃんは一度目を瞑ってふーっと息を長く吐きだした。欲を意図して抑え込んだ顔付きになると、私の両肩を掴んで改めて私を見つめ返す。「あのさ」その一言でしっとりしていた空気が突然霧散し、深刻なものへと変化した。

「ここまで来て隠しておくのはさすがに不誠実だと思うので、もう白状させてほしいんですけど」
「はい」
「…………私、実は男で」

 下世話で不躾だとは分かっていたけど。しかしどうしても視線が彼女の身体へと動く。主に下腹部や胸部。これまで何度も抱き合ったけど、とてもあの、そんなふうな感触はしなかった、ような。胸だけの話じゃなく、触れる箇所はいつだって、そしてどこだって女の子特有の柔らかさをしていたかと……。露骨に当惑する私に、彼女は「あっいや!」と慌てた様子で声を上げた。

「体はあの、見ての通りの感じで男じゃないです。でもこの姿は本当の私の姿じゃなくて、あの……なんていったもんかな……エー、変身……、……いや、とはやっぱりちょっと違うし――え、どう言うのが正しいんだこれ……」
「……そっか、分かった」
「エッウソでしょ今ので分かったの?! なにが?!」

 要約すると、心だけ男の人、ということだろう。内容が内容なだけ、言い淀む気持ちも分かる。そういうセクシュアリティ的なデリケートな問題は他人――いくら『恋人』とはいえ――がどうこう言うことではないので、私もこれ以上深掘りはしない。大丈夫だよと伝えるつもりで微笑みを作った。

「え、えー……? まあ分かってくれたならいいか……――いいのか? ウーン、もういいか――。で、本題なんだけど。この事実を踏まえた上で、これから行うことに抵抗はないのかい?」
「ないよ」
「ワアいさぎよ〜。武士か。……ねえ、きみの恋愛対象ってもしかして女性だったりする?」

 予想外の質問に瞠目する。「答えたくなければ無視してくれても構わないよ。ただ、だから女同士でするってなってもあんまり動揺してないのかなって」と付け加えられ、少しだけ考えた。

「……ちがう、と思う」
「なら――」
「多分、どらどらちゃんだから」

 口にすると頭がスッキリする。性別がどうとかは、最初から私の意識にあまりかかっていなかった、気がする。彼女の手を両手で包む。先程までの熱さはどこへやら、その指先はすっかり冷えていた。

「どらどらちゃんだから、したいって思ったんだと思う」

 こうして『震えてしまうくらい怯えていること』をはっきり打ち明けてくれる、どらどらちゃんだからこそ、受け入れたいと思えたのだ。

 拒絶しないよ、大丈夫。だから安心してほしい。

 そんな気持ちで白魚のような手を持ち上げて指先に口付けを落とす。手にキスをするのは久しぶり……いや、さっきもしたけど。でもやっぱりなんだか懐かしいような気がした。「……よく」絞り出された掠れた呟きに目だけで彼女を見遣れば、額にうっすら青筋が走っていて硬直する。不自然に高く上がった口端は、ピクピクとひくついていた。

「よく言うよ。なにをするか分からないくせに」
「エッ、あ、う……それは――お、教えてくれるんでしょ?」
「ああ、もちろんだとも。この私が、やさしく丁寧にたっぷりと教えてあげようともさ」

 だから精々覚悟したまえよ、きみ。

 どらどらちゃんだから、いやじゃない。それは本当。うそじゃない。けれども底冷えして据わった瞳をいざ前にしてしまうと、どうしても一抹の後悔を覚えずにはいられなかった。

 ◇

 服を脱いで生まれた姿のままで抱き締め合いながら倒れるようにベッドに横になる。互いの鼓動が響きあったことでこれまで意識が向かなかった布の分厚さに気が付いて驚いた。
 どらどらちゃんの手や唇が肌の上を丹念に這い、触れられた先から皮膚が上気して湿っていく。与えられる刺激でどんどん体が敏感になっていった。彼女の黒髪が流れる感触にも腰が跳ねて背中が反ってしまう。彼女はそんな私の反応を気にも留めず、黙りこくっていた。集中している、といえば聞こえはいいが……むしろ『取り憑かれている』といったほうが正確な気がする。そんな虚ろさを伴った瞳だ。

「ッ、ね、どらどらちゃん」
「ん……なに……」
「もしかして、噛みたいの?」
「……はっ?」

 胸元に埋まっていた頭が一拍遅れてパッと上がる。「な、なんで?」どらどらちゃんは強ばった半笑いで質問を返してきた

「だって、ずっと噛みたそうにしてるから」

 唇でぐにぐに挟まれたりきつく吸われたりと、この短時間で首を中心に赤い痣がいくつも付けられた。それらは全て脈の上だ。加減が出来なくなってきているのか、ちょっとチクッとすることも増えてきたし。さっきなんてとうとう軽く歯を立てられた。牙は辛うじて当たらなかったけど……。私の惨状にやっと意識が及んだのか、彼女は顔をサッと白くさせた。

「ご、ごめ、これ、私、そんなつもりは……」
「いいよ、別に。……せっかくだし、吸う?」
「は……」

 噛みつきやすいように顔を横に向けて首を伸ばした。しかしどれだけ待っても空気は動かない。どらどらちゃんの方へと視線を戻せば、彼女は瞳孔を大きくして曝した首筋を凝視していた。半開きになった口から、カチンと一度歯の鳴る音がしたが、私の視線に気付くなり、すぐさま引き結ばれる。彼女は気を鎮めるようにひっそり息を吐くと、場違いに溌剌とした笑顔を咲かせた。

「ありがとう、嬉しいよ! でも今日は遠慮させてもらおうかな。そのお気持ちだけで、ほんと――」
「処女の生き血だよ?」
「それはまあ正直かなり惜し、待って、なぜそれを?!」
「『吸血鬼』でググッたらでてきた」

 私の世界では吸血鬼なんてフィクション以外では存在しない。なのでこの『処女の生き血を好む』という特徴は、どうも作品によって差異があるようだった。でも彼女はちゃんと(?)処女が好きなタイプの吸血鬼らしい。特に意味もなく守ってきた貞操だったが、それを嬉しく思う日が来ようとは。喜色満面で破顔すると、どらどらちゃんは罰が悪そうな顔をして顎を引いた。

「なんでそんなニッコニコなわけ……」
「んふふ……ほら、ねえ、私前に『機会があれば』って言ったでしょ? 今がその『機会』じゃないかって思うんだけど」
「それは――……いや、それは違うよ。いまは『機会』なんかじゃない」
「え……」
「だから、吸血はしないよ、絶対」

 さっきの慌てぶりが嘘みたいに、やたらきっぱり否定された。「まったく」どうしてと思ったのが顔にでてしまったのか、彼女が調子を取り戻してにやりと口角を上げる。

「吸血鬼心を解さない野暮な子だな」

 そんな無茶を言ってやれやれとかぶりを振ったどらどらちゃんは、顔を寄せて私の瞳を覗き込んでくる。瞳の奥でじりじりとちらついている熱にあてられ、呼吸を縫い止められた。

「今は、血よりなにより、きみだけに集中したいって言ってるんだよ」

 至近距離で視線を交わし、言葉なく唇を合わせる。触れるだけの長い口付けには、快感よりも安堵を覚えた。自分の唇がしっとり甘い気がする。吸血鬼の唾液にはなにか特別な成分でもあるのかな。それとも、私の気持ちの問題だろうか。心が満たされているから、なにもかもを甘くやさしく感じてしまうのだろうか。

「……女同士だと、男同士でのアレソレよりやや分かりづらいかもね」

 彼女の言う通り、男性同士での行為の方が想像がつきやすいのはたしかだ。「でもどらどらちゃんは経験あるよね」なんたって二百歳なんだもの。あったって別におかしくない。冷静に、ただの事実確認というつもりで聞いたはずだったのに、投げた声は思っていたより拗ねた響きをしていた。「ないよ」どらどらちゃんが困ったように苦笑する。

「えっ、本当に?」
「マジマジ。女性同士でなんてあるわけない……。ま、初めて同士、頑張ろうじゃないか」

 再開、そしていよいよ本番の合図とばかりに赤が蕩けるように歪む。私は返事の代わりにいつの間にか溜まっていた唾を飲み下した。




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