思えば初めて会った時からなまえに惹かれていたのかもしれない。
カルデアに来て間もない頃、何故かサンタに扮した我が王から最初に紹介されたのがなまえだった。
藤丸殿が人類最後のマスターと聞いていたので、他にもマスター適性者がいることには純粋に驚いた。異世界から来たという事情を聞いてさらに驚きもしたが、それに反して彼女は普通の、云ってしまえばどこにでもいる女性であった。
武術や魔術の腕もなければ、藤丸殿のように真っ直ぐな心根の強さもない。
―― けれど、その守るべき者を体現したかのような可憐さはガウェインには眩しいくらい鮮やかに記憶された。
なまえと直接交流する機会にはなかなか恵まれなかったが、ガウェインはずっと彼女を目で追っていた。
そうしている内に、彼女がふとした瞬間に寂しそうな、泣くのを必死に我慢しているような表情を浮かべているのに気が付いた。それは必ずといっていいほど、誰も彼女を見ていない時だけだった。
自分以外には、誰も。
最初そのことに、誰も知らない彼女を知っていることに僅かな優越感さえ感じていた。彼女との関わりが少なくても、彼女を一番に気にかけているのは自分だという自負さえあった。
けれど、それがどうしようもない誤り、いや幻想だと打ち崩されたのは忘れもしない、彼女の涙を見た夜だった。
夜明け前の一番暗い時間帯。
静まり返ったカルデアの、使われていない廊下。グランドオーダー開始時の事故で復旧が見送られたその場所は昼間でさえ誰も近寄らない。ガウェインとて、その夜、偶々目が冴えてしまいうろうろとしていなければ、気にも留めていなかったような場所だ。
だが、そこに人影が見えたような気がして静かに息をひそめて立ち入ったのは、今でも正解だと思っている。
雪が降り積もる外を望む大きな窓辺。
そこに寄る辺なく佇むなまえは祈るように外を隔てる硝子窓に手を当てて、寝間着であろう白いネグリジェに薄い色味のショールを掛けていた。その裾からは力を込めればたやすく折れてしまいそうな華奢な肢体が覗いていて、女性らしい曲線を帯びた躰をより一層、薄明りの中で白く揺らめくように浮かび上がらせていた。
少女とは言えない年齢ながら穢れない清らかな佇まいと、成熟した艶のあるその姿にガウェインは思わず息を呑んだ。
憂いに沈む瞳から、はらりはらりと舞い落ちる涙は荒々しく吹雪く外の雪とは対照的に、粉雪のように朧げな月明りの中で輝いていた。
―― ああ、なんと美しい。
泣いている彼女に対して不謹慎だが、ガウェインは心底そう思った。
夜明けの光が差し込みなまえがそこを去るまで、ぼんやりと熱に浮かされたように見惚れて、ただただ立ち尽くしていた。
いくら空気の読めないガウェインでさえ、もしもそのままなまえの前に姿を現せば彼女自身が壊れてしまいそうに思えたからだ。本当なら「どうして泣いているのです?」「貴女を傷つけたのは誰ですか?」と、優しくこの腕に抱きとめて、その涙を拭って差し上げたかった。
その静かに涙を流す様を、ガウェインは此処に現界している限り、いや座に戻ったとて、忘れられないだろう。
何より心から自分がその憂いや怯えを取り払いたいと願った、あの瞬間にガウェインはなまえへの想いをはっきりと自覚した。
だからこそ、誰にも譲れはしないと、彼女に唯一寄り添える者になりたいと行動に出たのだ。
※※※
「ごめんなさい。そう、云ってもらえるのは嬉しいけど、」
私は専属のサーヴァントをつくるつもりはない。
はっきりとそう告げれば、彼は引いてくれるだろう。このカルデアには、ある種逞しい女性ばかりなので優しい彼は放っておけなかっただけだ。今度は本音も交えて断りを入れる。
「それに貴方のような立派な英霊にふさわしいマスターには到底なれません。私は……、私は弱いから。情けないぐらいで、きっと藤丸君みたいな立場になったら、すぐに逃げだしてしまいます。そんな私では宝の持ち腐れもいいところで…」
「では、一人の男の願いとしてお聞きください」
言葉を遮って、ガウェインは強い眼差しで私をとらえる。
その瞳は見たこともない熱を帯びていたので私は黙って注意深く彼を見つめた。すると彼は恭しく私の手を取るとその甲にキスをした。
いつもの、騎士がする口づけ。
だがいつものようにそこで終わらず、私の手を返して、そこにも口づけを落とす。掌にキスを受けたことのない私が意味を図りかねて首を傾げていると、彼はふっと微笑んだ。
「貴女の一番、御傍に置いていただきたいのです。
どのようなかたちであれ、
……とまた誤魔化そうとするのは些かずるいですね。
やはりここは潔く、立派な英霊の建前ではない愚かな男の本音で語りましょう」
そのままぐっと引き寄せられて、彼の顔が近くなる。
間近で見た彼の瞳は金糸の長い睫毛に覆われて、その蒼さはカルデアの窓からは滅多に見れない空に似ている気がした。それに見惚れていると、いつの間にかお互いの吐息がかかりそうな位置まで来ていて、はっとする。慌てて彼の胸を押した手も、たやすく彼に押さえ込まれてしまう。
訳がわからなくて焦る私の名を、なまえ、と妙に熱っぽい響きが籠った声で初めて呼び捨てにされる。
「愛しております。貴女を想うと息も出来ないほど。
どうか、貴女に焦がれてやまない男をお救いください」
敬虔な信徒の如く懇願するような、その縋るような様子は、まるで愛ではなく懺悔の告白をされているようだが、その瞳の奥には隠しきれない激しい恋情の炎が燃え上がっていた。
それをやっと悟った私は今更ながら怖気づいたように彼から離れようとする。
けれど、それをいち早く察した彼が私の座る背もたれに手を掛ければ、これ以上逃げ場がなくなる。さらに覆いかぶさるように迫られて、本能的に震えが走った。
「ただ、頷いてくださるだけでいい。
そうすれば貴女を傷つけるどのようなものからでも守ってみせます」
貴女の孤独も不安も、すべて燃やし尽くして。
そう誓いの言葉を捧げる騎士。
口元に甘い甘い微笑みと、それに似合わないギラギラとした獲物を狩るような双眸。
私はこの時になってやっと本当の意味で彼が苦手な理由を理解する。
燃え盛る太陽が、夜の安寧を破るが如く、月を白ばみ蝕んでいく。
暁月夜からもえいづるとき
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