今日は太宰さんが帰ってくる日だ。

元々私が住んでいるのは太宰さんの家なのでそれが普通なのだが、彼は会社の寮があるし、私に気を遣っているのか、あまりあの家に帰ってくることはない。

この異世界で日々を過ごせるのは彼のおかげだ。

一人だと食事は適当に済ませてしまうが、恩人である彼が帰ってくる時にはいつもより何倍も手間暇かけてつくっている。そこまで料理上手な訳ではないが、気持ちの問題だ。


張り切って食材を買い込み過ぎた所為か、案の定、偶然帰り道に会った中原さんに訝し気に聞かれる。


「その量、一人暮らしには随分多くねえか。実家暮らしなのか?」

「いえ、今は遠い親戚と暮らしているんです。
仕事関係であまり帰ってこないんですが、今日は帰ってくるので」

太宰さんがどうやったのかは分からないが、実際この世界での戸籍上は遠い親戚となっているので嘘とも云えない。


「…遠い親戚、ねえ。どんな奴なんだ?」
「ちょっと変わった方です」

よく自殺未遂するような人を『ちょっと』の範疇で収めるには大分無理があると思うが。この世界に来て嘘や誤魔化しが上手くなった気がする。とても嬉しくない。


「でも、とても優しい人なんです。その、身寄りのなくなった私の面倒を見てくれて……、」

彼がいなければ私はこの世界で野垂死んでいただろう。自分の幸運を今でもかみしめる。
中原さんは「へえ」と相槌を打つと、思いついたとばかりに家まで私の荷物持ちを申し出た。
正直荷物の重さに辟易していたので一瞬頷きかけるが、鉢合わせるかもしれないと思い直し、慌てて断る。
太宰さんとの間にやましい事など何一つないが、同年代の男と暮らしているのを何故か中原さんには知られたくなかった。


「大丈夫です!お気遣いなく……、夕飯の支度があるので今日はこれで!」


逃げるように角を曲がり走り去る間際、まだその場にいた彼に向けて手を振った。


「今度の花火大会、楽しみにしてますね!」




□■□■□■





「それって最近親しくなったっていう喫茶店のお客さんと?」

今度の花火大会の事を話すと、興味深げに太宰さんが聞いてきた。
肯定しながら軽く経緯を答えると、ますます面白そうに言葉を続ける。


「へえ〜、かんざしを、ねぇ」

ふふふっ、と笑いをこらえきれないようにこぼす太宰さんに首を傾げる。
私の疑問を察した彼は、まだ笑みが浮かぶ口を開いた。


「男が女性にかんざしを贈るのは意味を持つこともあるのだよ。
君の世界ではどうだか分からないけど、昔は今でいう指輪みたいな意味が、ね。
だから、そういう意図がない限り、むやみに女性には贈らないものなんだ。相手の男がよほどの野暮じゃなければ、だけど」

云い囃すように太宰さんは「つまり、それを君に贈った男は」と続けるが、その先を止めるように手を振り、否定する。

「それはないです!だって、彼は……」

否定の言葉とともに「世話になってる先輩」と云った時の中原さんの顔が頭に浮かび上がり、ひっかかるような、もやっとした気持ちがまた顔を出す。
急に言葉を止めた私を太宰さんが不思議そうにのぞき込む。

「なまえちゃん?どうかした?」

「あっ、すみません。ちょっと、ぼーっとしちゃって……」

ふうん、と太宰さんは意味深な笑みを浮かべると、一瞬、鋭い瞳が垣間見えた。


それに少しばかりどきりとする。

――― 私は、その瞳が苦手だ。


彼自身の事は嫌いではない。むしろ、彼には救われてばかりだ。
なのに、彼がふとした拍子にする、全てを見透かすような、一歩引いた傍観者 ―― いや、観察者のような瞳が苦手だ。
私というこの世界の異物を観察されているようで、居心地が悪くなる。

探偵社で働いているという彼の職業柄なのか、そういった観察するような面が度々見受けられた。
仕方のないことだとわかってはいるが、まだ慣れない。


「君がこの世界に慣れてきたようで善かったよ」

優しい笑みを浮かべる太宰さんの瞳に先程の鋭さはもう見当たらない。

内心を誤魔化すように笑みを返しながらも、その瞳に問いかけたかった。
この世界に来たばかりの頃とは明らかに変わってしまった今の私は、

―― その瞳に、如何映っているのだろう。




真贋の瞳



ALICE+